私の好きな人はとても細い。元からと言うよりは、スケートを続けるために努力しているから。
太りやすい体質なので、普段からの食生活や運動など本当に努力している。
ウエストのくびれなんかは私よりも細くて引き締まっている。
目で見てわかっていた事だが、今日ほどそれを感じた事はなかった。


「名前ちゃん大丈夫?」

「あ…うん…ごめんね…」


転びそうになった私を抱きとめてくれた勇利くん。私は体勢を崩していたのでそのまま彼の胸へと飛び込んだのだ。
彼へ片思いしている私からするととてもありがたい接触だった。
そう思っていたのだが…
彼があまりにも細く、薄かったので、急いで離れた。
これ以上彼に自分の体が接するのが怖かった。
筋肉や体幹を鍛えているから、私を支える事は出来るだろう。
しかし自分の方が体重が軽いのではないか、自分の方がウエスト細いんではないか、と思われたら。

勇利君は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
助けてもらったにも関わらず、この対応は酷いと思い、彼へ笑顔を向けた。


「ごめんね、私たら本当にドジだね。」

「名前ちゃんに怪我がなくて良かったよ」


優しい。彼は優しい。私の体重が重くても、そんな事言わないし、私の身を案じてくれる。
そんな優しい彼が好きだ。いつか気持ちを伝えたいけれど、自分の体型が頭に浮かぶ。
もっと彼の隣に並ぶのに相応しくならなければいけない。



「ゆうちゃん、私ダイエットするね…」

「それはパンケーキ食べながら言うことじゃないと思うよ。」


家が隣だった幼馴染のゆうちゃんはよく私の話を聞いてくれる。
アイスキャッスルの休憩時間に一緒にランチしたり、仕事終わりに私が西郡宅に夕飯をご馳走になりに行ったりする。
結婚して引っ越してしまっても私のお姉さん的存在だ。
アイスキャッスルでスケートをしていたから勇利くんの事も昔から知っている。
そしてバレエやフィギュアをしていたからか、彼女もスタイルが良い。


「うっ…美味しいものが目の前にあるのが辛い…」

「勇利くんはダイエット頑張ってるもんねー…」

「そうなの…勇利君細すぎて…この前なんか転びそうになったの抱きとめてもらったんだけど、私よりウエスト細くて辛くなった…」

「確かに男の人の方が腰回りとかは細い感じするよねー」

「だから勇利君より細くならないと、告白もできないなって…」

「名前ちゃん…それパンケーキ完食して言うセリフじゃないね…」


その通りなのはわかっていたが、やはり甘いものへの誘惑は強かった。
夕ご飯をサラダだけにしてみたり、腹筋をしてみたり、素人知識で色々と試してみるが悉く失敗して、気づけばダイエットを決意してから一ヶ月ほど経っていた。
成果は少しだけ引き締まったくらいで、彼の細さには程遠い。



「あ、名前ちゃん。おはよう。」

「おはよう勇利君。今日は早いんだね。」

『名前おはよう』

『ヴィクトル、おはよう』


そしてあまり痩せられないまま彼に会う。
これからアイスキャッスルに向かうのか、コーチのヴィクトルと一緒だ。
最近漸く見慣れてきたヴィクトルにはあまり得意でないカタコトの英語で返す。


今の姿ではダメだと思い、彼と鉢合わせしない様に早めに出ていたのだが…
今日は彼らも早かった様だ。


『あれ?名前痩せた??』

「え?…ごめん勇利君、ヴィクトルなんて言ってるの??」

「名前ちゃん痩せたんじゃないかって」


偶に何を言っているのかわからなくて勇利君に訳してもらったりもする程度の英語しか話せない。
しかし、そんなヴィクトルから嬉しいお言葉を頂いた。
本当に少しだが効果は出ている様だった。


「本当に?良かったーダイエットしてたから!」

「え?そうなの?」

『ヴィクトルありがとう!』

『あまり無理しない様にね!』


一番嬉しいのは勇利君に気付いてもらえる事だが、頑張っている事に気付いてもらえるのは誰でも嬉しい。
モチベーションが上がり、明るい気持ちのまま彼らと別れるん

その晩もサラダを食べ、半身浴をした。
更に普段はしないがシートパックをして、肌の手入れもしっかりとした。
もっと綺麗になりたい。勇利君に綺麗になったって言われたい。
幸せな気持ちのまま眠りについた。


次の日の朝、休みだったが余りに早く目が覚めたので、普段はしないがランニングにでも行こうとジャージを着てストレッチをする。
ゆっくりと自分のペースで音楽を聴きながら走るのは偶には気持ち良い物だなと思いながら、家から海の方まで走った。
流石に結構な距離を走ったので水を飲みながら一度休憩することにした。
日が昇り、水面がキラキラと輝くのを見ていた。
船が偶に通りかかり、ウミネコの声が遠くに聞こえる。
長谷津はファッションビルが立ち並ぶ訳でも無いし、おしゃれなカフェとか、遊園地とかがある訳ではないが、この穏やかな海や柔らかな緑の木々、温かい人々。
外に出てしまうのがなんだか寂しい場所だ。


