子供のころ、私は父が大好きだった。

 普段は海に出て滅多に帰ってこない父が大好きだった。帰ってきてくれた時、父は私を何よりも一番に扱ってくれたから。陸に上がっている間の父は、母よりも兄よりも、誰よりも私を優先してくれる。そんな父が私は大好きだった。
 父が帰っている間だけは、私はお姫様になれたのだ。
 

「まぁ、そういうわけで、私は私をお姫様にしてくれる男が良いのよね」
「アー……それは、なんつーか、相手の男が難儀だな」

 愛しの父が家に帰ってこなくなった。原因は、戦争。恐ろしく簡単な結果。父は戦争で死んでいた。
 それを知った頃には私や母が暮らす街にも戦火の足音は聞こえていたので、あまり驚きはしなかった。
 家のドアが叩かれて、フードを被った強面の男が父の手紙を持ってきた時は驚いたけれど。

 父は犯罪者だったのだ。海賊ではない。カクメイグンとやらに所属して、世界政府を打倒しようと頑張っていたらしい。話を聞いた母は手紙を握りしめ泣いていたけれど、私の心は凪いでいた。
 ただ父が――私をお姫様にしてくれる人が居なくなったことにだけ、酷く落胆していた。

 戦争に巻き込まれないように匿おうと提案した強面のおじさんはカクメイグンの総統だとか。正直どうでも良かったけれど、このまま此処に居ればきっと良くないことが起きる気がして、母を説得し彼の船に乗った。
 敗戦濃厚なのは私たちの国なのだ。負けた国の寂れた街の、若い女の子がどんな扱いを受けるかなんて想像に難くない。

 カクメイグンには様々な人が居た。初めて見る人種も多かったし、彼らのほとんどは戦闘員でもあった。
 戦う?なんで。仕事を?なんで。
 私はただ、父のように私をお姫様扱いしてくれる人が居ればそれでいいだけなのに。
 彼らはそんな私を見て酷く顔を顰める。私の容姿がなまじ優れているだけに、よけい女性からの反感も買ったようだった。なんて面倒なところなの。カクメイグン。

「別に男じゃなくたっていいわ。 ようするに、私を世界で一番優先してくれる人が良いの。というわけでサボ、悪いんだけど、私は貴方とは遊べないわ」
「あンなァ、遊びじゃなくて、し、ご、と、だって言ってんだろ!なーにが「私の説明を聞けば行けない理由がわかるわ」、だよ! ただの自分語りじゃねェか!!聞いて損した。おら、行くぞ」
「今のを聞いて分かんなかったの!? 私は誰かに奉仕するんじゃなくて、奉仕されたいんだってば!」
「プライベートと仕事は分けろこの馬鹿女!」

 廊下に響くサボの声に私は人差し指を耳に突っ込み顔を顰めた。なんだなんだと廊下に視線が集まるが、それがサボと私だということに気が付くと一様に興味を無くし去っていく。
 どうしてこの男は分からないのだろうか。

「だ、か、らぁ、私は、自由とか、反乱とか、興味無いって言ってんのよ。何だったらサボ達が嫌ってる貴族とかそこ等へんの人種の気持ちのほうがよく分かるもの」
「おーおー分かった分かった。おら、我儘姫、次行く島の資料だ。目ェ通しとけよ」
「何が分かったのかまっったく理解出来ない。ハァ?なにこれ」

 手渡された紙はぺらりと一枚だけ。まるで子供のクイズのように、問題文とへたくそな挿絵が書かれていた。
 私の襟首を掴んでずかずかと歩き出すサボに嫌がらせをしてやろうと体重をかけるが、私の首が締まるだけでやつに堪えた様子は無い。ベビーフェイスのくせにゴリラなのだこいつは。

 廊下を引きずられるという”お姫様”から掛け離れた状況にため息を付いて、仕方なしに問題文に目を通す。こうして謎の資料を人から渡されるのは初めてでは無かった。ドラゴンと名乗った総統や、何故か小さな女の子、性別不明のオカマに、参謀総長サボ様。彼らは嫌がる私に無理矢理資料を押し付けると、何故かテストのように問題の答えを聞きたがるのだ。
 まじで意味が分からない。けれど、一応ご飯を食べさせて貰っている恩も、無くはないので……あと単純に答えるまで纏わりつかれてうざいので答えてあげている。

「なにこれ。っていうかマジこの問題なんなの?」
「良いから良いから。で?答えは?」
「はぁー。何試されてんのかなぁ。私カクメイグンに入った覚えないのになァ……。 あー……もし私がこの島で武器密輸をする王様だったら、まぁ間違いなくレジスタンスの頭……いや、頭の補佐と内通するわね」
「ホー。その心は?」
「ええ?何となくよ。しいて言うなら、その方が”王様で居られる気がするから”」
「結局勘か」
「悪い?」

 いいや、全く。そう言ってサボの足が止まった。私は摩擦で痛みだした背中とお尻を撫で立ち上がる。手も貸してくれないのかこの男。
 目の前には会議室の扉があり、苦いものを食べたような気分になる。幹部が揃う場所でしょ此処ぉ。

「さ、御姫様、会議の時間だ」
「だからぁ、私ほんっとに自由とか興味無いんだって! ただ私を世界で一番必要としてくれる人が居ればそこに嫁ぐなりなんなりしたいんだって!」
「必要とされてるだろ、俺らに」

 正面から見つめられ、思わず口を閉じた。火傷の跡がついていても彼の顔の美しさは損なわれていない。
 サボの顔は好きだ。ドラゴンさんの顔も好きだし、コアラちゃん?の顔も可愛いと思っている。その他大勢オカマから子供から老人まで、私はカクメイグンに所属している人の顔が嫌いになれない程度には、好きだ。
 けれど。

「……はァ?嘘つけ、あんた達の一番は”自由”でしょ」
「はっはっは、違いねーな」

 一番じゃなきゃ意味がない。
 私はため息を付いて、背中を押されるままに会議室に押し込められた。背後で扉の締まる音。目の前には円卓が。いつの間にか定位置となったサボの右隣に私の席置いてある。

 まぁ、もしも。もしも彼らのうちの誰かが、自由よりも、私を一番に思ってくれる人がいたならば。
 その時はまともに仕事をしてやってもいいと、そっと思った。

 だってそうしたら、私の世界の一番はその人になるんだもの。

 その時が早く来れば良い。ふて寝を決め込むフリをして、私はひそかに願っていた。