◆◇ 消えてしまえよ、磁場なんて
好きな人に意識してもらえない。そういって悩んでいる人は、物語の中でも現実でもよく見掛けるものだ。
一般的に同情される立場のその人たちを、自分が羨むことになる日が来ようとは露とも思っていなかった。恋愛に現を抜かす人々を鼻で笑っていた過去の自分に、未来のお前はもっと馬鹿で惨めだよ、と言ったところで自分は全く信じやしないのだろう。
「おはよう、足利」
「あ、引間くん。おはよう!」
クラスメイトに声をかけられた女の子、足利さん。彼女は他の女の子たちと楽しそうに話していたにも拘わらず、それを一旦止めてわざわざ体までクラスメイトの方に向けて、律義に挨拶を返した。
学年で人気者の足利さん。彼女の今のような丁寧で律義な姿も、きっと人気の所以になるのだと思えば少し憎らしい。
彼女に声をかけたクラスメイトの引間は、彼の席であるわたしの隣へと歩いてくる。毛先に入っている水色のグラデーションが窓から差し込む光に照らされていて、惚れた弱みか、それがとてもきれいに見えて思わず目を細めた。
その引間が目を細めて視線を向ける先には、赤のグラデーションが入った髪を光に照らされた足利さんがいる。
「おはよう、引間」
「ん」
少しでも気を引きたくて声をかければ、帰ってくるのは一文字の相槌だけ。視線の一つももらえずに、彼女のように名前を呼んでもらうこともできない。
好きな人に意識してもらえない。そんなことは幸せな悩みだ、と言ってしまえば批難されるだろう。けれど、好きな人に視界の端にすら入れてもらえない、そういうわたしの遣る瀬の無さは、一体どうすればいいのか。
意識してもらえなくても、視界に入ることができる人たちを羨まずにいるのは土台無理な話だった。
「ねえ、引間」
時折足利さんに目を向けながら本の世界に向かってしまった引間に、声をかける。
けれど、返事はもらえない。わたしは何故こんなヤツに恋をしてしまったのか。……それは、自分だけしか知らないことである。
「……なに」
「え?」
「さっきからこっち見てるけど、何」
この沈黙を破ったのは、意外にも引間からだった。たったそれだけのことで胸が弾んでしまうのだから、わたしももう末期なのだろう。相変わらず視線は向けられないままだけれど、今それを気にするのは野暮というものだ。
彼がわたしに応えてくれる内に、聞かなくては。
どういう女の子が好きなの。それを知れば、足利さんでなくともわたしだって、視界の端くらいには入れるはずだ。
……そう、思って口を開いたのに。現実はそう甘いものではないらしい。
「引間って、足利さんが好きなの?」
わたしの口から勝手に飛び出したのは、そんな身も蓋もない言葉だった。
好きな人と思うように話すのは、わたしには酷く難しい。引間はそんなわたしの焦りに興味もなければ気付いてすらいないのだろう。
「マイナスがプラスに惹かれるのは、いつだって世の摂理だろ」
淡々と告げた彼の視線の先には何があるのかなど、見なくたってわかりきっている。
引間の目には、光に照らされた彼女が見惚れるくらい綺麗に見えている。わたしにとっての引間が、そうであるように。
自分には勝ち目の有無どころか、近くの土俵に上がる程度のものすらも持ち合わせていない。それでも、悪足掻きにすらならないとわかっていながら問わずにはいられなかったわたしは、自分が思ってる以上にこの恋に本気だったのだろう。
「マイナスがマイナスに惹かれる、っておかしいことかな」
「マイナス同士は反発するのが世の摂理だ」
あっさりと告げられた最後の最後まで、彼の視線がわたしに向くことは、一度もなかった。
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