きっと疲れのせい。



くっそだりィ…



テスト明けは決まって採点に追われる職員。


職員室の空気は最悪だ。どんよりしている。
これだけ生徒の数が多いと毎回の採点だけでも大仕事だ。

フラフラと席を立つ伊黒は今にも人を殺りそうな顔だ。煉獄もなんてシャツのボタンを掛け間違えてる。それに気づいてない。
よっぽど疲れてる。それはそれでおもしれェから言わないでおく。


宇随ぐらいだろ…楽な採点してんのはよォ…


へらへらと職員室を出ていく宇随に苛立ちながらも、目の前のピンだらけの解答用紙に思わずグシャリと空き缶がつぶれる。


竈門、嘴平、我妻0点。




「あいつら本当に遊んでばっかだったんじゃねェかクソがァァア!!!」






たとえば君が






「珍しー!しなせんがネクタイしてる」
「しかもおしゃれじゃん!」

朝のHRが終わったとたんにわらわらと群がる女子たち。
上から下までくまなくチェックされる。
生徒同士でファッションセンスがなんとかかんとかで盛り上がるらしい。

この前なんて冨岡のジャージの事をダセェだのボロクソ言ってたしよォ…。


「ほら…さっさと部活に…」
「なになに今日は職員会議でもあんのー?」


そう言いながらまじまじとネクタイを見てくる女子達。



朝着替えるときに目に入ったこのネクタイ。あいつが選んだやつ…

今日は何でもない日なのに気づくと手に取っていた。



行事でしかつけない事をわかっている生徒達にとって俺のネクタイ姿は珍しいらしい。




「どうでもいいだろうが。お前ら香水つけてんだろォ……つけてくんなってあれほど言っただろうが!今すぐだせェ…!」

俺を取り囲んでいた女子がササッと身を引く。


「女子の身だしなみだもん!」
「そうだよ!汗の匂いとか気になるもんねー!」
「汚い男子とは違うんだもんねー!」
「だったらしなせんも毎日ボタン閉めてネクタイしなきゃねー!」
「ねー!」

キャッキャッと10倍くらいになって言い返してくる生徒に思わず声を荒げる。


「ねー!じゃねェだろうが!没収だ待てコラァ…!」

こわーいと言って逃げるやつらにハァァと溜め息。
校内の規則に反すると担任が怒られんだよなァ…しかも生徒指導担当の冨岡に。


あいつに怒られるとか勘弁してくれ。





採点諸々の疲れがどっときている。
これが終われば行事が盛りだくさんの二学期が始まる。
体育祭、学園祭、期末テスト。


「……ハァ…」








フラフラと給湯室へコーヒーを淹れに向かう。甘いのにしよう。ミルクもいれて。

デスクに置いてあったマグカップを手に向かうと給湯室の中にタケの姿が。


思わず足が止まる。
タケが手を洗うのにあげたタオルを使っているからだ。



「……」



なんか変な気分じゃねェか…


今までならすんなり話せていたのになんと声をかけたらいいか言葉が脳内をぐるぐるとまわる。


そういやこの前買い出しに行ったきりで学校が始まって一度も会ってなかった。

というかおそらく自分が実力テストでそれどころではなかったからだ、と思う。






「よォ…」

そう、声をかけようとしたが一目散に部屋を出ていった。


急いでたのかァ…?


チラ、とこっちを見たような気がしたが何も話しかけられなかった。




足元に落ちていた鎮痛剤のゴミに気づく。



「あいつまた調子悪いのかァ…?」


解熱鎮痛剤っつーことは熱があんのか?
どっか痛むとこがあるんじゃねーか?


ボタボタと角砂糖を投入しながらタケの事が気になってしょうがねェ…。
これまで人が気になることもなかったし、不必要に構うことはなかった。
自分と家族ぐらいだった。

それなのに…



「おーーーい!タケせんせー!また猪之助が怪我したー!」
給湯室の廊下から竈門の声がする。
「また怪我したのー!?」
あいつの声も。





これから山ほどすることはあるのによォ…



「あ゛ーー…クソっ…」




がしがしと頭を掻いて一口珈琲を飲む。





少し冷めたコーヒーをデスクに置いて、自販機に寄る。
向かった先は保健室だ。







※※※






保健室の前で一瞬止まる足。
中から聞こえるタケと…宇随だ。



あいつまたサボってやがんのかァ…?



何故か苛立ちがふつふつと沸いてくる。
きっと採点に疲れているからだ。と思う。

そんなことは今どうだっていい。




「一緒に寝るかぁ?」







そう聞こえた瞬間プチッと何かが切れた気がした。




ぶちギレる俺をヘラリとかわして出ていく宇随が置いていったものはポカリだった。


「忘れ物じゃないですか?」


あいつはそんなん飲まねェ…だいたい炭酸か酒だ。
多分こいつの不調に気づいて持ってきたんだろう。



宇随は俺より先に気づいてた
タケの不調に。

そう思うと何故か苛立ちが止まらない。



渡そうとしていたペットボトルを握りつぶす。







「宇随と付き合ってんのか?」




気づいたら発していたその言葉に、自分自身が一番驚く。

人のプライベートだとか、恋愛に全く興味がなかった俺が。



返事に困るタケの表情が余計に俺を腹を立てた。
視界に俺があげたタオルが目に入る。
使ってるとかそんなんは今どうだっていい。



別に宇随とタケが付き合ってたって俺にはどうでもいいはずなのに。
意味のわからない苛立ちが沸いてくる。






お似合いだと、思ってもいねー言葉を吐き捨てて出てきちまった。




職員室に向かいながらふと思う。



付き合っている。

そうだと言われるのが嫌だった。
だからあいつがしゃべる前に終わらせた。





俺は、タケに違うと言ってほしかったんじゃねーか。





よくわからない感情に俺はおもむろにネクタイを外し、鞄にしまった。






end



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