「イライラする」
「えっ!?」

予定にはなかった中期出張に加え、間髪入れずに続いた任務がやっと片付いた。人手不足が常なこの界隈では、五条悟はまさに今をときめく超売れっ子俳優状態だ。したがって本職である教員の仕事をサボることなど日常茶飯事。その度にシワ寄せを喰らう後輩たちの苦労など気にも止めていない彼は今、二ヶ月ぶりに東京の街へ戻ってきたところである。

「伊地知さあ〜、まじ空気読んで」
「…え、空気…っ!?そ、それはどうゆう…」

この世で最も空気を読まないであろう男の説得力に欠ける一言に、伊地知は身を縮こませてその意図を聞き返す。

「二ヶ月ぶりの帰国で真っ発お前の出迎えとか萎える」
「(萎えっ…!来たくて来たわけじゃないのにっ…!)」
「なんで純じゃないの?」
「す、すみませんっ。橘華さんは別任務で…」
「どこで?もう自分で直接行くわ」

伊地知の言葉を遮り任務地を教えろと圧をかけてくる五条に対し、胃をキリキリさせながらハザードランプを付け車を脇道に停車させる。すぐさま仕事用のタブレットを取り出しスケジュールを確認すると、純には銀座での一級案件任務が割り当てられていた。

「銀座です。ですがこの時間であれば、もう高専に戻っているハズで…」
「じゃあ荷物よろしく」
「えっ、ご、五条さん!?本当にお一人でっ…」

いつの間に車外に出ていたのか、それだけ聞いた五条は運転席の窓をコンコンと叩きその場から一瞬で姿を消した。こちらも忙しい合間を縫って成田まで迎えに行ったというのにとんだ大損だと、伊地知はスマホを取り出し純の名前をタップした。



『なんで…?』

任務の報告書を仕上げていた最中、PCの隣に置いてある純のスマホが数秒間隔で軽快な通知音を鳴らした。何事?と画面を確認すると、上から伊地知、家入、パンダに続き最後は高専にいる伏黒から順に複数のメッセージが送られて来ている。しかもその内容の全てが純への警告を告げるもので、東京高のチームワークの良さに感銘を受けた。

『五条さんにお前の迎えは萎えると言われました。そちらに向かいましたので、申し訳ないのですが後をよろしくお願いします。P.Sすこぶる不機嫌です。伊地知。…五条とすれ違ったけど会ったら殺しといて。硝子。いやいや待って?帰国早々なにがあったのっ…?』

送られてきた文を読み上げ、とにかく本当にごめん!!と被害者たちに謝罪をする。が、そちらに向かいましたの一文が怖すぎるし、伊地知から家入の間に30秒間しかタイムラグがない。最後が伏黒ということは彼はもうすでに…。

『…五条先生超絶不機嫌っスよ。橘華先生なんとかして下さい。あ、気をつけて。伏黒…』

だから何があったの!?!?と表情を歪めて持っていたスマホに問いかけたその瞬間、部屋のドアが開いて見知った気配が…いや、間違いなく五条が来たと分かった。落ち着け私…と内心深呼吸をした純は、今なにをすべきか頭をフル回転させスマホを机の上に置き、そしてーー、

「純」
『五条先輩!』

主人の帰りを待ちわびていた忠犬のように、笑顔を貼りつけ振り返った。五条はその従順で愛らしい姿にほころびかけた頬を右手で叩き、咳払いをした。

『は、早かったんですねっ。予定だと…』
「お前が迎えに来るはずだったじゃん」
『…それはあの、任務で…』
「間に合うように終わらせろよ」

そんな五条悟時間になんでもかんでも合わせられるわけがないだろうと一瞬表情を歪めた純。そして伊地知たちが言っていた不機嫌の理由は自分にあったのかと理解した。

「お前の出迎えが帰国後最初の楽しみだったんだけど」

拗ねたような表情を浮かべて純の座るソファに歩み寄り、隣に腰を下ろした五条。仕事よりも今は自分の話を聞けと言わんばかりに目の前にあるノートPCを右手で閉じて、純の顔を覗き込んだ。

『わ、私も五条先輩に会えるの楽しみにしてました』
「嘘くさい」
『嘘じゃないですっ。早く会いたいなって思ってました』
「へーー」
『(うわ…面倒くさい…)』

納得できる言葉が返ってこなかったからか、片足でコツコツ床を叩く。もっと気の利いたことを言えよと圧を受けながら、純は気まずそうに視線をぐるり一周させた。

『…先輩がいなくて寂しかったです』

とりあえずと呟いた一言に、床を叩く音が消える。

「…ホント?僕がいなくて寂しかった?」
『寂しかったです!』
「他には?」
『えっ?ほ、他…?他には〜…』
「ほらあるじゃん!一番のやつがさあっ」
『(一番のやつ!?)え、えー…えーと、えぇっとー……』
「はい、5、4、3、2…」
『五条先輩と!』
「うんっ」
『…スイーツ、食べ放題デート…する、とか?』
「全然違うよ!」

キレ味の悪い回答に、キレ良くツッコんだ五条が純を睨む。

『え〜…。せっかく明日休暇取ったのに…』
「…!?」
『五条先輩のために。…久しぶりにデートしようと思っ…』
「純、それ本当?」
『ほ、本当ですよっ!』

たまたま貰えた休暇だが、休みでも仕事でもどうせ五条に連れ回されることに変わりはない。嘘を言っているわけではないし、食いつきの良い反応を見せた五条に対し純は笑顔を浮かべて楽しみですね、と仕事を続けるためPCに手を伸ばした。が…。

「嬉しいけど、でもおしいっ…!」
『えっ?』

それに待ったをかけるように後ろから抱きしめられて、倒れ込むようにソファに沈む。首元にかかった長く柔らかな髪を片側に流し、五条はあらわになった綺麗な頸にキスをした。

「これが正解。分かった?」
『…それ、あえて言います?』
「言われたら跳んで喜ぶよ、僕」

ニヤリと笑みを深めて純の体を軽々とソファに押し倒す。どうやら機嫌は直ったようで『よかった』と一安心したのも束の間、後頭部を固定され唇をキスで塞がれた。

『…んっ…ふっ…五条、先輩っ……』
「純に会いたかったし、早く触りたかった」

何度も何度も角度を変え、会えなかった時間を埋めるかのように形の良い柔らかな唇に、優しく噛みつくようなキスをする。舌を絡ませ熱い口内を犯し続けると、純の体から力が抜けていくのが分かった。

『んふっ…ぁっ…、苦し…っ』
「もっとしよ、純」
『…っ、い、今っ…?んぅ…っ』
「うん。…今すぐ」
『ふぁっ……ぁ…』

キスを止め、額を重ねて純の瞳を見つめながら濡れた唇をなぞる。長い前髪を耳にかけてやり甘く名前を囁くと、しなやかな指先が五条の頬を誘うように伝っていく。純は瞳を伏せたまま『私の部屋で…』と吐息混じりに呟いた。

「ククッ。…二ヶ月分だからね、純」




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