遡ること一週間前、彼氏ができた友人はここ最近毎日とても幸せそうだ。彼氏と手をつなぎ登下校する様子は大変微笑ましいし、惚気話を聞くのも嫌いではない。
ただ、友人よ、さすがに3日連続で「ごめん!今日も彼氏んとこでご飯食べてくる!」は流石に傷つくぞ。とはいえ、語尾にハートをつけてルンルンとスキップしながら教室を出て行く友人を止める権利は私にはなく、「仕方ないなあ」と見送ることしか出来ないのだ。またしてもぼっち飯である。まあ、それにも慣れてきた。今日は天気もいいし、中庭のベンチで食べようかな、と思い弁当袋に手をかけたその時だった。
ガサッ、と私の机に何かが置かれる。白いビニール袋から見えたのはいつかしらにアイツが大好物だと言っていた牛乳パンがチラッと見えた。まさか、


「ここ、座ってもいーい?」


こてんと首をかしげ、めっちゃいい笑顔をした及川がそこにはいた。


「……どうぞ」


「わーいありがと、って!ちょちょちょ!なんで出て行こうとすんのさ!」


「座ってもいいけど、アンタと一緒には食べない」


「えーなんでさ。どうせぼっちなんでしょ?」


「うっざ!及川と一緒に食べるくらいならぼっち飯でいいわ」


そう言って席を離れようとしたが、大きな手にガシリと手首を掴まれ引き止められた。不覚にも小さく跳ねる心臓が憎たらしい。


「まあまあ!そんな寂しいこと言わずにさ、食べようよ」


「…イヤ」


「なんで??昔はもっと仲良くしてくれたじゃん。なんなら、俺のこと好きだって言ってくれてたのに」


「っ、」


思い出したくもない約一年前。一年生のとき私と及川は同じクラスだった。最初はなんかクラスにやたらキラキラした男子がいるなー程度に思ってたのに、及川と私は偶然好きな漫画やアーティスト、ゲームが共通しており、気づいたら仲良くなっていた。そして、次第に恋心を抱いてしまった私は2年生になる前に一世一代の告白をこの男にしたのだ。
しかし、結果は惨敗。「みょうじのことは友達としてしか見れない」って言葉は中々に傷ついた。
その後、2年生で私と及川は違うクラスになり顔をあわせる事もなくなったおかげで私のブロークンハートは時間の経過とともに癒えていった。はずだった。
3年生、最後のクラス替えで私は再び及川と同じクラスになってしまったのだ。そして、この男は何を考えているのやら、やたらと私に絡んでくる。


「頼むから死んでくれ」


「そんなこと言って〜。及川サン死んだら、めちゃくちゃ悲しむくせに」


「ハッ。ないない。諸手をあげて喜ぶね」


「ふーん、俺はみょうじが死んだらかなり寂しいけどね」


「…あっそ。ていうかさ、及川」


「何?」


「…もう私に関わるのやめてくんない?マジで」


落ち着いたトーンで懇願する。これは決して強がりとかではない。
私の言葉に目を丸くする及川は、「…なんで?」と心底不思議そうに、そして悲しそうに首をかしげた。


「なんでは、こっちのセリフだよ。私のことフッたくせにさ、なんなの。なんでいちいち付きまとってくんの」


「…さあ、なんでだろう」


「…なんでもいいけどさ、迷惑なの。私、好きな人いるから、その人に変な勘違いとか、されたくないの」


「……ハァ?!」


及川の持っていた紙パックのストローからブシュッとカフェオレが噴き出す。きったな。私の机なんだから汚すのはやめてほしい。ていうか、何をそんなに驚いているんだこの男は。眉間にシワをよせた及川は私の顔をじいっと食い入るように見つめてくる。


「やめなよそういう嘘。見苦しいよ」


「嘘じゃない本当。マジで私は恋してる」


「は、な、マジなの?本気で?」


「だからそうだって言ってるじゃん」


「…誰?」


「誰でもいいでしょ及川には関係ないし」


「いいから、教えて?俺こう見えて口堅いほうだから」


「……花巻」


ガタタタッ、
勢いよく椅子から転げ落ちた及川になんだなんだとクラスの視線が集まる。恥ずかしいので早く座り直してほしい。


「花巻って、マッキー…?」


「そうだよ。悪い?」


「いや、あの、マッキーはアレだ、すごいチャラいし、ああ見えてアイドルオタクだし…やめときなって」


「いいじゃんドルオタ。私も最近好きだし」


「ハァ?!何なの?!お前音楽の趣味変わったの?!」


鬼気迫った様子で私の肩を持ち揺さぶる及川。マジで何なの。髪の毛ボサボサになるからやめてほしい。


「そういうわけじゃないけどさ、別にいいじゃん?ていうか、私のことフッたくせにさ、口出ししないで」


「それは、そうだけどさ。嫌なんだよ」


急に真面目な顔をして普段より低い声で及川は小さく呟く。


「俺のことだけ、ずっと見ててよ」


ああ、なんでこんなクズが好きだったんだろう。

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