「名前ちゃん?」


景色を眺めていたら声をかけられた。
聞き覚えのある声に思わず振り向くと、そこにはジャージ姿の勇利君がいた。
汗だくな上に、すっぴん、そしてジャージ。
彼は私が走っていた事を分かってくれるとは思うが、好きな人にこのような姿を見られるのは少し辛い。
思わず手で顔を隠してしまう。
そして手の隙間から彼を覗くと、不思議そうに首をかしげていた。


「おはよ。勇利君はトレーニング??」

「あ、うん…名前ちゃんは?」

「私は…ダイエットしてるから…」


勇利君はまた首を傾げて、私の隣までやってきた。
そして私の手首を掴み、顔を隠していた手を体の横へ降ろした。
気をつけ、をする様な体制になった私の肩に手を移動させて私を見ていた。
あまりにジッと見つめられる為、恥ずかしくなり目を逸らし俯いてしまった。


「どうして目をそらすの?」

「え…それは…恥ずかしいし…うん」

「なんで手で顔隠したの?」

「スッピンだから…見せるの恥ずかしくて…」


歯切れの悪い回答しかできず羞恥もあり、早く離れたいと言う願いは彼に告げる事ができない。
今だに見られている事が恥ずかしく、頬に熱が集まる。
こんな事なら休憩せずにすぐに家に帰ればよかった、と後悔の念が脳内を巡った。


「ダイエットなんてしなくてもいいのに」

「え??」

「名前ちゃんはダイエットしなくていいよ」

「それは…」


彼からの衝撃的な一言に返す言葉もなく、やはり努力しても無駄なのかと捉えて俯いていた。
彼は小さく溜息を吐いたかと思うとそのまま黙ってしまった。
沈黙と空気が重い。顔を上げる事も出来ずに彼のスニーカーを眺めていた。

すると足元が少し暗くなり、不思議に思い顔を上げようとすると、そのまま引き寄せられた。
背中に腕が当たり、目の前に彼の香りが広がった。そこでようやっと抱きしめられていると理解した。
驚いて声が出なかった。そして思わず逃げ出そうと胸板を押したが、ビクともせず、彼が男性でアスリートという事を思い出した。


「ゆ…勇利君??」

「…名前ちゃんは痩せる必要ないよ」

「でも…」

「名前ちゃんの事が好き。」


何を言われているか理解するのに時間がかかってしまった。
友人として、だろうか。それとも異性として。
彼が私と同じ気持ちでいてくれるというのか。
腕の力が強くなり、意識が彼へ向く。


「優しい性格が好き。僕に向けてくれる笑顔が好き。少しドジなところも、甘い物が好きな所も、全部好き。」

「…勇利君が私を好き?」

「うん、だからそのままでいて」


急激に体温が上がるのが分かった。
彼の腕が背中に回っている擽ったさ、頬に触れる彼の少し硬い黒髪の感覚、彼の硬い胸板に頬が当たる痛み。
これらが全て現実だという事が分かると爪先から頭の天辺まだ全身の血液が沸騰する様な感覚だった。


「僕の方がずっと名前ちゃんのこと見てるのに…ヴィクトルにあんな笑顔向けるし…嬉しそうだし…」

「その…頑張ってた事の成果が出てると思うと嬉しくて…」

「ヴィクトルに対してこんな感情抱く日が来ると思わなかった。」


はぁ、と彼の吐いた溜息が耳に当たる。
思わず肩が跳ねる。耳に息が当たる距離に彼がいる事の非現実性を感じた。
昔は隣に座るだけでも照れていた彼が、こんな風に抱きしめる事も出来てしまうとは。
デトロイトにいた時間を知らない私は彼の成長に追いつけなかった。


「あ、あの…そろそろ離して…」

「返事は?」

「へ、返事?」

「告白したのに返事無しは辛いよ…」


彼の頬が耳に当たる。
肌と肌の触れ合う感覚に心臓が速く動く。
その鼓動に対して頭が追いつかなかった。
返事、と頭の中で単語を反芻する。
すぐに口が動かない。私の答えは決まっているのに。


「…ダメ?…かな?」

「ダメじゃない…」

「え?」

「好き…勇利君の事が好き…」


言葉にすると喉が苦しくなる。
彼の腕の中にいる事でより息が浅くなる。


「よかった…」


彼の優しい声が聞こえ、少しして暖かな彼の体温が頬に触れた。
それが彼の唇と気付けないほど私の脳は、正しく機能していなかった。



2017.6.1 10000hit thanks