青梅雨
とある蒸し暑い日の夜
私はショッピングモールの下着屋さんにて迷っていた。
(どっちがいいかなぁ‥黄色か?ピンクか?)
たまには気分をあげようと可愛らしい下着を見に来たけど。
悩むこと数分。
いつもの黒かグレーかな‥汚れ目立たないし。
いざとなると冒険できない質で。
うーん‥
別に彼氏もいないから見せる相手もいない。
いてもそんなに気にしないけど。
ワイヤー苦手だしやっぱりいつものスポブラかな。
グレーがいいかな、夏は汗でよく汚れるから。
汚れ目立たない重視で。
迷っていたカラフルな方を陳列していた棚に置き直す。
レジに並ぶと店員に勧められ、試着室に来るも電気がどこかわからずもたもたとしていた。
『たまには派手な色とか買ってみろよォ‥好きなもんをよ。』
「ちょっと‥」
『‥ったく。女の素っ気もねェな‥』
「‥うるさい。早く引っ込んでよ、てかなんで今来るわけ?変態」
『問題ねェ。せっかく悩んでたから来てやったのによォ。あっちも見てみろよ。』
と、カーテンの、隙間から実弥が指した方をみると、何やらちょッと破廉恥な下着が並んでいる。
「‥っふざけんな!!!」
「お客様!?!?いかがなさいました!?」
試着室の前で待っていたらしい店員さんにすぐ声をかけられた。
無理もない、一人で喋っていたのだから。
まーたやってしまった。
「あ、いえすみません‥電気のスイッチがどこかわからなくて。もうこれ買います‥。」
サァとカーテンが開くと、ジロジロと他の客からの視線が痛い。
またやってしまったなぁ‥。
実弥はというと、店内の明るい光で居なくなった。
そう、彼はいわゆるお化けなのである。
夏の陽炎
『何買ったんだァ?』
「いつもと同じの。っていうか下着屋さんにまで出ないでよ。」
『わりィ。お前の助けてが聞こえたからよォ‥』
「言ってないし。今年もまた現れたわね。」
『まァな。傘ねェの?』
「生憎持ち合わせておりません。だから急いで走ってるんでしょうが!」
しとしとと雨が降ったりやんだり。
急に曇ってきてバケツの中をひっくり返したような雨が降ったり。
この夏の前の梅雨というのはとても厄介で、読めない。
今日もほら、朝は日差しの差し込む暑さだったのに今は土砂降り。
傘なんて持ち合わせてなくて。
ここまで豪雨ならもう濡れたっていいや。
「コインランドリー行かなきゃ」
洗濯物が全滅だ。
『明日は晴れるンじゃねェ?』
「適当なこといわないでよ!」
私の後ろに憑いている『何か』
皆には話すことのできないこの人。
名前は実弥、それ以外はわからない。
所謂お化けである。
何年前だろうか?実弥はある夜に突然やってきた。
その日は今日みたいに蒸し暑い夜。
彼氏に振られて自暴自棄に飲んで帰った帰り。
家のマンションまであと少しだった。
「何が会う時間が少ないからよ。こっちだって仕事早めに終わるように頑張ってたのに。バーカ。」
ぶつくさと歩いていると後ろが一瞬冷っとした。
『おいお前。引き返してあっちから帰れ。こっちは危険だ』
「はい?え‥」
そこには薄っすら姿は見えるものの向こうが透けている。
ちなみに足はない。
「ギャァァァ!」
『ただの幽霊だ。怪しいもんじゃねェ。とりあえずこっちだ。』
何がただの幽霊よ!怪しさ通り越してなんですけど!?
顔をよーーーくチラ見すると、どっかで見たことあるようなないような。。
真剣な顔だったのでとりあえず言われた方から帰った。歯向かうと怖そうだったから。
マンションのロビーに帰り着くと
『じゃあ、また』
そういっていなくなった。
次の日のニュースでうちの近くで若い女性を狙った痴漢がでたと放送されて、時間帯をみてびっくり。
「本当だったんだ‥危険だったの。」
それからというもの、実弥という幽霊は頻繁に現れるようになった。
いつもいるわけではない。
昼間は一度も現れない。夜になるとでてくる。暗い場所にも。
恐らく影のできる場所に出てくる、気がする。これは最近知ったこと。
そして夏が終わると急に居なくなる。
そんな不思議体験を経て数年。
実弥がいきなりでても驚かなくなった。
むしろ話し相手として心地がいいと思っている。
夏の風物詩みたいな。
「実弥が出てきたら夏が来たなーって思うよ。なんで夏しかでてこないの?」
『‥』
「そっか。いいよ、答えなくて。幽霊といえば夏だもんね!お盆とか。」
『そうだなァ。ちゃんとご先祖様に挨拶してこいよ?そういうのは大事だからなァ‥』
「はいはい。まーたジジ臭い説教が来たね。」
『ジジ臭いとは失礼なやつだな。』
「実弥って何歳なの?あ、これも聞けないか。」
背格好からして成人していると思う。同じ年くらいだけど言うことが大人だからなぁ‥年上かも。
そしていつも着流しを着ている。
現代にしては珍しい恰好だ。
実弥、実弥、実弥。
実弥という名前以外は何もわからない。
実弥も答えない。
聞かれてもいつも困ったような、悲しそうな顔をしている。
「今日は上司がさー退勤前に仕事持ってきて腹がたったよ」
『そんな職場辞めちまえ。』
「やっぱりアパレルに行くべきだったかなー」
『アパレル?なんだそれはァ。』
「洋服屋さんだよ。でも接客できるかな?作る方が興味あるしなぁ‥」
『やりたいことやりゃいいじゃねェか。それにお前昔っから裁縫得意だったろ』
「そうだ‥けど。」
たまに自然と出てくる言葉にドキッとする。
実弥が出てきたのはここ数年なのに。昔のことを知っているような。そんな間柄なような。
昔といっても小さい時ではなくて。
すごーーーく大昔、そんな感じがするの。何故かわからないけど。
『もう寝るだろ、じゃあな。』
「うん、おやすみ」
実弥のこと、私も前から知ってる気がするの。
気になって幼少期の卒業アルバムを引っ張り出して見るも、写っていない。
実弥、実弥、実弥。
何かがひっかかっているような感覚と、ふわふわと心地のいい関係に知りたい気持ちに蓋をしている。
なんで現れるの?
あなたはだぁれ?
もっと知りたいのに。
「聞いたら消えてしまいそう‥だなんて。」
それが怖くて聞けない
実弥のいる3度目の夏が始まった。
青梅雨