明日もきらめく夢を見る


「ねぇ! 名前ちゃん、イメチェンしよ!」
「えぇ?」

麗日さんと葉隠さんに意気揚々と唐突な提案をされた。携帯ゲームのポーズアイコンを押してから顔を上げて共有スペースに置かれたテレビを見てみれば、『おしゃれをする時間のない彼女をテレビの力でメイクアップ! 彼氏を驚かせちゃおう!』系の番組が流れていたので恐らくそれに影響されたのだろう。

「私、別に変身願望ないんだけどなぁ」

再び視線を自分の携帯にやってゲームのコンテニューボタンを選択する。

「名前ちゃん全然身だしなみに興味がないんだから!」
「私が目指してるのはヒーローだよ。必要性を感じない〜」
「今の時代はヒーローもタレント性がものを言うんだよ! それに……轟くんに惚れ直してもらえるかもよ?」
「! ……あっ、」

麗日さんに口答えした私に畳みかけてきた葉隠さんの言葉にはっとする。びっくりして肩を震わせたせいで携帯画面にはゲームオーバーの文字が浮かび上がっている最中だった。

「もう少しで自己最高だったのに〜……」

そうボヤきながら視線だけで自分の今日の服装を見下ろした。使い勝手のいいグレーのトレーナーに中学の頃から履き続けているスキニーのジーンズ。ゲームが終了して自由になった手を頭にやってみれば、寝癖を整えただけの(それもごろごろしているせいでまたボサボサになっている)髪が指にまとわりついた。

「…………轟くん、こんなんじゃ愛想つかすかな……」

ダボダボのトレーナーに首を埋めて、ダイニングの方で緑谷くんと飯田くんと談笑している彼の方に顔を向ける。

「轟くんに限ってそんなことないと思うけどさ。やっぱり、可愛いなって思ってもらいたくない?」

麗日さんと葉隠さんが私の顔を覗き込む。二人の顔を順番に見てから轟くんの横顔を目に映す。もう一度彼女たちに向き直ると、私は小さく躊躇うように頷いた。
瞬間二人の顔が、ぱあっと花が咲いたように綻ぶ。

「そうと決まったら、まずは轟くんの好みを調査しないと!」
「ヤオモモにも協力してもらおー!!」
「えっ、あ……よろしく、おねがいします」
「ねぇ轟くーん!!」

言うが早いか二人は近くにあったファッション雑誌をひっつかんで轟くんの方へ行ってしまった。
突然声をかけられた轟くんが驚いたように眉を動かしたあと、二人の奥でソファにもたれて座ったままの私を見て首を傾げた。私と話していたのに急に自分のところへ来た二人の意図を図りたかったのだろうけど、私は期待に添えない苦笑いで返すことしかできない。

「轟くんって、どんな服装が好み?」

ていうか、二人はここで彼の好みを聞くつもりなのか。恥ずかしいから私のいないところでやってほしかった。そうは思っても気になるから、心の内とは裏腹にその会話を私の耳が鮮明に拾ってしまうのだ。

「……? あんまり興味ねぇ。動きやすけりゃいいんじゃねぇか」
「ん〜そうじゃなくって! 女の子がどんな服着てたら可愛いと思う?」
「…………何でもいい」

彼の返答が予想通りすぎて思わず呆れた笑みを浮かべてしまう。彼がそんなだからこそ、私は二人に言われるまで自分の服装を気にすることがなかったのだ。正直今更ガーリーなのが好きとか言われたら私と真逆すぎてどうしようかと思った。

納得のいかない葉隠さんが雑誌のページを広げて轟くんの顔面に突き付けている。その後ろでは緑谷くんと飯田くんが顔を見合わせて、女子に絡まれる轟くんに苦笑していた。

「もうちょっと考えてみてよ〜」
「じゃあさ! 苗字さんが着てたら、って考えてみたらどうかな?」

緑谷くん、それは不毛なやり取りを続ける轟くんへのフォローなんだろうけど、その不安な押し問答の核心を突いてるんだよ。ちらっと私と目があったから、彼は私に対してもフォローしているつもりらしい。別に彼が服装に無頓着なのは今に始まったことではないし、そもそも私もだから全く気にしていなかったけれど。

「何でもいいんじゃねぇか?」
「流石にそれはないよ轟くん……」
「? 苗字が着てりゃ何でも似合うだろ」
「…………とりあえず轟くんが名前ちゃん大好きなのはわかった」
「そうか?」

