「実弥‥実弥?おはようございます!」


「っァァァ驚かすんじゃねェ!男の屋敷に軽々女が入ってくんな!!」

「私ならいいでしょ?早く稽古つけてください!強くなりたいんです」

「ったく久しぶりの非番だってのによォ‥負けたほうが朝飯な。」 


「望むところです!今日は絶対負けません」


「ほォ‥今のところずっと朝飯当番はお前だけどなァ」   

「言うのはただ!今日は勝ちます!」


夏の陽炎

 


私と実弥が仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。
鬼に肉親を殺されたもの同士、周囲を気にすることもない‥。
実弥は最初はぶっきらぼうで怖くて近寄りがたかったけど。
すぐに優しくて面倒見のいい男だとわかる。



ある日怪我をしていた猫をどうしようか悩んで屋敷まで連れて行ったとき。

「屋敷に猫連れてくんじゃねェ」

「でも怪我してて弱ってるみたいで」 

「そんなのほっとけェ」

「それは!できないです‥胡蝶さんに診てもらって家で‥」

「胡蝶は長期の任務で不在だ‥じゃあお前が任務で死んだらそいつどうするんだ?俺たちは明日を証明できないだろうがよォ」
  
確かにそうだ。
そうだけれど。。


一生懸命生きようとするこの猫を見捨てられない。
 

弱々しく生きをする猫をぎゅっと抱きしめた。


「‥‥ハァ‥着いてこい」
 
「え?」

「いいから。」

「えっと、あの、」


「不死川実弥。」


「実弥‥」


呼び捨てにしたら帰る道中でげんこつをくらったのを覚えてる。
そうだ、不死川実弥って名前だった。



実弥が家で看病してくれた猫はすっかり元気になって、歩けるようになるとさっさと家を出ていった。

「薄情者だなァ‥おい、何泣いてやがる」

「だって、だって寂しいじゃないですか。ずっと看病してたのに‥つけていた鈴は置いていってるんですよ?!」

実弥の屋敷の前に丁寧に引きちぎられた紐と鈴が置かれていた。


「賢いやつだな。野生じゃこんなもん付けてたら獲物取れねェだろ。良かったんだよこれで。」


「うちで飼いたかったなぁ‥だって家で一人は寂しいですもん。動物でもいたら、生きて早く帰りたいって頑張れそうなのに。」


「ったく‥うじうじうるせェ。寂しいならずっとここにいりゃ良いじゃねェか」


「へ?」

お互い独り者同士、寂しさを埋め合うように私達は惹かれ合った。


稽古のときはまるで別人な実弥に食らいついていき、時には負傷もしたけれど。

お互い死んでほしくない。
ならば強くなるしかない。

鬼舞辻無惨のいない世界で幸せに暮らせたなら‥

言葉にはしないけど、私は実弥が、実弥は私がそうであってほしいと願ってやまなかった。









鬼のいない世になり、突如平和が訪れる。

平和になればなるほど文明は発展し、日本も賑やかになってきた。


でもそれは、年々実弥の死を意識させる。
痣者の寿命について聞いたときは三日三晩泣いた。


少しでも側においてほしい私と
弱っていく自分を見せたくない実弥。

他にいいやつ探せなんて言われたときは悲しくて悲しく仕方がなかったけど。

どんな実弥でもいい、側にいられるならと。
最後は押して押して了承してくれた。


残りの人生をすべて実弥のために。




「ほらよ」

「うわ!そんな体でどこに行ってたんですか?!探しましたよ!!これ‥」

「やる」


木の箱をあけると、小さな風鈴が一つ。
風の呼吸を思い出させるようなそんな色鮮やかな青緑。



「初めて‥です。人に何かをもらったの。ありがとうございます‥大事にしますね。でもこれって鈴ですよね?中身‥珍しい」  



「ちょっと細工した。俺がいなくなってもあの猫がお前を守ってくれんだろ」

随分と昔の話をしてきた。
そういえばあの猫が私達を引き合わせてくれたんだなぁ。



「‥ずっと実弥さんが守ってくださいよ」

「そうしてェなァ。」  



そういって私はその木箱を腕にぎゅっと握りしめ、実弥の肩にもたれかかった。

以前と比べて随分痩せたその体は、古傷が傷むのか、たまに夜はうなされていた。

私はひたすら背中を擦って上げることしかできない。

近くの大楠神社に每日每日朝も昼も夜も雨の日も風の日もお参りに行った。


どうかあの人を連れて行かないで。


そんな願いも虚しく、痣の出た仲間の命の灯は細くなっていった。
 



「ほつれてたところ、縫っておきました」

「おう、相変わらず上手いな」

「今から神社に行ってもいいですか?」

「今日は‥祭りじゃなかったかァ?人が多いだろ」

実弥は私が人混みが苦手なのを知っている。

「いえ、私は祭りじゃなくて」

そこまで話してはたと気づく。
何度も何度と実弥を想い、お参りしていたのがばれてしまった。


「ごめんなァ‥お前を一人にして逝くなんてよォ‥」

「な、に、を言って」  

「俺の人生辛ェことばかりだった。お前と過ごしたらそんなの忘れてしまった。死ぬことは怖くねェって思ってたけどなァ」

「実弥さ」

「お前と離れるのが怖くて仕方がねェ」

ぎゅっと握った掌はもう握り返す力は少しも残ってなかった。

「幸せになれよ。」

「一緒に幸せになりましょうよ。でないと呪いますよ」

「そしたら化けてでてきてやらァ」

「化けてでもいいから会いたいです。私は、私は‥生まれ変わっても実弥さんと一緒がいいです。」

小さく口を開けて何かを言っている。もう声もだせないのか‥

口元にそっと耳を当てる。



「‥愛してる」


「実弥さん?実弥さん?」






その時ぶわぁっと一層強い風が吹いた。
   


実弥さんは夏の風に攫われて空に消えてしまった。

鬼のいない世界で一緒に幸せになりたかった。

実弥さん
実弥さん
実弥さん


私もまた実弥さんに会いたいです




また、いつか。




そう願いを込めて私はまだ温かい、少しかさついた薄い唇にそっと口づけをした。





催涙雨