姉と弟

 当然の様に現パロ。
 サボと姉弟。
 ヤンデ……レ?




 ブブブ、とバイブ音を鳴らし机の上で存在を主張するスマホを手に取ろうとして、指に付いたポテトの油を紙で拭った。華美な装飾も無く、必要最低限のカバーだけが取り付けられたスマホはランプを照らし、弟からのLineが来たことを教えてくれる。

「あ、しまった。Lineするの忘れてた」
「またサボくん?」
「うん。ちょっと返事するね」

 名前は律儀に許可を取り、ぺぽぺぽと慣れた手つきで画面をフリックしていく。
 向かい合って座る友人、コアラはやれやれとでも言いたげな顔をして肩を竦めた。

「サボくんも相変わらずだよねぇ」
「うん、でも、昔からだから」
「名前は窮屈じゃない?」
「あんまり感じたことないよ。行動が制限されてるわけじゃないからね」

 ふぅん、と返事をしたものの、コアラの視線は懐疑的だ。なにかと心配性な弟を持つ身としては、むしろ甘えられて嬉しいのだけれど。
 サボから来た「今どこ?」というLineに駅前のマック、とだけ返信して、名前はスマホの画面を下に向けた。
 残っているポテトにひょい、と手を伸ばして、指に付いた油を舐める。コアラは「まぁ名前もブラコンだもんねぇ」とストローを口に咥えて片肘をついた。お互いそこそこ名前の通った学校に通っているのに、行儀が良いとはとても言えない。

「ブラコン……そうかも。えへへ」
「いやそこで喜ぶ意味が分かんないよ」
「えへへへ」
「名前ってば、こんな調子じゃ彼氏も出来なそうなんだもんなぁ」

 彼氏。キョトン、と目を丸くする名前に、コアラは驚き目を見開いた。

「か、彼氏……考えたことも無かった」
「ええー!!名前、この間2組の野球部くんから告白されてなかった!?」
「さ、されたけど……」

 そう、ついこの間、名前は名も知らなかった野球部の彼に校舎裏まで呼び出され、所謂告白というやつをされた。高校生にもなって初心なことだと自覚はしていたが、余りの突然さに告白の返事は保留にしてしまっていたのだ。
 コアラが「返事どうするの?」と机から身を乗り出すのに合わせて、名前も鏡の様にコアラへと顔を近づける。

「さ、されたんだけどね……」

 店内は喧騒に包まれているので、声を小さくする必要など無いように思えたが、大きな声で話したい内容でもないので自然と声は、内緒話をするように潜められた。

 丸い目をぱちぱちと瞬かせるコアラは何故か名前よりも頬が赤くなっているように見える。それを少し不思議に思いながらも、名前はそっとコアラの右耳に顔を寄せた。

「その……」
「おーい名前、迎えにきたぞ……って、何話してんだ?」

 ビクリ!と反応したのはコアラだ。まずい所を見られた!とでも言いたげな顔と動きで、コアラは背もたれに身体を寄せると身体の前で大きく腕をばってんにした。

「無罪を主張します!」
「えっ?」
「俺はまだ何話してんのか聞いただけだっつの」

 パッと後ろを振り返る。同じ高校の男子制服を着た金髪の男の子――弟のサボが鞄を右肩に、左手を腰に当て困ったように笑っていた。

「あ、サボ。迎えに来てくれたの?」
「おう、開口一番にそう言ったろ」
「そうだっけ?コアラがびっくりしたことにびっくりして、聞き逃しちゃったかも」
「そうか?で、何の話してたんだ?」

 何の話だったか。名前は先ほどのコアラと同じように目をパチパチとさせると、コアラが視界の端で首を振っているのに気が付いた。喋るな、ということだろうか。
 ああ、とすぐに寸前まで話していた内容を思い出す。確かに弟にする話の内容ではないかもしれない。
 名前はコクン、と一つ頼もし気に頷いて、自分の隣に腰かけたサボへと笑いかけた。

「ひみつ〜」
「何で?」
「えっ?ひ、秘密は秘密だから……?」
「何で?俺に言えねェようなこと話してたのか?」
「えっ。そういうわけじゃないけど……」

 真顔。見事な真顔だ。一つ年下の弟は、たまにこういう顔をすることがある。昔からの事だったが、いつまで経ってもこの顔の感情が読めない。
 コアラがあちゃぁ〜とでも言いたげに額を抑え天を見上げるのを、サボはジロリと目だけで睨みつけた。それに対抗してコアラもむん、と頬を膨らませる。すぐに名前はかやの外になった。

「もー、サボくん!名前と私にだってサボくんに言えない話の一つや二つあるよ!無理強いしないの!」
「無理強いなんてしてねェ!別にやましい事が無いなら言えるだろ!」
「そういう言い方がもう無理強いしてますぅ」
「しーてーまーせーんー。名前と同性同学年に生まれたからって調子乗るなよ!」
「はァ!?乗ってませんけど!」

 先ほどまで身を引いていたコアラは、今や机に身を乗り出す勢いだ。机越しに言い合う二人の言葉を右から左に、名前は自分が当事者にも関わらず、氷が解けて薄まったオレンジジュースを呑気に啜った。
 以外と二人はお似合いなのでは。毎度そう思うのに、何故か二人は「ぜェ〜〜ったい有り得ない!」と声をそろえるのが名前には不思議でならない。

