君の笑顔に首ったけ


溜息が出る程に退屈な授業。解けない数式が頭の中でグルグルとゲシュタルト崩壊。
それでも隣の教室から笑い声と共に聞こえる芯の通った声に思わず頬が緩む。

12月半ば、クリスマスまで大体一週間ということもありクラスどころか学校中が浮ついている。
高校2年生ともなれば家族や友達よりも恋人と過ごす友達も多い。
帰宅途中には街を彩るクリスマスソングとイルミネーションがじんわりと胸に暖かさを運ぶ。
私はそれが大好きで、大好きな彼と手を繋いで「寒いけどあったかいね」なんて言いあったりそうじゃなかったり。

授業も終盤に入った頃、窓の外を眺めると茶色のグラウンドに薄っすらと雪が積もっていてまるでケーキの粉砂糖のようである。
チョコレートケーキ、彼は好きだろうか。チョコ菓子が好きな彼のことだから好きに違いない。

「次の設問、岩月ーーー。岩月ーー?おい、ちゃんと聴いているのか??」

「はっ、はい!」

なんて、ちょっと思ってみたりする。自分で言う事じゃないけれど部活も彼も一筋、私は恋する吹奏楽少女なのだ。



放課後のチャイムと共に部室へ駆け込む。
どこの階かは分からないが、別室でクリスマスライブの合わせをする彼の声がよく聞こえるこの音楽室は私の特等席。そう、此処がライブハウスの最前列とさえ思えてしまう程に私は彼に惚れ込んでいる。
自分の上履きのつま先が先走るドラムに合わせてトンツートンツーとテンポを奏でる。あ、今ズレたな…などなど、そんな細かな気付きが私の楽しみでもあって彼に「なつ!凄いな!」と言われる度に心臓が破れるんじゃないかってくらい幸せになれる。
野球のブラバンをしていた時から彼が好きだと言ってくれた私のトランペット。
そのせいか余計に練習に精が出て以前よりもかなり上達した。今では色々な人から褒められるようになって、この間も あるセミプロジャズミュージシャンの女性から「私、負けちゃうかも」と驚かれ、嬉しさの余り飛び跳ねてしまったくらいだ。

ふとバンド演奏が終わり、ギターの残音がはっきりと耳に残る。自分のチューナーから発せられるメトロノームの電子音だけが寂しげに音楽室の壁に吸い込まれた。
急にやる気が湧いてきて、私はポニーテールを揺らして立ち上がり楽器を構える。それでも何かが欠損したように息を吹きかけて温めた筈のマウスピースさえもやたら冷たく感じて太ももに鳥肌が立つ。
明日、大会なのになぁ…。何とも言えない気持ちが指から金属へと伝わる。

「なつ!やっぱり此処にいたか!」

その時、ピシャリと音楽室の引き戸が勢いよく開く。私は驚いてしまって危うく転んでしまうところだった。
目の前に息を切らしながら満面の笑顔を見せる彼、東雲大和は私の恋人で…でも今はバンドの練習をしている筈で…。

「大和君!?どうしたの?練習…さっきまで…。」

「翼がベースの弦高上げたいってので休憩だってさ!というか、そんな事よりも!なつ、明日大会だろ?ちょっとでも応援できたらなって思って走ってきたんだ。俺、応援団もしてたしな!」

ははは、と大きな明るい声に目の奥がつんとした。この明るさにいつも励まされてきた反面で、この明るさにいつも心配させられている。

「そっか、うん!大和君が応援してくれたら100万馬力だよ!」

思わず笑顔が零れた、トランペット奏者は常に吹奏楽ではその楽曲を左右するリーダー的存在であり、周りからのプレッシャーが常に全方位から襲ってくる。それでも、彼が応援してくれるというのなら頑張れる気がした。

「俺、全然楽器について分かんねーけど、なつが演奏するのはスッゲーかっこいいと思うんだ!俺達の事は勿論、部活にも真剣になれるなつだから惚れたのかなって。」

ポカン、と開いた口が塞がらない。1時間前にリップを塗ったばかりの唇が既にカサついてきた。
それくらいの衝撃が走った。

`` そんな爆弾発言を言い残して手を振り背中を向ける大和君はずるい。 ``

私は引き戸から顔を出し精一杯叫ぶ。そりゃもう大和君に負けないくらいの大声で。

「私も! 一生懸命天下一を目指す大和君だから好きになったんだよ!」

ああ、きっと明日には「バカップル」としてからかう良いネタになってるんだろうな。なんてすっかり温まったマウスピースにキスの練習をして恥ずかしくなる17時の音楽室。


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