「……来い」

 ぐっと二の腕を掴んで引き寄せられる。彼がもう少し力を入れれば、私の腕など簡単に折れてしまうだろう。
 私は引かれるままに、彼の胸元へと身体を預けた。

「何を考えている?」

 いつもよりも静かな声。じっと私を見つめるその瞳は、私の全てを暴かなければならないとばかりにギラリと光っていた。
 何も答えない私に痺れを切らしたのだろう、彼──クロコダイルは、1つしかない手で私の後頭部を鷲掴みにするようにして、唇を合わせた。

 補食されるようなキス。
 そっと両手を彼の肩に起き、何とかバランスを取ろうと腕を突っ張る。

 唇と唇が何度も角度を変えて合わさる。
 彼の大きな口が少し開くたびに、ずるりとまるで別の生き物のような舌が私の口内をまさぐった。

「ん……ふ、ぁ、」
「クハハ、お前は、本当に、表情の変わらねェ女だ……」

 キスの最中でさえ目を閉じない彼と、私の視線が混じ合う。
 楽しそうな彼の顔と、恐らく無表情な私の顔。
 いつからか動かなくなった私の表情筋を、クロコダイルは思いの外優しく撫でた。

 そんな彼の行為に、堪らなく喜びを感じてしまう自分がいる。
 きっと気紛れだろうに、逐一心が動いてしまうのだ。

 彼は海賊だ。
 いつか、彼が私を置いていくとしても、今は。今だけは。

「クロコダイル……ねぇ、私、貴方の、子どもが欲しい」

 忘れ形見の一人でも、くれてやっても良いと思ってはくれないだろうか。
 この島に置いていかれる女を哀れんで、いつか忘れるだろう女に置き土産を、と、思ってはくれないだろうか。

 人よりも猜疑心が強く、誰も彼もを疑う彼は、決して優しいだけの男では無かったが、私がねだった物をケチるような男でもなかった。

「あァ? お前、……くっ」
「……?」

 クハハハハハ、と、特徴的な笑い声が大きく響く。
 今、わりと本気で言っていたのだけれど。
 少しずつ機嫌が降下していくのがわかったが、なんとも楽しそうに笑う彼の声を止めることは出来ない。

 やや恨みがましい目で睨んでいると、一頻り笑って気がすんだのか、クロコダイルは私を見てニヤリと笑った。
 悪い顔をしている。

「お前、もしかして、この俺がお前を手放すとでも思っているのか」
「……だって、そろそろ船を出すのでしょう」
「クハハ、馬鹿が」

 彼は酷く優しく私の頬を撫でると、ベロりと首筋に舌を這わせた。
 突然の刺激に身体が震える。

「この、俺が、一度手に入れたモンを捨てるわけがねェだろうが」

 やや乱暴に彼の右手が服の中に入ってくる。ゴツゴツとした指輪の冷たさと、かさついた指が、皮膚の薄い脇腹へを撫でてくすぐったい。
 身動ぎをしようにも金のフックで腰を固定されてしまっては、大した動きも出来ず、されるがままだ。
 クロコダイルの瞳の奥がギラギラと光った。

 お前を逃がしはしない。

 耳元で囁かれて、嗚呼、もう、駄目。
 私はへなへなと身体から力が抜けてしまい、胡座をかいて座る彼の胸へと抱きついた。

 普通、島で買っただけの女にここまで執着する海賊がいるだろうか。
 それも七武海と呼ばれるような男が、自分の女を船に乗せるだなんて。
 誰が想像出来ただろう。

「ガキなんぞ孕んだら次の島まで持ちやしねェよ。諦めな」
「……もしかして、最初からそのつもりで、」
「クハハハハ、自惚れんな」
「性格が、悪いわ」
「海賊に性格の善さなんぞ期待するンじゃあねェ」

 にたりと人の悪い顔で笑う彼の、何処に惹かれてしまったのやら。
 やっと捕まえてやったとばかりにご機嫌な彼の策謀に、見事に嵌まってしまっていたらしい。

 厚い唇に噛みつくように、今度は私から唇を合わせた。