今日は彼の誕生日だ。
世間一般ではバレンタインと呼ばれている。
スイスでは、男性から赤いバラをプレゼントするのが一般的らしい。
赤いバラは愛の証だからだそうだ。
しかし、今日は彼の誕生日だ。主役からプレゼントを貰うのも考えものだった。
しかし、クリスの誕生日にプレゼントがまた難しく、普段使えるものがいいかな、それとも特別なものがいいかな…など考えているうちに当日になってしまった。
なんだかんだロマンチストな彼に相応しいものが考えつかなかった。


「…というわけなんだけど、ヴィクトルは何がいいと思う?」

「その惚気を俺にするの?」


ヴィクトル・ニキフォロフとは彼を通じて知り合った。クリスとは付き合いも長く、仲も良い。SNSなどで連絡も取り合っているらしいので彼なら知っているのではないかと電話をしてみた。


「ヴィクトルとクリスは仲が良いでしょう?何か欲しい物とか聞いてない??」

「うーん特に何か言ってたことはないけど…」

「そう…男性の好みの物って難しくて。何か良い案はないかな??ヴィクトルはセンスもいいし。」

「ははっ褒められたから考えるけど…俺としては、君が考えて送ったものならクリスは何でも喜んでくれると思うけどな。」

「そう?」

「俺に電話してる時間があるなら、クリスの事を思って考える事だね。あと、俺に電話してるのがバレたらクリス怒ると思うから言わない方がいいよ!じゃあねー」

「あっ!ヴィクトル!」


そう言ってさっさと切ってしまった。
薄情な奴めとスマートフォンの画面を睨む。


「名前、ヴィクトルに電話してたの?」


練習に出掛けていたはずのクリスの声が後ろから聞こえる。驚いて振り返ればドアノブに手をかけてドアを閉めてた。
話の内容を聞かれていなさそうだ。
しかしどう誤魔化すか…


「おかえり。ちょっと用があって。」

「ふーん。ただいま。」


クリスは大人びて見せているが、割と嫉妬深かったりする。笑顔で男の人を牽制しているのに最近気が付いた。
おそらく今も興味なさそうにしているが、少し怒っている。
無言でコートを脱いでハンガーにかけている。


「寒かったでしょ?珈琲淹れてくるね。」


居辛くなったので、キッチンに逃げる。
背も高いし、顔も整っているので、無言でいると大変威圧感がある。
練習だと言っていたので暫く帰ってこないと思っていたから、ヴィクトルに電話したのに予想外に早かったので、とても面倒な事になってしまった。

ヴィクトルが面白がって面倒な事を起こさなければいいが…

そしてクリスの機嫌があまり良くならないまま時間が過ぎていった。
いい加減に買い物に行かないと何も買えなくなってしまう。
家にいて悩んでいても仕方ないので外に出る事にした。


「クリス、ちょっと出かけてくるね!」

「どこ行くの?」

「えーっと…今日の夕飯の買い出しに。」

「じゃあ俺も行こうかな。」

「えっ…大丈夫だよ!クリスは練習してて疲れたでしょ?休んでなよ。」


クリスは腑に落ちない顔をしていたが、何とか家を出た。今日の主役であるクリスを1人にするのは心苦しいが、そんな事も言っていられなかった。


そして悩み悩んでいた時にふとお花屋さんの前を通った。そこには赤いバラが沢山並んでいた。
彼は赤いバラの花は好きだが、枯れてしまうのが悲しいとファンからのプレゼントを貰う際いつも言っていたのを思い出した。
枯れない花があれば、と考えた時にハッとした。
そして、そのお花屋さんに聞いてみた。
プリザーブドフラワーはあるか。
生花の方が需要があるので、少しだけだが置いてあった。それを専用のケースに入れてもらい、ラッピングをしてもらう。
早く家に帰ってクリスに渡したい。




「ただいま!」

「おかえり…」


小走りで帰宅すると、ドアを開けた目の前にクリスが立っていた。
足音で気付くのか、彼は偶にドアの前で私の帰りを待っている時がある。
まるで猫の様だなと可愛く思っていたが、今日は先程のヴィクトルへの電話の件で機嫌が悪かった。


「名前、俺に隠してる事あるでしょ?」

「え?何の事?」

「とぼけないで。これはどういう事?」


クリスに見せられたスマートフォンの画面には、ヴィクトルからのメッセージ画面になっていた。


”名前と何の電話してたの?”
”少し相談に乗ってただけさ”
”ヴィクトルに何の相談?”
”内容は言えないな。君には絶対に秘密だからね”


この誤解を生む様な返答の仕方にヴィクトル・ニキフォロフの意地の悪さを感じた。
嘘はついてないが、クリスを煽っているとしか思えなかった。
クリスの機嫌がさらに悪くなっている。
珍しく眉間にシワが寄っていた。


「あのねクリス…ヴィクトルが言ってる事は気にしないで。」

「何で?2人で何してるの?」


クリスに迫られる。思わず後ろに退がるとすぐに玄関のドアにぶつかる。
そのまま左右を彼の長い腕で塞がれる。
上から見下ろされ、その気迫に顔が上げられず、言葉が出なかった。


「君は誰のものなの?」


顎を攫われて上を向かされる。少し冷たくなった薄くグリーンがかった瞳に見つめられる。
彼はこういう事は言わないと思っていた。
割と嫉妬深い所は知っていたが、言葉にする事はなかったのに。

そんな事を考えているうちに、クリスに唇を奪われていた。
普段は優しくて蕩けるようなキスをするのに、こんなに強くされるのは初めてだった。
貪る様に私から酸素を奪っていく。
口内まで暴かれて、彼らしくないキスはしばらく続いた。

唇が離れた後、すぐに抱きしめられた。
今は冷静になっているところだろう。
触れる力が優しかった。


「クリス?」

「…ごめん。なんかムキになってた。」



クリスは顔を私の肩に埋めたまま、ポツリと呟いた。
私もあまりの事に心臓が破裂しそうだったし、顔が酷い事になっていた。
お互いに顔を上げられないまま、冷静になろうとしていた。


「はぁ…スケートの事でもヴィクトルに勝てないの嫌なのに、名前まで奪られたらどうしようかと思った。」

「あの、本当にそれは無いから…安心して。」


随分不安にさせてしまった様で反省した。
こんなクリスを見るのは初めてで、相談した相手も悪かったと思った。色々な意味で。
私も落ち着いたので本題に入る事にした。


「実は、ヴィクトルにクリスの誕生日プレゼントの事相談してたの。結局、私がクリスの事考えて選んだほうが良いって言われて…」

「そうだったの?」

「うん、だからこれ。」


紙袋から先程買ったバラを取り出した。


「男の人に赤いバラって言うのもあれなんだけど…クリス赤いバラ好きだって言ってたから。それにこの花は暫く枯れないから、ずっと見てられると思って。」


「俺の事考えながら選んでくれたんだ。」

「ちょっと恥ずかしいけど、愛の証。なんて…」



最後まで言い終わる前に、クリスからのキスが降る。抱きしめられて、またキスして。
お返しと言わんばかりに沢山の愛を貰った。



2017.2.14