20:30 - 三男 前編


「チョロ松ーう。順番変わってやろうか?」

おそ松がライブハウスにもどるとトト子のライブが再開されており、解体ショー実況の効果が現れたのか観客もそこそこの歓声をトト子に送っていた。
チョロ松は最前列で、トト子応援グッズフル装備で声を張り上げており、これでどうやってバレないように入れ替わるんだと三男の間抜けに呆れながらも声をかける。

「トト子ちゃーーーーんサイコーーー!  ……え、どういう意味?」

1時間以上歓声を上げ続けてもかすれもしない喉は、さすがドルオタといったところだろうか。
トト子に向けた笑顔の余韻を残しておそ松の方を向いたチョロ松は、ワンテンポ遅れておそ松の発言に疑問をもった。

「お前、自分の番が新曲とかぶるから替わってくれって言ってたじゃん。俺が代わりになまえちゃんとデートしてきてやろうか?」
「いやいやそうじゃなくて、おそ松兄さんの番もう終わっただろ?何ちゃっかりもう一周しようとしてんの。 …あ、ていうかもう俺の番?」
「いーじゃん。どうせお前こんな最前列にいて入れ替わりなんて難しいんだからさー、俺がもう一回行ってきてやるよ。なっ」
「なっ、じゃねえ。それとこれとは別! ほらなまえちゃんどこにいるのか教えて」

最前列なので、二人はサイリウムを振りながら応援を装って会話を続ける。
あわよくばと思っていたおそ松はケッと吐き捨てながら、なまえが待っている場所を教えた。

「あーあと外すっげー寒いんだわ。なんか温かいもん持って行ってやってよ」
「飲み物とかでいい? あ、おなかすいてるかな」
「くそー、俺がもう一回行けたら一緒に屋台飯食えたのに…」
「屋台があるんだ。じゃあなんか一緒に食べようかな」
「クッソー!!」

悔しがって地団駄を踏むおそ松にむけてノリノリだと勘違いしたトト子がウインクを送ると、トト子の笑顔におそ松の荒んだ心があっさりと癒やされる。
やっとチョロ松を送り出す気になってきたおそ松は、最後に大事なことを伝えた。

「…それからお前の担当手袋ね。手袋、なまえちゃんにやれよ」
「何の話?」
「十四松の帽子被って、トド松の耳あてして、俺のマフラー巻いてるから」
「何の話!?」
「行ったら分かるよ。ほらさっさと行かないと俺が行くぞ」

おそ松に急かされ、腑に落ちないまま背中を叩かれたチョロ松は、このまま追求して時間を無駄にするだけだと考えた。
そもそもこの長男は本当に自分の代わりにもう一度なまえのもとに行ってしまいかねない。
あとは現場で判断しよう。
気持ちを切り替えたチョロ松は、ガッと勢い良くおそ松の胸ぐらをつかんだ。
意味の分からない突然の弟の乱暴におそ松は目を白黒させる。

「うお!? なにチョロ松!」
「えー! 後方でトラブル!? わかった! 俺がちょっと見てくるよ!!」
「は?」

トト子へは爆音で声は聞こえないだろうが、身振り手振りでトラブルと焦りを大げさに表現して、チョロ松はあっという間にライブハウスの外に駆けて行ってしまった。
ぽかんとそれを見送って、おそ松はようやく理解が追いついた。

「……ああ、そうやって出て行くんだ…」



十四松の帽子をかぶり、トド松のイヤーマフを当て、おそ松のマフラーを巻いて、広場の時計の下でなまえは待っている。
30分おきにこの場所に戻ってきて立っている彼女は、本人の知らぬところでささやかな注目を浴びていた。
時計そばのベンチにずっと腰掛け、もうすぐ変わるイルミネーションを待っているカップルが、なまえをチラチラと見ながらこんな会話をしている。

