優しくしないで、

数日待てばいつも通りが来る。
部長も昔のように戻る、と思ってたのに。


いつまでたっても戻らない…
仕事に集中したいのに部長が近すぎて
というか甘くて。どういうつもりでしてるんだろうと勘違いしてしまう。



そしてそれを良く思わない他の社員もいるわけで。

仕方がない、男からも女からも好かれる人。
慕われている部長だからこそ狙っている女性はたくさんいるのだ…



「あー…まただ。」



地味な嫌がらせが最近ある。

今日は傘がない。


でも見ていないからなんともいえない。

忘れた、かも。
いや朝持ってでたしなぁ…


よりによって本降りな帰り道に心もどんよりする。






これからの2人



上着を頭にかけて走り出そうとしていた時だった。


「…タケ」


ふと呼び止められて振り向くと久しぶりに見た義勇の顔。
この前から割りと普通に接してる気がする。


「義勇…!久しぶりだね!出張どうだった?」


隣に並ぶとやけに懐かしいその顔。
あれ、どれくらい顔会わせてなかったかな?


「とても勉強になった。タケに早く会いたかった。」


「はいはい。」


相変わらず口数は少ないけどまぁ楽しかったって事かな?



「いいなぁ、私も出張行ってみたい。」


なかなか外に一歩ださない私を上から下まで見る。



「傘…忘れたのか…?」



「あー…うん。」



「…朝から雨降ってたのに忘れたのか…」


驚きというより困惑してる義勇に若干ムカつきつつも。


「もう…そうなの!先に帰っていいよ!」


コンビニまで走って傘買って帰ろう。
そう思ったけどふいにタオルを頭から掛けられた。


「濡れたら風邪を引く。駅まで送る。」



「…ありがとう…」




今日は冷たい雨。
確かに少し濡れただけでも風邪を引きそうだ。



無機質なビニール傘に2人並んで駅の方まで歩く。




サァアという雨の音に紛れて車が通りすぎる。周りの人たちは傘を片手にスマホを持ってすれ違う。





「タケは最近どうなんだ」



「へ?何が?仕事ならボチボチしてるよ!早くチームアップして仕事したいね。」



少し遅れて入社した事を忘れるくらい義勇は仕事ができるようになっていた。
あとは人に伝える力がほしいってとこかな?
先方とのやりとりやプレゼンも、シンプルで伝わりやすいようにまとめてくる。


「早く一緒に仕事がしたい。」


そう呟く義勇の横顔は無表情なんだけどメラメラしているように見えた。


「義勇頑張ってるもんね。」


「タケのお陰だ」


「私は何もしてないよ」



あと少しで駅まで着く。
義勇は反対方向だから申し訳ないしね。



「部長と何かあったのか?給湯室で他の社員が話していた。」



ドキッと、肩が跳ねる。
何がって…私の方が聞きたいよ


「別に、いつも通りだよ」


嘘。
全然そうじゃない。
でも義勇の気持ちを知ってて話すのは酷なんじゃないかな…



「困ってることがあるんじゃないか」



「ないよ!大丈夫だって!」


はは、と笑って誤魔化そうとするとふと足が止まる。



「手、握っていいか?」


「え…嫌だけど。」


「そうか…タケが泣きそうだったから。無理するな。」


そういう義勇に心なしかぶわっと涙がでそうになる。



「部長がね…意味わからないの」
「…今でもわからない。」
「最近変だし」
「昔から変だと思う」
「…嫌がらせも…辛い…」
「…!?」
「ひそひそ話にも疲れる」


周りの目も、嫌がらせも。

それ以上に部長の態度に一喜一憂してる私の心も。

疲れた。


「それってどういうことだ」


ぎゅっと手を握ってきた義勇に驚いて、でも振りほどく訳でもなく。
今は誰かに寄りかかりたかったのかもしれない。




雨の音
車の走行音
信号の音
全てが耳に入ってこない。


すると後ろの方からクラクションを鳴らされた。
何よクラクションなんて鳴らして、何もしてないのに…
ギロりと睨み付けると車内には私を悩ます元凶の部長の姿が。





「タケ!!に冨岡…?出先から帰ったら珍しくタケが退勤していたから追いかけてきた!どうしたんだ?」

「追いかけて来るなんてストーカーですよ部長」

「それは…なんとも言えんな!タケ?」




いつも通りに戻ってよ。
ただの部長と部下の関係のときみたいに。
名字で呼んでよ。
なんで下の名前で呼ぶの?

だって仕事に恋愛事は煩わしいんでしょう?
私、このままだと仕事できなくなっちゃう。
まだ
まだ部長の側で仕事したいのに。


ドアを開けて私の顔を覗き込もうとしてきた部長に傘をむける。
顔みられたくない。


「…部長、お願いがあります。もとの部署に戻してください。」


一番驚いた顔をしている義勇を横になんてことをいい出したんだと思う。
我ながら意味がわからない。




「…どうしたんだ…?俺には君が…必要だ。困った事があったら…」




車から降りてくる部長に慌てた私は義勇に傘を押し付けて





「……しく…優しくしないでください…!」





雨の中無我夢中で走り出した。







end










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