「はァ?今日も会えないのか?」
『ごめん…ちょっと今日も予定があって…』
「…わかった…」
付き合い始めてもうすぐ2年。
ほぼ毎日のように仕事終わりや休日に会っていたタケといつから会わなくなっただろうか。
会わないだけ。毎日メッセージのやりとりはしているし、同じ職場だから仕事上の話をしたりする。
喧嘩をしたり、嫌いになったと言うわけではない。
違和感を感じ始めたのは2ヶ月ほど前のこと。給湯室で2人並んでコーヒーを淹れつつ話をしてる時だった。
「実弥くん、ごめん。今夜は予定ができて会えないの…」
「了解。気をつけて帰れよォ」
このやりとりが何回も続いた時だった。
世間では華金と呼ばれる金曜日の夜、1人残業が終わって車に乗って帰宅している時だった。信号待ちで停車し、とあるビルからタケに似た人が出てきたなと思ってその人を見た時だった。
じっと見つめて気づいた。間違いない。
あれはタケだ。だが、1人じゃなかった。
隣にいたのは誰からも好かれそうな爽やかな男。ビルのエントランスでお互い手を振り笑顔で別れるタケとその男。
男はまたそのビルに入っていった。
「オイオイ、嘘だろォ…」
その間数秒。いつの間にか信号が青に変わっていたらしい。パパッと後ろから「早く行け」とばかりにクラクションが鳴らされ、急いで発進させた。
心の中が黒いモヤに包まれていく。
その後どうやって自宅に帰ったのか覚えていない。目が覚めると自宅のベッドの中だった。
リビングから聞こえる音で目が覚めた。眠気まなこでリビングに向かうと合鍵で入ってきたらしい。鼻歌を歌いながら料理をしているタケがいた。
「あ、実弥くんおはよう。いつも早起きなのにこんな時間に起きるなんて珍しいね。昨日は結構遅くまで残ってたの?」
時計の針は10時半を過ぎたところだった。
手を洗い、タケが近づいてくる。
「ああ。」
「ごめんね…予定がなければ私も手伝ったのに…」
タケの言葉に昨日の光景が蘇ってきた。
「はァ?」
だめだ。
「テメェ何言ってんだ?」
言うな。
「彼氏が残業中に他の男と逢引してたやつが言うセリフかァ?」
言った後、絶対言ったらダメだと思ってたことを口に出してしまった事をすぐに後悔した。
「え、実弥くん、逢引き?何言ってんの…?」
「タケこそ何言ってんだ?昨日ビルの前で手を振って別れた男は次の彼氏かァ?」
でも口に出して言ってしまった。その言葉はもう元に戻すことはできない。口に出してしまって止まらなくなってしまう。
「毎日俺にメッセージ送ってる時もアイツが側にいたって言うのかよ…クソ…」
タケを問い詰めるように壁に追いやる。
「頼まれたからって別れてなんかやらねェよ。タケ。お前は俺のモンだ。」
そして乱暴に、食らいつくようにタケに口付けた。今までこんな乱暴にタケとキスしたことあったからどうか思い出すが思いつかない。
「んっ…ちょ……っ……やめ…って…」
壁と俺に挟まれ、身動きを取ろうにも取れないタケが視界に入る。
それに構わず深いキスを続ける。
呼吸をしようと少し離れた時に足をガツンと踏まれた。突然の痛みにタケとの距離が離れる。目に涙を溜めたタケがそこにはいた。何悲しい顔してるんだ。その顔をするのはお門違いじゃねぇか?
「痛てェ…な…まだお仕置きが必要か?」
「さ、実弥くん…聞いて…!」
「言い訳なんざ聞かねェよ。」
「いいから、きいて」
「ハッ。別れ話か。いいぜ。聞いてやる。」
リビングのソファにドカリと座る。
タケはその場に立ったままだ。
「んで?なんだ?聞かせてみろよ」
「実弥くんは、今日何の日か覚えてる…?」
「はあ?今日?」
なんかあったか?普通の土曜日…
タケの誕生日?いや違う。
「やっぱり覚えてなかったんだね…」
「……」
「きょうが、私たちの、付き合って2周年記念日なの…」
ハッと息を呑んだまだ少し先だと思っていた。
「だから、今日のために、2人でこの日を過ごすために、お…お料理教室に通ってたの…」
「黙っててごめんなさい。驚かせたくて」と言い終わると同時にボロボロ涙を流し、泣きじゃくり始めたタケを見て数分前の自分を殴り殺したくなった。
「タケ…」
「ごめんなさい…ごめんなさい…教室の先生が若い先生で…」
「タケ」
「ごめんなさい…ご馳走作って
実弥くんを驚かせたくて…」
キッチンに目をやると切りかけの材料。
タケの指には絆創膏。
タケに近づき、優しく抱きしめる。
「タケ…すまねェ…俺が悪かった……いつも一緒に過ごしていたのに突然会う機会が無くなったじゃねぇか。それで…俺…不安になっちまって…」
「しかも2周年もまだ少し先だと思ってた…」
「本当に申し訳ねェ。」
もう謝罪しか出てこない。
さっきまでの威勢はどこへいったのだろうか。
「実弥くん…私こそごめんね。仲直り、しませんか?」
「許して…くれるのか…?あんなにタケに乱暴な言葉を吐いちまって…」
「実弥くんって本当は思慮深くて優しい人って知ってるもん。さっきの言葉も…私のことを思ってくれてるって自惚れても、いいかな…?」
「あァ…タケ…好きだ。」
「私も大好きよ。」
心の中のモヤが嘘のように晴れてていくのがわかった。
「ねえ、実弥くん。料理を作る前に、やさしい、キスをしてくれませんか?」
「お望みの通りに。」
そして何度も俺たちはキスをした。
優しいキスをして
「ちょっと…実弥く……そろそろ料理をしたい…んだけど…っ…」
「んー…もう少しだけこうしていたい」
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