「純、おっは〜」
『…っ!?……ご、五条先輩!?』
「あれ、どっか行くの?」

任務漬けだった平日を終えて、迎えた念願の土曜の朝。
今日は稼いでも日々忙しくて使えない給料を、日頃のストレス発散も兼ねてパーッと使うと決めていた。今日だけは高専生丸出しの制服と一緒にその肩書きをクローゼットの中にしまい、普通の16歳としての束の間を過ごす。日々荒んだ状況とばかり向き合っているからかこそ、こうゆう時間は必要不可欠なのだ。
今日は午後から雨だと天気予報で言っていたから、早いうちから東京の街に繰り出そうと自室の扉を開けた瞬間、今一番来て欲しくなかった人物が立っていて純は心臓あたりを押さえながら『びっくりしたっ…』と溜息を吐いた。

『先輩、何度も言いますけど女子寮に入って来ないで下さい!』
「いいじゃん、どーせお前と硝子しか使ってないんだから」
『そうゆう問題じゃなくて、モラルとマナーのっ…』
「それよりどっか行くの?」
『話し聞いてねぇ〜…あ、ちょ!入らないでってば!』

「お邪魔〜」と言いながら招いてもいないのに強制的に部屋の中に入って来た五条。言わずもがな今の今までストレスフリーだった純の苛立ちが急上昇していく。ベッドの縁に腰を下ろしてリラックスモードに入り始めた五条が再び同じ質問を繰り返した。

「どっか行くの?」
『買い物に行くんです。だから出てって下さい』
「ふ〜ん。誰かと一緒に?」
『いえ、一人ですけど…。あ、お土産要求ならやめて下さい』
「なら別に行かなくても問題ないね」
『は?…なにが?』
「買い物。行かない代わりに俺の相手して」
『………嫌です。絶対嫌。意味が分かりません』
「お前が最も優先しなきゃいけないのは俺でしょ」
『…なに言ってんですか先輩…』
「お前の休日は俺の休日」

「へっへっへー」と悪戯な笑みを浮かべ、悪びれる様子など一切見せずにそう言った五条。突然やって来て自分論をバシバシ投げつけてくる自己中の覇者のような振る舞いに、純はこめかみに青筋を浮かべた。

『五条家嫡男だからって偉そうに…』
「実際お前より偉いもん。強くてイケメンだし」
『うわうざっ!…性格は底辺ですけど』
「それは顔でカバーできてるから大丈夫!」
『御三家うっぜえぇぇっ』

きゃぴーんっ☆とふざけたウィンクをしながらイケメンアピールしてくる五条に中指を突き立ててやった。

「分かった分かった。じゃあ言い方変える」
『はぁ?どんな言い方されても私は出かけますからね。冗談じゃないですよ、そんな身勝手な言い分が通ると思ったら大間違いで…』

「純と一緒にいたいから行かないで」



『(私はバカか…)』
「はい、純の番」
『(これじゃあ五条先輩の思う壺デスヨ。なにしてんの自分)』

ベッドの上で仰向けに寝転がっている五条と向き合う形で座り、呆然と一人反省会を開く純。二人の間にはトランプカードが散らばっていて、差し出した自身の手札をなかなか引こうとしない純に痺れを切らした五条が「早くしろよ〜」と催促の言葉を投げかけた。

『……これラストですよ。終わったら私行きますから』
「え〜!純〜」
『…くっ。(ちくしょう!上目遣いまぶしいっ…!)』
「あ、ババ引いた」
『ゲッ!』
「ヘヘヘヘッ。また俺の勝ち〜」
『そんなのまだ分かりませんよ!』

いろいろこんちくしょー!と内心呟きながら両手を後ろに回して残された二枚のカードを切る。勝利を確信している五条を睨みつけながら右と左どちらか選択するよう問いかける。すると手元に残ったハートのクィーンのカードを見つめたあと、彼は余裕な面持ちで「左」と答えた。

『……はい』
「いやそっち右じゃん。ってことはやっぱ俺の勝ち」
『うぎゃー!ムカつくぅぅ!』
「純カードゲーム弱過ぎ。ウケる」
『最後の最後までババ持ってたクセにっ』

悔しそうにギャーギャー文句を言いながらカードの束を『くらえ!』と投げつけてくる純の小学生みたいな行動に、ぷっと吹き出して笑う五条。負けず嫌いな性格は、どんな勝負事にも適用されるようだ。

「ハハハッ、俺よりガキ」
『それはない!次はポーカーにしましょう!』

先程までこれが最後のゲームだからと言っていたのに連敗が相当悔しかったのか、最初っから得意なポーカーにすれば良かったと呟きながらベッドから降りて、冷蔵庫に飲み物を取りに行った純の姿を目で追いかける。ぶつくさ文句を言いながらも自分のわがままに付き合ってくれる純の器の広さというか、愛情が、嬉しくて仕方なかった。

「純〜」
『はい?甘い物ならないですよ、砂糖水なら出せますけど』
「大好き」
『………え?』
「大好き、純」

自分の体の上に散らばったカードをテキトーに手に取り視界に入る位置まで持ってくると、先程の勝負を決めたハートのクィーンのカードが現れる。まさに純は、このクィーンのように深い愛情と周りを魅了する蠱惑的な容姿を持っている。愛の女神なんて柄でもなければ聖母マリアのように慈しみ、愛すなんて柄でもないが…実際自分は抜け出せなくなった。
この、橘華純という甘い毒から。

「こっち来て」
『…五条先輩、急にどうしたんですか…』
「えー?愛情表現」
『なにか企んでますよね。怖いんですけど』
「なにも企んでねーよ。いいからこっち来い」
『………。あ、あれか。誰にでも言うヤツか』
「はぁ!?」

指をパチンと鳴らしてそう言った純の悪気の無い一言に、五条の表情が思い切り歪んだ。勢いよく上半身を起こしてベッドから降りると、カードが床に散らばり五条の足がクィーンのカードを踏み潰した。

「お前、今完全に地雷踏んだからな」
『え…地雷っ?』

数歩後退った純の手首を無理矢理掴み少し乱暴に引き寄せると、空いている方の手で頬を引っ張っぱり思い切り見下してやった。

「俺が一人の女にマジ(本気)になってんのがそんなに可笑しい?」
『い、いたいですっ…!』
「この減らず口女!お前にしか言ったことねぇよ」
『…〜っ!!』
「偉そーに可愛くねぇ態度ばっか取りやがって」
『(ほっぺがもげる!)』
「見た目と中身がミスマッチ過ぎんだよお前!」
『〜もうっ…!いったいわバカサングラス!』

バチンッ!と五条の手を思い切り払い退け、赤くなった頬に手を添える。強い力で容赦なく引っ張られていたようで純の大きな瞳には薄ら涙が溜まっている。

『見た目と中身のアンバランスさはあんたがダントツですよ!…ったく、付き合いきれない。私出かけますから出てって下さい』
「は?ヤダ。人の機嫌損ねといてなに言ってんのお前」
『はぁ?勝手にキレたのそっちでしょっ?』

五条に背を向けドアを開けようとしたその瞬間。背中越しにただならぬ気配を感じ、腹部あたりに腕が回ってくる。そのままキツく抱き締められ、予想していなかった行動に冷や汗を垂らすと、五条の唇が純の左耳を甘噛みした。

「お前さぁ、行くならフツー俺の機嫌直してからじゃねーの?」
『…………』



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