「あそこにいる女の子わかる?」
「うん」
「最初にステージに上がってたカップルの子なんだけどさ」
「あー、あの子か。いま彼氏居ないじゃん」
「そう、なんか頻繁に彼氏が五分位どっか行っててその間あそこで待ってるの」
「トイレじゃないの?」
「…うーん、彼氏さ。服を着替えて戻ってくるんだよね」
「え、何でだ…」
「どういうプレイなんだろ。行動が謎でついつい見ちゃって―。 …あ、彼氏戻ってきた」

ほらやっぱり着替えてる。と囁かれながら見ず知らずのカップルに、そしてその会話が耳に入った周囲の若干名にそれとなく注目されながらなまえの元へ駆け寄る彼氏…実際は四番目の男チョロ松は、緊張丸分かりのカクカクとした動きでなまえと合流した。

「お、おぉおぉおまたせしました!!」
「チョロ松さんこんばんは」

チョロ松へとニッコリ向けられたなまえの笑顔に、チョロ松の肩が大げさに跳ね上がる。

「こ、こんばんは!!!」

ガッチガチの力んだ挨拶になまえが目をパチクリとさせると、不自然さが自分でもわかっているらしいチョロ松は焦って視線を彷徨わせた。
どこを見ればいいのか困るように、なまえの身体のあちらこちらをチョロ松の視線が忙しくなぞる。
真冬だというのに大汗をかいてオーバーヒート寸前の彼は息も絶え絶えで、なまえが心配そうに顔を覗きこむと、それもまた逆効果になりビクリとのけぞった。

「チョロ松さん? 大丈夫ですか?」
「ヒャイ!」
「お、落ち着いてください」

深呼吸、深呼吸。
すー、はー、となまえが促すと、チョロ松も震える息で真似をする。
やがて少し落ち着いたチョロ松は深呼吸よりも大きなため息をついた。

「うー、ごめん。なまえちゃんとデートすると思ったらなんか緊張が止まらなくて… 手汗やべえ!」

この状態で格好つけてもしょうがないと観念して心のうちを吐露するチョロ松に、体調不良ではないとわかったなまえは逆に胸をなでおろす。
なるべく刺激しないように、いつも通りの彼でいられるようにと、できるだけ優しい声色で話すように心がける。

「普段話す時は緊張してないのに、どうしちゃったんですか?」
「いやいやいや、普段も多少してるよ!? 普段の比較じゃないというか、だってクリスマスデートだよ! リア充じゃん! どうしちゃったの今年の俺!! もう明日死んじゃうんじゃないの!?」

テンションと声が高い。

「そ、そんなに喜んでもらえて私も嬉しいです」
「ごめんなまえちゃんお願いだから引かないで」

かと思えば、突然自己嫌悪に陥って急降下する。
まるでジェットコースターだ。
上がったり下がったり忙しいチョロ松をとりあえず落ち着けようと、なまえは近くのベンチへと誘導した。

がさり。
腰掛けたチョロ松の手にもつビニール袋が音を立て、なまえの意識がそちらへと移る。
なまえの反応に、チョロ松自身も忘れていた袋の存在を思い出して、その小さな袋を持ち上げた。

「あぁ、忘れてた」
「それ、なんですか?」
「え、と…」

がさがさと白い袋をあさって取り出したのは二本の缶の飲み物だ。

「…どっちがいい?」

ミルクティーと微糖のコーヒーが差し出される。
きょとん、と二つを見比べたあと、チョロ松へと視線を移したなまえの行動に、何を勘違いしたのかチョロ松は再び焦った。

「いやあの、本当はスタバァに寄ってオシャレなもんでも買ってこようかと思ったんだけど、すごい混んでて… 待たせたら悪いからとりあえずコンビニで買ったものなんだけどごめんね。飲まなくてもいいけど、ほらまだ熱いからカイロ代わりにはなると思うから受け取ってくれると嬉しいんだけど…」
「あ、いえそうじゃなくて…」

