赤い瞳はいつも
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※モブが出てきます。
モブ→臨也くん→ヒロイン
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トイレの個室から出た所ばしゃん、と、水がかかった。いや、正確に言うならば、掛けられた。いや、浴びせられた?
なんとも、古典的な。古すぎて逆に新しい…というのが私の感想だった。
「…アンタさ、臨也さんのなんなの?」
次は辛辣な言葉が浴びせられる。せめて顔に掛かった水だけでも、と拭いながら相手の顔をチラリと見る。
同じ制服、同じリボン。違うのは学年を表すスリッパ。目の前にいる女はどうやら一つ上の3年生のようだった。
「別になんでもありません。あなたと、一緒ですよ」
別に私は臨也くんの信者でもなんでもないのだけど。
でも、私に水をかけた女はそんな答えじゃ満足はしてくれないようだった。
「嘘つかないで。あたし、あなたがあのマンションに出入りするの見たから」
だからなんだというのだ。そんな女たくさん居るだろうに。
バケツにはそんなに多くの水は入っていなかったようだけど、髪の毛がビシャビシャだ。それはもうかわいそうなほどに。鏡越しに見る染めた栗色の髪はいつもよりも暗く見えた。
「…つまり私は臨也くんのマンションに出入りしたから、水を掛けられたんでしょうか」
「あたしが聞いてるのはそんなことじゃない!」
ブレザーのポケットに入れてたiPhone、は全然濡れてない、よかった無事か…。慣れた手つきでおなじみの名前をタップした。
「アンタ、臨也さ…」
「しー」と、人差し指を唇へ当て、iPhoneを耳に押し当てる。
相手は面食らったように押し黙った。素直な人で、よかった。と、少し微笑む。2コールほどで出た電話の主は、こちらとは違い、とてもご機嫌な陽気な声だった。
『ハイハーイ、名前。元気?』
「なんですか、そのハイテンション。いいことでもあったんですか」
『別になんでもないよ。そういう君はテンションが低いね。どうしたの?水でも掛けられちゃった?』
アハハーと奴は笑った。
少しだけiPhoneから耳を離し、目の前に居る女を見た。
「あなたは臨也くんから言われて水をかけたんですか?」
頷けば無罪放免、と私はいつになく寛大だった。
「そ、そんな訳、ないでしょ…あたしは、ただ…」
女の答えは思った通りの答えじゃなくてガッカリした。しかもさっきの威勢の良さはどこへ行った。
『ねえ、名前』
私はiPhoneを操作して、スピーカーホンにして顔の横に持ち直した。あの女に、電話の主の言葉を聴かせるために。
『俺はね、君に水を掛けるように頼むなんてそんな馬鹿な真似はしないよ』
「そうですか」と、適当に相槌を打つ。
『ところで、俺の可愛い名前に水を掛けるなんてそんなこと、誰がしたの?』
目の前の女は激しく動揺する。見る限り、電話の向こうが臨也くんだと気付いているようだった。これが恋する女の子ですか、可愛い。なんて思ってもないけど。
『そんなことした奴は俺が殺してあげる。ね、名前。誰?』
電話の主、折原臨也は甘い声で物騒なことを囁いた。
もう目の前の女は泣きそうだ。私は通話終了のボタンをタップした。
「私は何も言いませんから。」
iPhoneをポケットにしまいながらさらに続ける。
「私は臨也くんの何者でもないです。さらに言うなら私が自主的にあのマンションに行ってる訳じゃなくて呼ばれてるだけです。」
平穏な学校生活は手放したくない。勘違いされたままなんてのは後味が悪いのでキチンと訂正しておくことにした。
どこの学校でもそうなんじゃないかなって思うんだけど、先輩と後輩って絶対的な何かがある。それは上下関係だったりするんだけど、学校を卒業してみればそんなこと関係なくなるのにその事には気付けないくらいに刷り込まれた絶対的な何か。
「わかっていただけました?」
女は諦めたようにコクコク頷いた。
かわいそうに。美人なんだから、もっといい男がいるよ、と言いかけたけどまたこじれそうだからやめた。
俯いてる女をおいて、私はトイレから出る。
もう、帰ろう。濡れちゃったし。このまま授業を受ける気にはならなかった。
ちょうど、体育の授業中で教室には誰もいないはず。
と、廊下を歩き出すと、先ほどの女がトイレから出てきた。
泣いていた。
気付かないフリをしてすぐそばの教室に入ろうとした時、
「あたし!臨也さんのことがすきなの!」
…廊下で大声の告白が聞こえた。
それでも知らんふりを通す。臨也くんがなんでもモテるのか全くわからない。顔がいいだけでほかは最悪。地に落ちてる。
頭も良いから、おおかたテキトーな事でも言ってるんだろうな。
「アハハーそうなんだ。でも、ごめんね」
と、聞き覚えのある軽い声が聞こえた。
「俺、好きな人居るからさ、彼女にはできないや」
「…い、臨也くん」
振り返ると上の階へと続く階段の手すりにもたれ掛かった、臨也くんが見えた。
女はぽかーんとしていた。
…そりゃそうでしょう。心の底から同情した。
「それに、後輩に水ぶっかけちゃう女の子って…嫌だな」
ちくり、と棘のあることを言う。その言葉を聞いた女はより一層泣きながら走って行ってしまった。やめて2人にしないで。
「さてと。災難だったね、名前」
にこにこ顔でこちらを見た臨也くんを無視して教室に入った。きっともうさっきの女のことなんてこれっぽちも頭にない。当然のごとくついてくる臨也くんを置いてさっさと帰ってやろうと思い、早速荷物をまとめにかかった。
「帰るの?」
「濡れたもん」
「アハハ、かわいそう」
そう言いながら私の濡れた髪をつんつん弄る。多分、かわいそうだなんて思ってない。
赤い瞳はいつもそう。私を面白いとは思っても、かわいそうだなんて思っていない。だから私はせいぜいコイツの思い通りにならないように、感情的になんかならないように対応する。
やめてよ、と振り払おうとした手を臨也くんはぱしりと取る。
「あ、用事あるからさ。マンションに来てよ」
掴まれている手首をぎゅうと圧迫してくる。
こうして私はズルズルと引きずりこまれていく。きっと後悔することが分かっていながら隣に居る。
「…分かったから、手離してよ」
こういう時、いつも決まって臨也くんの瞳を見ることができない。
赤い瞳はいつも
(私を責めるように見つめる)
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