「えっ‥?ちょ‥ない‥はずはない‥‥」

ガサゴソとか鞄の中を漁ること数秒。
血の気がサァァとひく気がした。

  
そういえば慌てて高専を出てきたなぁと、思い返す。

朝晩は肌寒くなり、薄手のコートが必要になってきた。
だけど今夜は雨前で湿気があるから蒸し暑くてコートを、かけたまま置いてきたのだ。

部屋の鍵がポケットに入ったまま。

 
あっちゃー‥やっちまったなぁと額に手を当てる。
 


時刻はすでに、20時を回っている。高専に取りに行けなくもないけど‥帰りは夜遅くなるだろう。


うーんうーんとスマホを見ては悩む。真希さんに連絡するか‥野薔薇ちゃんか‥。

一瞬よぎる、彼の顔。
いやいや、いやいや‥彼の家にだなんて‥。心臓がいくつあっても足りない。

付き合い始めて数ヶ月。
仲良く過ごしていた私達だったけど、それ以上が踏み込めないというか‥。ちょっと寂しかったりも。なんて。


すると、スマホが震えた。
画面には、憂太さんの名前が。


しばらく取るか迷うも出ないのもあれだしと電話を取り、事情を話すと‥


【なんだ、そういうことなら僕の家においで。迎えに行こうか?】

「え!いや、あの‥いいんですか?」

【彼女だもん。当然だよ。むしろ別の人のところに行かれると凹む‥】


確かに!電話口でしょんぼりとする憂太さんに甘えて向かうことにした。
 

【待ってるから】



そう電話口で囁かれて、心臓はもうすでに破裂しそう。



君という花




「どうぞ、少し寒かったね。ココアでいいかな?」


ガチャリと玄関を開けてでてきた憂太さんは、落ち着いたスウェットに髪の毛が少し濡れている。
風呂上がりかな‥シャンプーのいい匂いがふわり。


ああ、ドキドキする‥


「ご飯食べた?僕まだで。」

「私もまだ食べてなくて!何か作りましょうか?」

「冷蔵庫何かあったかなー?見てみるね。」

そう話しながら冷蔵庫を見てうーんうーんと眉毛をハの字にしている。ちょっと可愛い。
冷蔵庫とにらめっこをしていると、チンと電子レンジが鳴った。

ふわりと香る、甘ったるい匂い。


「どうぞ、まだ熱いかも。」


「ありがとうご‥」


受け取ろうとマグカップに手を伸ばすとふいに触れる指の温度差。

「手‥」

「?」

「冷たい。先にお風呂入っておいで。」

高専を出るときは蒸し暑かったのに夜になると冷えてくる。そういえば寒かった気がする。緊張して気にもしなかったけど。

「でも着替えが‥」

「もちろん貸すよ。なんでもいい?」

コクリとうなずくと、ポンポンと頭に手を乗せてにっこりとしたあとに、寝室へと消えた憂太さん。

ココアを一人すする。
頭の中はぐるぐるとしている。

お泊りになるかもしれない。
だって鍵がないんだもの。
前も任務で一泊したことあるのに。
静まれこの心臓。

念のため、念のため下着はコンビニで買ってきた。着替えはさすがに調達できなかったけど‥。

 

「これでいいかな?」

綺麗に畳まれた部屋着とバスタオルを差し出されて浴室へと案内される。
受け渡しのときにピクッと反応してしまった。
洗面台にうつる顔が真っ赤で恥ずかしい。
 
「あ、は、い!あの‥ありがとうございます‥」


「名前ちゃん‥緊張してる?」


「な゛!そりゃ、そう‥デスけど。」   

自分だけ緊張してるなんて恥ずかしすぎる!と思わず借りたバスタオルで顔を隠す。

「ふふ、可愛い。僕もだよ。さ、温まっておいで。待ってるから」



そう言われて憂太さんの顔をチラ見すると、ほのかに耳が赤くなっていた。

「ゆっくりね。」



「ありがとう‥ございます」


チラチラと見すぎるのはよくないと思いながらも見てしまう。

洗面台には洗顔とひげそりが置いてあって、あぁ、髭見たことないなぁとか。この歯磨き粉使ってるんだなとか。

さりげなく使い捨て歯ブラシも用意されててなんだか嬉しくて。



綺麗に掃除されているバスルームに足を進ませた。



End