言葉を挟む間もなく一気に喋って、普段も下がりがちの眉を更に困らせてしまったチョロ松に、そんなつもりじゃなかったなまえは申し訳無さがつのる。
今日のチョロ松は、すごくこちらの反応にデリケートだ。

「ありがとうございます。いただきます」

そ、と両手を差し出してミルクティーを受け取ると、チョロ松の緊張が緩んだ。
受け取ったミルクティーは暖かくて、冷たい指先の感覚を取り戻してくれる。
自然と、ほっとため息がこぼれ、なまえは缶をしっかりと握りこんで掌全体で暖かさを楽しんだ。

「あったかぁい…」
「よかった…」
「飲んでもいいですか?」
「も、もちろんもちろん」

温かいうちにどうぞ!と、まだ緊張気味ではあるものの最初よりは落ち着いてきたチョロ松に、温かいコーヒーを飲めばきっと更に落ち着いてくれそうだ、となまえは密かに安堵してありがたくもらった缶のプルタブに爪を引っ掛けた。

カチン

「う…」

カチンカチン

「……」

爪が引っかからない。
寒さで手がかじかんでうまく開けられない缶と無言で格闘していると、不意に隣から伸びてきた手が、なまえの持つ缶のプルタブに爪を引っ掛けて、

カシュッ

と、容易く開封してくれた。

「あ、ありがとうございます」

一人で缶も開けられない恥ずかしさに、なまえがはにかんでお礼を言うと、チョロ松はぱっと視線をそらして慌てて手を引っ込めた。

「い、いえいえ…」

会話もままならないほど緊張しているかと思えば、不意に自然とこういう優しさを見せてくれるとこちらも意識してしまい、なまえはむず痒い気持ちになる。
甘くて温かいミルクティーをなめながらチョロ松の方へ視線を送ると、ちらちらと挙動不審にこちらを見ている目とかち合った。
大げさに驚いてコーヒーを一気に傾けて熱さにむせている。

「ケホ… そ、 …そういえば、お腹すいてない?」

たれたコーヒーを拭いながらごまかすように言う。
ならばごまかされてあげよう、となまえはうなずいて同意した。

「ちょっとすきました」
「じゃ、じゃあなんか買ってくるよ」

この言い方は一人で買いに行くつもりのようだ。
屋台が立ち並ぶ方を見ながらいそいそと立ち上がりかけたチョロ松の手を、なまえはとっさに掴んだ。
チョロ松は突然手を握られてわかりやすく戸惑い「ヒェッ!?」なんて言っている。

「私も行きます」
「えっ いや、食べたいもの言ってくれたら俺買ってくるよ。なまえちゃん立ちっぱなしで疲れてるでしょ」
「混んでるから待ってる時間離れてたらもったいないです。できるだけ一緒にいましょ?」
「うっ… そ、そっカ。うん、じゃあ…ハイ」

たどたどしく頷くチョロ松の顔は照れてほんのり赤い。
しかし普段はへの字に結んでいる口は嬉しさがにじみ出てV字になっており、純粋な十四松や甘え上手のトド松とはまた違った奥手な可愛らしさを感じてしまう。
兄弟といる時は気難しそうな態度でいることが多い印象だが、二人きりだとこうも変わってしまうのかとなまえはさきほどからのチョロ松のギャップに驚き、そして嬉しくも思った。
緊張ゆえの空回りも、一所懸命こちらを気遣う様子も、手をとっただけで飛び上がるほど恥ずかしがる癖に、なまえが立ち上がるときには重ねた手をしっかりと握って引き上げてくれる無意識のレディファーストも、今夜は自分だけのものなのだ。

立ち上がるとそのまま遠慮するように離されかけた手を惜しく感じ、なまえの方から握り込んだ。
瞬間、掌がびくりと震えたがやがておずおずと握り返してきてくれる。
繊細な力加減で、とてもやさしい掌だった。

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