「名前はどう思うっ!?」
「名前!コアラに何とか言ってやってくれよ!」

 腰を浮かせた二人が右隣と目の前から同時にそう言ったので、名前は思わず笑ってしまった。口元を手の甲で抑えてくすくすと笑うと、少し熱の引いた様子の二人は何処か気まずそうに着席する。

「ふふ、二人とも仲良しだねぇ」

 がっくし、と肩を落としたのも同時だ。サボに至っては、「お前何も聞いて無かったろ……」と恨みがましいような目で見てくるのだから困ってしまう。弟を本当に可愛がっている名前は、既に身長の抜かされてしまった彼がこうして眉を下げて自分を責めてくる目に弱かった。

「サボ、本当に大したことじゃないんだよ。この間告白されたってだけで……」
「アッ」

 コアラの声にハッと口元を抑える。が、最早意味のないことで。

「告白……?」

 首を傾げるサボに名前は申し訳ない気持ちでコアラを見た。
 二人だけの女子話だったのに、ごめん、と言って手を合わせれば、コアラは「いいよいいよ、隠し通せるとは思ってなかったし……」とごにょごにょ呟いた。いいよ、と言ったのは聞こえたけれど、その後が聞き取れなくて聞き返そうとしたけれど、それよりも早くサボが名前の目の前にあったジュースへと手を伸ばしたことで遮られた。

「わざわざ私のを取らないで、買ってくればいいのに。レジ空いてるよ?」
「んーにゃ、いい。で、告白、もう返事したのか?」
「あ、結局私もその先聞いて無かったや。どうだったの?」

 サボの気軽い言葉にコアラが追従した。弟に聞かれるのは少し恥ずかしいことのように思えたが、名前は大人しく頷いて、先ほどのように机の中央へと顔を寄せる。
 二人も同じようにした。何故か机の下がガタガタと音を立てたが、名前が下を覗き込もうとすると音が止んだ。二人の足が当たったのかな。

「あー、えっと、その、ね」
「うんうん」
「……」
「返事、しようと思ったんだけど……何故か会うたびに逃げられちゃって」
「へ?」

 廊下で会っても、教室で会っても、何故かどうにも逃げられる。彼の連絡先も知らないし、どうしたものかと思っているところです……。名前がそう付け足すと、コアラはさっきの様に頭を抱えて、何故かサボをじとりと睨んだ。睨んだが、最早言葉にならないようで、ため息だけが口から零れ出ている。

「遊びか何かだったんじゃねェか?」
「ええっ!……だったら、悲しいなぁ。初めての告白だったのに」
「何だよ、付き合うつもりだったのか?」

 右隣で頬杖をついたサボは、コアラの視線を無視して冷えたポテトをもそもそと口に入れている。コアラが机の下でサボを蹴ったのか机が揺れたので、コアラの方から取らずに私の方から取りなよ、と名前は自分の余りのポテトをサボの前へとスライドさせた。

「いや、断るつもりだったけど……」
「じゃあ調度良いじゃねェか」
「もう、サボってば乙女心が分かってないなぁ」
「どうしても返事がしてェなら俺から言っといてやるよ。角刈りの野球部だろ?」

 どこの世界に弟から告白の返事を、それもお断りの返事をする女が居ると言うのか。名前は「いりません!」と唇を突き出し、すぐにあれ?と首を傾げた。

「私、サボに誰から告白されたとかって言ったっけ?」

 コアラは同じ学年で、同じクラスだし、何なら私から話したから当然知っている。
 けれどサボは一つ下の学年だし、高校生にもなると学年が違えばまるで接点は無くなっていたはずだ。
 サボは青い瞳を細めて、首を傾げる名前の横髪を耳にかけさせると、へらりと笑った。

「ヒミツ」

 なんてやつだ。

「もー、サボばっかりズルい。ねー、コアラ?」
「アー……ウン。ソウダネ!ソロソロ帰ロッカ?」
「えっ。急なカタコトっ……ってもうこんな時間か。確かにそろそろ帰らないと」

 店内の壁にかけられた時計は夜六時を指している。別段家が遠いわけでは無いけれど、コアラが一人で帰ることを考えればもう出た方がいいだろう。
 名前は自分が使ったトレーとコアラのトレーを手早く纏めると、サボが自然な所作で重なったトレーを持ち上げた。
 ありがとう、と笑えば、ん、と左が伸ばされる。サボは名前の右手から鞄をサッと取り上げると、自分の鞄も合わせて右肩へと担ぎ上げた。

「じゃあコアラ、気を付けてね」
「うん……名前もね!ほんっとうに気を付けてね」
「あはは、私はサボが一緒に帰ってくれるから大丈夫だよ」
「いやその一緒に帰っている人が……いや、うん、マタアシタネ……」
「だからカタコト」

 バイバイ、と手を振って駅に向かったコアラを見送って、名前は隣を歩くサボを横目で見上げた。
 駅前は人が多く賑やかで、帰宅客を引き寄せようと競うように明るい。
 街頭に照らされたサボは、見上げている名前に気が付くと、それはもう満足そうに笑って名前の右手を取ったのだった。



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