◆◇ きみとぼくと不等号
「あ、ナマエさん!今からサーヴァントの召喚をするんですけど、もし暇なら見ていきませんか?」
廊下で偶然鉢合わせた立香ちゃんにそう元気よく誘われたのは、ものの十五分前のことだった。その誘いに丁度暇があった私は二つ返事で応じ、召喚室に程近い場所にいた私たちは揃ってその部屋に入っていく。既に準備を始めていたスタッフたちと不備の無いように最終調整を済ませ、そしてあとは立香ちゃんが召喚をするだけとなった。
召喚サークルの前には契約者となる立香ちゃんが立ち、私はその三歩ほど離れた斜め後ろに立ち留まる。一端の魔術師として正式な魔術ではないにしろ召喚の儀式を何度も目にすることができるのは悪くないと思っている私は、基本的に召喚時の同伴を誘われれば断らない。科学の気配が多く混ざっているとはいえ、濃密な魔力を感じられるこの儀式は私にとって常に好ましいものだった。
虹のように複雑に輝き魔力と触媒の代理を果たす石が、立香ちゃんの手から捧げられ、召喚サークルに青白い光が灯る。この部屋全体に魔力が流れ始め、それに反応した空気が静かに動き始めた。次第にサークルの魔法陣に沿って風が回りだし、光が絡み大きく巻き上がっていく。急速に激しくなる風は最早暴力的と言えるまでになり、衝撃を伴って私たちの全身を打ち付けていた。眩い光は、その目を焼き尽くさんとばかりの勢いだ。
ふと、魔法陣から滲み出てくるサーヴァントの魔力に自分の何かが反応する。よく知っている誰かに似ている、ような。考えられるのは既に召喚されている英霊の別クラスとしての存在ということだが、果たしてそれが合っているかというのはどうにも自身の感覚に疑問が残った。
衝撃から体を庇い、細める目の中で眩い輝きを放つその先に、新たな人影が現れる。一気に濃くなった魔力に、所々違ってはいるが半分以上同一の霊基がカルデアに存在していると私は気付いた。
「おう、なんだあ?今回もまた随分なトコに喚ばれちまったかねえ」
渦巻く光と風の奥で呟かれた声にまた、自分の何かが反応する。馴染みのない感覚に、違和感ばかりが沈み落ちてゆく。
その人影が一歩を踏み出した途端、召喚サークルを囲い込んでいた激しい光風が一瞬で弾けた。そこを中心にして衝撃波が生まれ、大きく一度、私たちを含めた全てを舐めてゆく。突如訪れた静寂の中で、薄煙と光の残骸を傍らに、そこには一人の男が立っていた。
真っ青な髪、同じく青の変わった装い。力強く輝く、赤い瞳。カルデア最古参のキャスターと同じ顔で違う装いをした男は、最初にこの部屋をぐるりと見渡す。そして二人だけ同じ空間にいる私たちに目を向けると、その存在をしっかり見据えるようにして名乗りを上げた。
「クラスはランサー。クー・フーリンだ。ま、いっちょよろしく頼むぜ」
「クー・フーリン!キャスターのランサークラス現界だね!」
「お?もう別の俺がいるのか。だがな嬢ちゃん、クー・フーリンのクラスはランサーが最も適してんだ、それを言うなら逆だわな」
「そっか、覚えておくよ。私は藤丸立香。カルデアのマスター、あなたのマスターです。よろしくね!」
「ん?アンタがマスターなのか。……おう、なんか遠いがパスもちゃんと繋がってんな」
「ここでの契約はカルデアのシステムを介してるからね、普通の契約とはちょっと違ってるんだ」
「なるほどなあ」
立香ちゃんがすぐさま声を掛け、二人は対面してほんの数秒にもかかわらず自然体で言葉を交わし始める。ランサーは視線の先を立香ちゃんに絞って会話し、そこから外されたわたしは立香ちゃんのあまりにもナチュラルなコミュニケーション力に唯々感心する他なかった。
私は魔術回路とレイシフト適正があってもマスター適性はないので、サーヴァントのマスターになることはまずないと言っていい。だからタラレバを考えるだけ無駄ではあるのだが、私がマスターとなりサーヴァントを喚んだとしても、立香ちゃんのように上手い付き合いは中々できないだろう。彼女のあれは一種の才能だと当人を除く誰もが思っているし、そのことを少し照れながら笑い飛ばす彼女はナチュラルな愛し上手の愛され上手なのだ。
少しの間立香ちゃんとランサーの姿を眺めていたが、ふとランサーの目がこちらに向く。目が合って数秒も交わっていればそこで何かしらの繋がりが生じるのであり、流石に私もそれをなかったことにする気は起きなかった。ランサーの視線に気付いた立香ちゃんも私を振り返り、彼に紹介をすべく揃えた指先をこちらに差し向ける。
「こちらは苗字ナマエさん。ここのスタッフさんで、主に私と行動して現地サポートをしてくれる人だよ」
「どうも、苗字です。宜しくお願いします」
丁寧に紹介してくれた立香ちゃんに倣って名乗りと挨拶を述べ、会釈程度に頭を下げる。しかしそれに対してランサーは何も言わず、何かを探るようにじっと私を見ていた。
宜しく、お願いします。何も可笑しなところなどない丁寧な言葉に、なんとなくまた言い様のない違和感が付き纏っているような気がする。自分の感覚に多くの意識を持っていかれているからか、ランサーの無言も視線も全く気にならなかった。けれど多分、見守っている立香ちゃんからすればそれは中々シュールな光景だろう。ランサーもそれに気付いているのか、ちらりと立香ちゃんを流し見る。そこから再びかち合った紅い瞳は、何故だかわからないが絶対的に意思の疎通が諮れているという確信を私に抱かせた。
「アンタ、本当にスタッフか?マスターじゃなく?」
「生まれてこのかた、マスターになったこともありませんよ」
「よくわからんが、こっちの嬢ちゃんが名乗ってくれなきゃ俺ァアンタがマスターだろうと思ったぜ」
「それは初めて言われました」
「……アンタって、そんな喋り方だったか?」
「ええ、そうですけど。何か可笑しかったですか?」
「いや、そうじゃねえ。……なんだあ、よくわかんねえな、まったく!」
噛み合っているような、そうでないような、何とも妙な会話だ。立香ちゃんが困惑しているのが視界の端に映っていたが、正直なところ、自分もよくわかっていなかった。そして恐らく、目の前にいるランサーも同じ。
誰もが、この状況に対する解を持っていない。前進も後退もないような場で留まるのは何の実にもならないので、私ははっきりと自覚し始めた違和感を抱えながらも義務的な笑顔を貼り付けてランサーに片手を差し出した。
「これから宜しくお願いします、ランサーさん」
形式的な態度を見せれば、ランサーはじとりとした目を向けてくる。だがすぐに仕方ないとでも言わんばかりに息を吐くと、迷うことなく私の手を握った。自分のものより二回り近く大きな手は、言葉とは逆によく馴染んだ。この体温を、武骨な形を、掌の硬い皮膚を、私は多分、知っている気がする。
「よろしく頼むぜ、……ナマエ」
僅かに込め直された手の力は、初めて握手するサーヴァントであるにもかかわらず全く痛みを感じなかった。喉に引っ掛かる小骨のような痛みは、どこにもない。けれど、喉にしこりが住み着いたような、何とも言えない感覚が私の中で大手を振るい始めたということだけは、はっきりとわかった。
クラス、ランサー。クー・フーリン。
初めて逢う存在を、私の何かは甚く歓迎する。何かはまた、恐ろしい程に“ランサー”という男を心から信頼していた。
BACK