memo

▼2025/12/08:転がる少女、二度目の好奇心は闇を明かすか

『僕達には何かが圧倒的に足りなくて、別の何かが圧倒的に過剰なのです』

以前、好きな作家が本の中で言っていた事。細かい言い回しは違うかもしれないけど、この世界で生きていると自分には足りないものと過剰なものがあまりにも多過ぎて、時々皆と足並みが揃わないんだろうなと思います。
この前の鬱転から大分快復したのに、それでも時々虚しくなることがあります。だってすべては永遠じゃないから。生きている事も、今仕事が大変ながらもとても楽しいのも、それなりにエネルギッシュに過ごせる場面がある事も、全部。
最近多分疾患名が変わったんだけど、変わった所で症状は変わらないのが『自分のなかだけの認識の変容にしか寄与しない』事を象徴していると言うか。
結局統合失調症だろうが統合失調感情障害だろうが、双極性障害だろうが、張られたラベルが書き替えられたに過ぎなくて、お医者さんが治療の手がかりとして一旦名付けた、みたいなものだと実感しています。今の主治医とはかなり相性がいいんですけど、此処まで来るのに10年以上掛かってるから、そりゃあ初めからぴったりな病名なんてつかないよなと思うなど。
そう言えば、双極性障害って今は『双極症』って言うらしいですね。この前知りました。まあ人に説明する時は『躁鬱です』って言うからまあ、こだわりは持たなくても良いか。

友人が、ずっと変わらず悩んでいるようです。変わらずというのは失礼なのかな。悩んでいる内容は幾らか変容しているでしょうし、同じ状況でも本人の心理的なキャパシティは毎日変わると思っています。この前彼女にエールを貰えたので、少しばかりお返しをしようと思ってこの記事を書き始めました。何だろう、同じような病名を与えられているのに、一人一人症状も状況も違いまくるから何かと困りますね。彼女は辛さを抱えつつも家族にきちんと貢献しているので、そりゃあ疲れもするよなと。私なんか心が疲れ果てたら布団に籠城しておばあちゃんに丸投げしてばかりですから。
何度か自分を消そうとして失敗している私ですが、普段から躁に寄っているおかげで社会に迎合できています、だけれども、じゃあ躁に寄れたらいいのかって言ったら多分違うと思う。本来この疾患の患者は低めのテンションで安定している方が圧倒的にデメリットが少ない筈なんですよ。身に覚えがあるんですが、躁に寄っているとそれがプツリと途切れて鬱に寄った瞬間、例えば楽しい時間の終わりとかに自分を消してしまおうかと極端な方向へ走ろうとしてしまうので、躁に寄り過ぎても良くないんです。この症状は言うなれば脳のバグなので気合いではどうにもなりません。お薬で調節してあげるか、自力でアドレナリンとかドーパミンを分泌する行為を行うのが一つの早道だそうです。例を挙げるなら熱めのお風呂に入ったり、逆に冷水で顔を洗ってみたり保冷剤を握って掌を冷やしてみる。そうなると脳は『熱い』『冷たい』しか考えられなくなって、一旦は思考がストップします。
ただ、この時期ヒートショックに気を付けた方が良いのは確かなので、刺激的な食べ物(激辛料理とか)や運動をして『辛い』とか『肉体的に苦しい』とか『疲れた』とかを感じているといつの間にか衝動が去っていくようです。
実は私、ネガティブ思考が止まらない時は筋トレや踏み台昇降の他に、音楽を聴きつつ当てもなく歩く事をよくやります。2時間も歩き続けても思考は回り続けるんだけど、何処かで必ずフッと楽になる瞬間が来るんです。以前リアルの友人とトラブった時に発見しました。悩み抜くにもエネルギーが要りますし、歩きながら悶々と考え、たまに周囲の様子がクリアに見える瞬間が出てきたらよい兆候。悩みの出口はもう直ぐです。
ただ、これはこの時期にはあまり向いてないのが難点ですね。寒いし。私の場合は地下街とか地下から直結の建物内でやるんですが、彼女の住んでいる所だとどうなるだろう。外に出るのもハードルが高い時もあるだろうし。
でも、初めは嫌々やっていた行為が(この場合は運動)自分を強くしていると実感するととても良い時間になる。その感覚が好きだから運動するし歩きます。勿論、無理にとは言わないんだけど。
私達の尺度の問題なのか、簡単に物騒な思考に陥って嫌になりますよね。極端な方向へ行ってしまう。私もこれまで何度思ってきた事か。

