◆◇ 喰われた僕の心臓は、君の血となり愛となる




「初めまして。僕が花宮真です」

 そう名乗った花宮は、爽やかな好青年と評されるいつもの笑みを浮かべた。
 隣に座る自分の先輩にあたる男が、おかしいと言わんばかりに小さく喉で笑う。いつものことながら一々苛立たせてくることに花宮は内心で毒を吐いたが、その顔に浮かべた笑みは僅かばかりも歪むことはなかった。
 現在花宮が腰を落ち着けているのは、一般家庭の中学生が利用するにはそれなりに無理が必要であろう些か値が張る喫茶店。そこに同席をしているのは中学の先輩である今吉と、1人の少女だった。
 テーブルを挟んだ先、自分の前に座る女を花宮は笑顔を浮かべつつ素早く観察する。
 美の評価基準を高く持つ花宮から見ても、文句無しの美しい少女だ。血のように赤い髪と瞳が印象深い。歳に不要な化粧をしている様子もなく、服装は落ち着いた色味で纏められている。頭の軽い馬鹿ではなさそうだ。花宮は少女をそう評した。

「初めまして。私は赤司ナマエだ」

 はっきりと自分に向けられた声はこれが初めてで、その耳触りの良さに感心する。一切の不快感はなく、だが聞き流されて忘れられるような無色さとは真逆に位置する声。それだけで花宮は数秒前の評価を覆した。馬鹿ではない、どころかそれなりに考えを巡らせる女だろう、と。
 そして即座に彼女の言葉を処理する。その名を聞けば、花宮は逡巡もせずに理解した。目の前にいるこの女は、赤司財閥の娘だ。アカシという苗字は珍しくもないが、日本人では珍しい赤髪を持った"アカシ"など、あの赤司くらいである。冷静に判断した花宮は自分の笑みの僅かな深まりを感じた。これは、予想外にも程がある僥倖だ。花宮は自然な仕草で今吉に視線を移す。
 そも、何故花宮がこの場にいるのかといえば、それは視線の先の男、今吉に呼び出されたことが理由であった。
 ちょいと会うてもらいたい奴がおんねん。というメッセージに日時と場所を添えただけの一方的なものだったが、無視をすれば後が面倒なのは明白であり花宮には非常に不愉快ながら呼び出しに応じる以外の選択肢は存在しなかったのだ。そんな経緯で渋々足を運べば、これだ。常々何を考えているのか読めない嫌な男であるが、今回ばかりはこの場を設けたことを感謝してやってもいいと花宮は珍しくそれなりに本気で思った。
 少女から自分に視線を移した花宮に、今吉はいつものようににんまりと笑う。

「わっるい顔しとるなぁ、花宮」
「ええ?なんですか、からかわないでくださいよ、先輩!」
「そうだよ、今吉くん。酷いことを言うものだね」
「あっ。僕も全然気にしてないですから!大丈夫ですよ、赤司さん。お気遣いありがとうございます。……赤司さんは優しい方なんですね」
「はは、お前も酷いこと言うとるやん」

 いつもの調子で優等生に成っていれば、今吉は曖昧且つ意味深な言葉を何気なく放った。その意味をすぐに理解することができず、花宮は器用にも表情はそのままに腹では盛大に眉を顰める。"酷いこと"に該当する言葉は。今吉が指す"お前"は。花宮が考える数秒の間もなく、その答えはすぐ目の前で笑っていた。
 今吉の言葉に無言を返し、品行方正だった微笑を意味深に深めた女が、自分を見ている。花宮は自分だけが知らぬ内に何かが動かされていたことを察し、込み上げた不快感を笑顔で隠した。そんな彼に、ナマエは語りかける。

「花宮くん。きみは今吉くんに、こう言われたのではないかな。"会ってもらいたい人がいる"と。ああ、口調を真似する義理はないからね。そこは気にしないように」
「はい、確かにそう伝えられましたよ。ええと、それが何か……?」
「ふむ。"会ってもらいたい"と"紹介したい"が同義ではないことは、わかるね?」

 花宮の口元が一瞬、ひくりと引き攣る。

「ならば、それが意味することは……勿論きみならばわかって当然だ。そうだろう?」

 ナマエの言葉を、花宮はすぐに、正しく理解した。崩れそうになる表情を持ち堪えた花宮に、ナマエは容赦なく続ける。

「きみが弾き出した答えの通り、私は赤司財閥の娘だ。けれど……ただの男子中学生程度が都合よく転がせるような玉だとは、思わないことだね」

 すべて、見透かされている。
 しかも、トドメが挑発や威嚇とは真逆の余裕に満ちた優雅な笑みだ。花宮は盛大に舌打ちをする。最早優等生の真似事をする必要などない。純粋に不快なので、花宮は遠慮なく2度目の舌打ちをした。
 隣で大爆笑しているクソ野郎が不快だ。今吉くん、周りの迷惑になるから静かにしなさい。とかまったく変わらないテンションで注意している女も、不快だ。そもそも嫌がらせが趣味とも言えるような今吉が合わせようとしてくる人間がロクなものであるはずがない。それに気づかずまんまと踊らされた自分も、この上なく不快だった。
 不快感でいっぱいになっている花宮を、笑いが収まった今吉と余裕のままのナマエが愉しげに言葉でつつく。

「まだまだ詰めは甘いが、素質は十分にあるね。これは、期待ができそうだ」
「お、良かったなぁ花宮。将来有望やて。赤司が言うんなら間違いないで?」
「ちっ、そういうことかよ。利用されんのは逆ってか」
「その通りだ、花宮真くん。今吉くんから話を聞いて興味を持ったのだけれどね、予想以上で驚いたよ。この歳にしては上出来だ」
「お前も嫌味なやっちゃなぁ、赤司」
「何のことだかさっぱりだよ、今吉くん」

 屈辱と苛立ちでげんなりと姿勢を崩した花宮を気にも掛けず、学校が違う友人であると初めに言っていた2人が嫌なじゃれ合いで間接的に花宮を弄り倒す。
 今吉サンだけでも厄介なのに、同じレベルに厄介なのが増えやがった。悪童として覚醒する前の花宮は、自分の頭が痛む未来を察する。
 しかし、盛大に文句を吐きつつもその赤司ナマエに貢献するようになることなど、今の花宮は知る由もないのである。

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