か、顔から火が出るんじゃないだろうか。轟くん、たいして離れてないところに私がいるの知ってるよね!? さっき目合ったもんね!?
思わず睨むような目で彼の方を見ると、こっちを振り向いた麗日さんが冷やかすような視線を私に向けていた。……見えなくてわからないけど多分葉隠さんも。



轟くんへの取り調べを終了した二人が私の腕を掴んでヤオモモの部屋へ連行しようとする。ほとんど引きずられながら廊下へと続くドアに差しかかった時に轟くんと目が合って、とても穏やかな笑みを向けられた。意味はわからなかったけど、ぽやっとしている時の彼の行動には大体意味がない。それでも私はときめいてしまって、思いっきりメイクアップしてやろうと心に決めた。


「どうしたんですの?」5階にある目的の部屋のドアをノックすると、相変わらずどでかいベッドが押し込まれたヤオモモの部屋に迎え入れられた。
麗日さんと葉隠さんが積極的に話を進めてくれるので、私は所在なく豪華なインテリアに視線をさまよわせる。

「まぁ! 私でよければ、喜んでお力添えさせていただきますわ!」

今まで経験してこなかったからか、恋バナとかそういった俗物的なものが好きな彼女は目を輝かせて声も弾ませた。

「ありがとう。でも私、ファッションもメイクも疎くって、どうしたらいいのか」
「大丈夫! 葉隠さんがトータルプロデュースしてくれるから!」
「ぷ、プロデュース……」
「名前ちゃんは私に任せて突っ立ってればいいよ!」


雑誌を見たりネットで検索したりして色々な服を見て、誰かが気に入ったものを参考にヤオモモが作ってくれる。
私は目を回してされるがままの着せ替え人形になりながら、ヤオモモに個性をたくさん使わせたお詫びとして今度何か食べ物をプレゼントしようと考えていた。何がいいかな……脂質…………?

私の知らないファッション用語が飛び交い続け、時計を確認するとヤオモモの部屋を訪ねてから三時間。

「う〜ん、こんな感じかな!」

長いファッションショーの末、選び抜かれたコーディネートを身に纏った自分を見る。
マゼンタのオフショルに深いグレーのミモレ丈なスカート。“ナチュラルだけど洗練されたおしゃれ”がテーマらしく、トップス以外は色味を抑えているのがポイントらしい。全然わからない。

「あと一色は名前ちゃんが選んでね! アクセサリーとかがいいかなぁ」

そう言ってアクセサリーがたくさん特集されたページを広げて私の髪型を弄り始めた葉隠さんには頭が上がらない。頭部を固定されたままで雑誌が見にくいなと思っていたら、ヤオモモが顔の近くまで持ち上げてくれた。

「えー、どうしようかな……」
「可愛いのいっぱいあるねぇ」

小ぶりなのからじゃらじゃらしているのまでいっぱいあって、普段全く興味のない私は何を選んでいいかわからない。

「んんーーーー…………」

それでも最後の最後まで任せっぱなしは悪いから、端から端まで視線を巡らせる。

「あっ……」

「? 何かいいのあった?」

「………………これ、これにする」

透き通った綺麗なエメラルドグリーンのネックレス。それを指さして雑誌から視線を上げるとヤオモモが私の思いに気がついたように微笑んだ。

「苗字さんに、よくお似合いになると思いますよ」
「だと、いいな」

「? 何なに、どういうこと!?」
「名前ちゃんこっち向いてー」

麗日さんが声を上げると同時に葉隠さんに声をかけられて体ごと反転させられる。

「目、閉じててね」

頬のあたりを軽く叩かれて、唇に何かを伸ばされる。慣れない圧迫感を感じてつい息を止めてしまう。

「できた! 鏡見てみて!」

どうなってるのか全然わからないけど恐らく編み込み。無造作に長いだけの私の髪がふわふわとまとめられて、顔も普段より明るく見える。たいして機能していない頭では「すごい……」「めっちゃ可愛いよ名前ちゃん!」「そうかな、なんか私じゃないみたい」なんてありきたりな感想しか浮かんでこない。

「ネックレスもできましたわ」

葉隠さんがそれを受け取って私に付けてくれる。

「これで完成だね」

「、何から何までありがとう」
「私たちが言い出したんだから気にしないで!」
「ヤオモモも本当にありがとう。いっぱい個性使わせちゃってごめんね、今度お礼する」
「気を使っていただかなくても構いませんわ。それより、今から轟さんのところへ行かれるのでしょう?」