本当なら皆が幸せになれるように世界が出来ているべきなんです。

神様はイジワルじゃないけど人間には強い興味がないから、適当にパラメータを振ってるんですよね。特に考えもせずに。個々人の欲しい能力とか特性とか選んで生まれて来られたらいいのに。
出来もしない事を空想する事は好きです。でも、現実にならない事に軽く絶望するのもセットだからやり過ぎてもいけませんね。
過食してしまう事とか、浪費してしまいそうになるとか、彼女と私の悩みは結構似ている所があります。違う所も結構あります。主に仕事をしている事と、家庭環境かな。幸いにと言うか、今の私の家族には介護が必要な人はいません。彼女は家族の介護とそれに伴う諸問題に立ち向かっている日々です。自分が消えてしまえばいいんじゃないかと考える理由も、私と彼女では多分違うんでしょう。彼女の心を物理的に覗き見た事は無いので、その理由を憶測を元に語るのはやめておきましょうか。
今の環境が辛いと感じていても、いつかそれには終わりが来る。でもそれが良い方向だけではないと知っているから、未来って見通せなくていいんだろうなって思います。見通せてしまったら、絶望が誰にも止められる事なく私達を襲うだろうから。ただ、変わらないものってそんなに多くないです。変わらなくちゃいけない事も多くあると思う。それは事象だったり自分だったり他人だったり、いろいろなんだけど。

昔の私、それこそ高校生で、この日記を書き始めた頃の私が今の私を見たら何を思うだろう。『まだ生きてるんだ』とか『死んでなかったんだ』とかでしょうかね。残念だけどしぶとく生きてるよ。何なら貴方にとってコンプレックスだった見た目が大好きになってるよ。自分磨きにハマった時期もあったし、只管に女子力を身に着けるのが楽しくて仕方ない時期もあったよ。ゴスロリから卒業したと思ったらスナイデル系になったし、港区女子っぽくなったと思ったらロリータに戻って来たしね。
あの頃の、こんな世界に生きていたくなかった時期でも自分の事は嫌いじゃなかった。認めていなかっただけで。でもだからこそ、こんな世界で生きて行きたくなかった。こんな世界でこれ以上生きていたら、自分が壊れてしまうと思ったから。

自分の事が大切だから、せめて自分で終わりにしようと思った。自分の為に出来る一番前向きな選択がそれだった。

これが言語化できるようになったのは割と最近の話で、それこそ去年くらいの事なんだけど、終わりかけた頃の私は『この世界』を『大好きな自分が生きるのには辛すぎる環境だ』と断じたんですね。でも間違ってた。世界なんて感じ方ひとつで素晴らしくもなるし、無味乾燥で空虚なものにもなる。世界を変える事は出来ないんだけど、感じ方を変えるライフハックくらいはあるんじゃないかと、その手掛かりになればいいと思って文字を綴るのをやめないでいます。自分にとっても、彼女や他の人にとってもね。

専門学校の頃、先生から『お前は死ぬなよ』と言った感じのメッセージを貰った事があります。彼の言葉には『せめてお前は』と言うニュアンスが含まれていました。彼は生徒を亡くしています。その生徒さんの著書は学校の図書館に陳列されていました。
敢えて大きい主語を使うんだけど、物語を紡いだり絵を描いたりデザインをする人達には繊細な人が多いです。言うなれば、創作者の卵は傷つきやすいと言う事。創作を好む人は、きっとより傷つきやすいし、感じ方にずれが生じていると思います。だから私達には他と比べて何かが圧倒的に足りないし、別の何かが圧倒的に過剰なのです。
けど、じゃあ全く同じ人っているのかって訊かれたら違うじゃないですか。それならその人だけの巧い生き方とか進む方向がある筈なんですよ。他の人に過度な負担を強いたり傷付けたりしないなら、どんな風に生きたっていいんだと、私は思っています。

私達は同じ道は歩めないけど、各々適した道をそれぞれに進みながら、時々手を振り合い言葉を交わしましょう。私は今此処に居て、貴方は其処に居る。それで良いんだと思います。


←前へ | 次へ→