目撃される

「君が好きだ」



この人は何を言ってるのか理解しかねる。

好き?何を?誰が?誰を?

背中から伝わる熱と自分の熱にとまならい鼓動。


「…あの、部長たぶんそれは違…」
「違わない」

だって仕事場にそういう人はいらないんでしょ?もやもやと過去の言葉が脳内をまわる。
遊ぶような人ではない。
また、からかうような人でもないからこそだ。
私が他の部署にいくのを止めたいから?
期待したらまた傷つくのが怖くて、本当だと思えなかった。


「とりあえず風邪ですし、まずは…」

「ああ、久しぶりに風邪をひいた。君が、あの時移動を申し出たからだ。それに優しくしないでとも。俺は…考えた。考えたけど何故かわからなかった。何度も君に電話しようとした…



俺は、君がいないと…」

首ものと熱がふっと遠退く。
顔を上げてくれたらしく、すかさず離れようとするもがっちり手を握られている。

振り返ると部長の顔が近づいてくる。



キス…される…

吐息がかかるほどの距離に差し掛かった時だった。




「兄上、あれ?鍵空いてますね…お邪魔します。具合はどうですかー?兄…」





声のする玄関先に目をやると、そこには部長そっくりな人が顔を真っ青にして手に持っていたスーパー袋を落とした。










これからの2人






「千寿郎…!」

ぐしゃ、と落ちたスーパー袋の中からゼリーやらプリンが落ちてきた。他におにぎりとかパンもはいってる。


兄上と呼んでいたってことは…
まさか弟さん!?

格好からしてまだ中学生か?あどけない顔だけども部長にそっくりだ。

そして振り返る今のこの状況。


目をぱちくりとお互いさせている。
それはそうだ。



キス、されそうになっていたのだから。




「わ、わ、わたし帰りますさようなら!」
「そそそそれなら俺が帰りますよ!」
「私の方が!帰ります!帰らせてください!ただの職場の関係者なので!!」
「帰らなくてもいい。まだ話すことは山ほどあるからな!」
「な、い、で、す!」

何をいってるのこの人は!と睨みをきかすも聞いてる素振りはない。

「まさかお客さんがいたとは知らず!すみません!すぐあの…」
「こちらこそ仕事の都合で来ていてお邪魔してただけです!何もないですから!もう帰ります!」


ぺこり、と千寿郎さんに会釈をして振り返らずに猛スピードで出てきた。


あああすみませんすみません!
弟さんすみません!!!!


そりゃ兄弟のあんなところを見られたら!
私だって恥ずかしいわ!
しかもお年頃そうだった…



「ひゃーーー!」

なんだったの?さっきの出来事は!
ぶんぶんと頭を振り乱しながら会社員へと戻った。






※※※


「ただいま戻りました」



誰もいないオフィスのデスクに突っ伏す。

好きという一言がリフレインする。
至近距離の色っぽい表情も頭をよぎり、必死にこらえる。
たぶん、間違いだ。
風邪で頭がやられていたんだと思う。

そう思うことにした。自分で。
部署がかわれば会うこともないだろうし…




それにしても千寿郎さん…



「……かっわいかったなぁぁぁ…」


部長のミニマム版。困り眉で礼儀正しくて素直そう。かわいい。



また会いたいな…可愛い千寿郎さんに!


気持ちを切り替えて残りの仕事に取りかかる。夕方帰る前に蜜璃さんが明日の事を訪ねてきた。



「タケちゃぁーん!部長はどうだったかしら〜?明日はどうするか聞けた?」
「どうもこうもないですよっ!!!」
「へ!?何かあったの?」



何も知らない蜜璃さんに言うことはできず…

「は!すみません私ったら…部長は明日…えっと…」


そうだ、明日の出張だ。
どうするんだったかな…大事な仕事とは言ってたけど、チケット渡してどうするか最後確認しなかった…!



「…?」
「今から電話して確認してみます…会ったときは熱があって、辛そうでした。」





「わかったわ!あとで先方に連絡するから今かけてみて!終わったらこっちに来てくれる?」
「すぐしますね!」
「頼んだわぁ〜!」




蜜璃さん…本当にすみません!
深々と頭を下げてスマホを手に取る。



「…電話…かけないと…」


スマホが通知で光っているのをみて、着信があったことに気づく。


タイミングよくかかってきて、迷う間もなく通話ボタンを押す。




「…わ、わ!もしもし!マツです」
【タケか!さっきはありがとう。甘露寺に明日の出張は行くと伝えてくれ。】
「はい!今それを確認しようと思ってたところでした。伝えますね!体調は大丈夫どうですか?」
【問題ない。心配してくれてありがとう。】
「いえ…では、失礼しま…」





【君に…帰ってきたら話したいことがある。聞いてもらえないだろうか…?】




そう耳元で話す部長に、私は小さい声で

「はい」

と答えて通話を切った。




end




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