轟くん。こんなに普段と印象を変えた私を見てどう思うだろうか。彼のことだから余程のことがない限り褒めてくれるのだろうけど、それだけじゃなくてもっと……。

麗日さんにエスコートされるようにエスカレーターを降りて、共有スペースに向かう。中から数人の話し声がくぐもって聞こえる。

「き、緊張する」
「大丈夫だよ」

思いつきで始まったただのイメージチェンジのはずだったのに、今から告白にでも行くかのような空気が漂う。確か、彼に告白した時もこんな風に麗日さんが背中を押してくれた。

葉隠さんがドアを開けてくれて、ひとつ深呼吸して足を踏み入れた。

轟くんは朝私がもたれていたソファに座って、上鳴たちとテレビを見ている。

心臓が飛び出るんじゃないかとらしくもなく緊張しながら轟くんの後ろに立った。


「と、轟くん……!」

「? 苗字、…………っ」
「苗字どしたん!? 馬子にもいしょ」「上鳴ちょい黙っとけ。苗字どうしたんだ? ……もしかしてこれから轟とデートか?」

上鳴と瀬呂が驚いたように私を見たけど、それ以上に驚いたような顔をしているのは轟くんだ。

「轟、くん?」

「! わ、わりぃ」

「せっかくだし瀬呂の言う通り二人で出かけておいでよ〜!」
「ほらほら! どうせならそのままご飯も一緒に食べておいで!」

「えっでも、」
「苗字、行こう」

轟くんに手を引かれて慌ただしく寮を出る。
あっ、私この服に合う靴持ってない! なんて私の考えは想定済みらしく下駄箱に行くと見慣れない靴が置いてあった。私が選んだネックレスと同じ色のエメラルドグリーンが装飾されていたからきっとこれは今日の私の靴だ。



轟くんと二人で歩くのはいつぶりだろうか。私がこんな性格だから甘い雰囲気になったことなんて数える程しかない。

「うっ!」
手を引かれながらまっすぐ歩いていたら、不意に轟くんが足を止めて思わず彼の背中にぶつかった。

「すまん苗字。俺、こういうときどこ連れてってやればいいのかわかんねぇ」

急に止まったことか続いた言葉にか、どちらとも取れる謝罪と共に彼は私を振り返る。

「え……じゃあどこ目指してたの?」
「…………病院?」

言われて少し、納得する。彼が普段、お母さんのお見舞い以外で外出するところを見たことがなかったからだ。

「あは、轟くんらしいや」

「いつもと違う苗字を周りのやつらが見てると思ったら、ついあてもなく……」
「は!?」

と、轟くんは本当に唐突に爆弾を落としていくから困る。自覚がないから一層タチが悪い。

「っこ、このまま病院行く?」
「午前中に行ってきたから今日はもういい」
「そ、そっか」

慌てふためいているのは私だけで、さらに恥ずかしくなってしまう。


「う〜ん、じゃあどうしよっか……」

近くのベンチに移動して目の前に並ぶ小さな噴水の湧き上がる水を見ながら、この後どこに行こうかと考えた。

「……ん? 轟くんどうしたの?」

彼から遠慮のない視線を感じたのが気になって、ひとまず思考を中断して首を傾け声をかける。

「そのネックレス、綺麗だな」

彼は私の胸元を指さした。彼が“それ”を綺麗だと言ったことが嬉しい。私は得意げに彼の中のエメラルドグリーンを見た。

「あのね、これ轟くんの目の色とおんなじ色だよ」
「俺の、目」

無意識だろうか、彼の手が自身の左目に伸びて、そのまま火傷に触れた。彼が嫌いな左側も含めて、全部全部、私は轟くんが好きなんだ。

「轟くんの目……綺麗でしょ!」

「……あぁ、そうだな」

宝物を見せびらかすように言った私に、彼は緩やかにその顔を綻ばせた。

「よし、この近くに美味しい和食のお店があるからそこにしよう! この前耳郎ちゃんと話してたんだ」

先程とは逆に私が彼の腕を取って歩き始める。轟くんも慌てたように私に付いてきた。

「なぁ」

「んー、何?」
「苗字も、綺麗だ。今日だけじゃなくていつも」
「、ありがと、う」

彼といると私はいつも熱に浮かされる。足早に彼を引っ張って恥ずかしさを誤魔化した。繋いだ手から、轟くんに私の熱が伝わってしまうかもしれない。もうそれならそれでいいや。

とりあえず、私は帰ったら彼女たちに真っ先にお礼を述べなければならない。彼女たちが私の恋バナを聞きたがるのをいつも適当にあしらっていたけれど、今日は夜中まで付き合ってあげようかな。


視界の端で冷たい噴水の水が、夕日を反射してきらきらと輝いていた。それを背景にした彼がきらきらとして見えるのは、果たして本当にそのせいだったのだろうか。

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