(9)


とりあえず着回せるように、ベーシックなパンツとTシャツ、パーカー、ルームウェア、と必要最低限の下着。無難なものを数枚買った。元の世界では一応流行を追ったりもしていたけれどこっちの流行がイマイチわからずあきらめるしかなかった。ルームウェアは折原さん対策。勝手に入ってくるとわかったのだから下着でウロウロはできない…。


(やっぱりあとで雑誌も買っとこう)


そう思いながら買ったものを肩にぐいと持ち直す。結構重たくなってしまった。本当ならどこかでお茶したいところなのだが、そろそろお昼だし帰ることにする。喉の渇きは自動販売機で何か買って潤そう。

そうしようそうしよう。と、駅へと向かおうとした。すると目の前に『ドッカン』と自動販売機が飛んできた。いやあ、この世界は自動販売機に行くまでもが自動なのかな?アハハ…。


「いぃざぁやぁああああああ」

(いや、分かっていましたとも。分かっていましたとも。にしても池袋に来ておられたのですね、折原さん。ではお先にマンションに戻らせてもらいます。達者で。)


不意に聞こえた怒鳴り声はこの世界での上司の名前を叫んでいた。だとしたら1人しか居まい。平和島静雄、彼だろう。折原さんとは犬猿の仲。戦争コンビなんて呼ばれているのも知っているけれど、コンビなんてかわいい名称で表すもんじゃないと思っている。
また後ろで何かが壊れる音がした。私は巻き込まれまいと極めて冷静を装いながら駅へと歩く。すると突然、


「ホラ、名前ちゃん」
「わっ!?」


肩にかけていた荷物を急に取られたのでバランスを崩しそうになる。声の主はもしかしなくても折原さんだった。


「持ってあげるよ。重いんでしょ?変な歩き方になってたよ」


ニコニコとそう言っているが私は気が気じゃなかった。なぜならこうして止まっている間にも怒声はどんどん近づいてくるからだった。


「い、いや折原さん!巻き込まないで!」
「なんて言い草?重い荷物を持ってあげようって言ってるのに」
「違うでしょ!私、異世界で死にたくない!」
「あーやっぱり知ってるんだ。じゃあ紹介してあげるよ」


彼はそう言ってくるりと後ろの彼に向き直った。


「シズちゃんさ、女の子の知り合いとか居る?居ないよねえ、君みたいな化物と仲良くなりたいなんて女の子は居ないだろうしねえ!」


アハハーと折原さんが笑っている。な、なんてこと言うんだこの人は…ってそう言う人だった。そうだった。
ちらりと平和島静雄を見る。金髪にバーテン服で私の知ってる小説通り。目の前の折原さんにフツフツと怒りを燃やしているようで私のことはちらりとも見ていない。よし逃げられる!と確信しいざ行動に移そうとするもそれは折原さんの手によって阻止された。


「彼が俺の大っ嫌いなシズちゃん」


私の肩に手を置き、にっこり笑った折原さんは平和島静雄を指さしながら私にそう言った。


「え、え、は?そんな紹介の仕方は失礼じゃないですか」
「じゃあなんて言えばいいのさ」
「…高校の同級生とか?」
「化物と同級生だなんて口が裂けても言いたくないね」


心底不愉快、という顔でそう言ってのけた。


「…お前、臨也の彼女か?」


一瞬誰に言っているのかわからず、キョトンとする。平和島静雄を見るとこっちをまっすぐ見ていて私に言っているのだということに気付いた。


「い、いえ違いま…」
「だとしたら何?俺の彼女だったらシズちゃんは普通の女の子もぶっ飛ばしちゃうワケ?おー怖い怖い!」


慌てて否定した声は小さすぎて(いや普通の音量だったけど)折原さんにかき消されてしまった。ブチブチと頭の血管数本切れたんじゃない?という平和島静雄の頭の音のあと、折原さんはひょいっと翻る。


「じゃ、先に帰ってるから!無事に帰っておいでね。」


アハハ!と笑いながら私にそう言って走り去っていった。
「え!?」と声が出たのは折原さんがまるきり見えなくなってからだった。
わらわらと集まってきていた人たちも散っていき、その場に残る平和島静雄と私の間にはとても気まずい空気が流れていた。


「…あ、えっと、失礼しました。では、わたしもこれで!」

「あ!?いや、待て!」


逃げるぞ!と走りだそうとしたところに、待て!と言われて素直に待ってしまう。睨まれる、すごく睨まれる。それもそうだろうな…だって折原さんと一緒に居たんだもんな…。嫌いな人といた人なんだから嫌われて当然…かも知れない。


「あー…いや、悪ィ、おどかすつもりはなかったんだけどよ…」
「はい…いえ、こちらこそすみません…」
「お前、本当にアイツの彼女なのか?」
「いえ、違います」


きっぱりと即答した。その答えを聞いて平和島静雄の顔はフッと柔らかくなった。


「ならいいんだけどよ。アイツとはさっさと縁切れよ。ろくなことねぇぞ。じゃあな。」


それだけ言うと平和島静雄は行ってしまった。うんうん、正論だと心の底から思った。平和島さんはいい人だなあ…。が、横に転がっている自動販売機を見ていやいや違うか、と思い直した。


(さてと…帰ろう…)


肩には自分のバッグしか掛かっていないところを見ると、折原さんが買ったものを持って帰ってくれたようだった。後でお礼言わなきゃ。いや、置いて帰ったことを怒るところ?


(両方かなあ…)






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