思っていたよりも大きい手のひらが私の顎を掴んだのが最初。親指と人差し指で頬を挟むように、荒々しく私の顔を固定したルフィは驚く私をよそに、ぐっ、と顔を近づけた。
 ぱかりと開いた口からは艶のある白い歯と赤く蠢く舌が見える。何故かいけないものを見てしまった気分になり慌てて目を逸らした。
 けれど顔を固定された私に出来る動きなど本当に些細なもので、彼を見ないようにするには最早目を瞑る以外にない。私は彼から距離を取るように強く目を閉じた。

「そうやって目、瞑られっとさァ」

 いつも通りの声色。目を開けたいけれど、開けられない。顎を掴む手は離れていないし、何より彼の吐息が鼻にかかった事でより距離を理解してしまった。
 んー、と悩ましげに唸るルフィは何を考えてこのような蛮行に及んでいるのか。聞きたいけれど、聞けない。逃れたいのに、どうしてか身体は硬直して上手く動かせなかった。

「何て言うんだっけかなー…………ああ、そうだ、思い出した」

 一人で納得したように声をあげたかと思えば、今までだらりと垂れていたもう片方の腕が私の腰に回った。彼を押し退けるように、胸に手を当て突っぱねるけれど、存外に厚みのある彼の胸板は私の抵抗を黙殺する。
 思わず目を開ければ、思った通りの距離に、我らが船長の顔が。

 顎を捕まれているからか、それとももう驚きで声が出ないのか自分でも分からない。私は声にならない声をか細く吐き出した。
 ルフィはそんな私を間近で見てにやりと笑う。
 手配書の笑顔とも、皆で馬鹿騒ぎしている時の笑顔とも違う、口元だけの笑み。

「据え膳、だ」

 食っても良いよな。私の許可なぞ最初から求めてなんていない癖に、ルフィはわざわざそう言って、歪めた口元からペロリと舌を出した。
 こうなったルフィを一体誰が止められるだろうか。もうどうにでもなれ、そんな気分で私が力を抜けば、ルフィが嬉しそうに喉で笑うものだから、益々私は力が抜けていくのだった。