完璧な人がいる。
格好良くて、料理も上手くて、頭も良くて、運動神経も良くて、性格も良くて、誰も不快にさせず、いつも穏やかに笑っている。
友人である榎本梓のバイト先の同僚。
喫茶ポアロでバイトしながら、かの有名な毛利小五郎に弟子入りしている私立探偵。
これは彼と初めて会った時のこと。
「名前!この人が安室透さん!」
「初めまして!安室です!」
梓の言う事は本当だったらしい。
それまで、バイト先の話をする梓が彼について熱弁する様を半信半疑で聞いていた。
それはこの目の前にいる美しい人を見て真実だと知る。
私が疑っている事を知ってか、梓は私をポアロに誘った。
断る理由もなく、サービスするとまで言われてしまったらそれこそ行かないのは失礼だろう。
偶々週末の予定もなく、のんびり過ごそうとしていたので、ポアロへ行くことにした。
そしてたった今、噂の彼を紹介されたのだ。
「この子は名字名前!私の友人です!」
「あ…名字です。」
圧倒されて思わず変な間が空いてしまった。
イケメンで、優しくて、気さくで…と梓が褒めていた箇所を思い出し、納得してしまった。
そんな人間いるわけがない、絶対に何か欠点があるはずだ、と私はこの段階で疑っていた。
「安室さんのハムサンド本当に美味しいの!名前も食べていってね!」
「う、うん」
「頑張って作りますね!」
アイスコーヒーを先に貰って、2人の働く様子を眺めた。
梓は昔から明るくて、穏やかで、愛嬌があって、私とは真逆の性格をしてるのに、何故か私と一緒にいてくれる大切な友人だ。
梓があそこまで熱弁するくらいだから相当好きなんだろう。
私の大切な友人の彼氏になるかもしれない男だ。しっかり見極めたい。
「お待たせしました」
そう言って眩しい、ある意味攻撃的な微笑みで提供された。
会釈して、いざ食べようとハムサンドを持ち上げた時に視線を感じ横を見ると、彼はそのままそこにいた。
私の方を見ながら人好きする笑顔でいるので、思わず手が止まる。
何かあったかと、首を傾げて見てもそこから動こうとしない。
「あ、あの…何かありました?」
「え?…あぁ、折角なので感想をお聞きしようかと。」
私の問いかけに一度驚いたかと思うと、少し間があり、すぐに納得して私にまた微笑みかけた。
そう言われてしまうと、何ともやり辛い事か…
とりあえず一口食べてすぐに感想を言えばいいだろう。
そう思い、切り分けられているハムサンドを一口頬張る。
「…美味しい。」
「わぁ!良かった!」
思わずポロリとこぼす様に本音が出た。
本当に美味しかったのだ。
彼はその様子を見て、やや大袈裟な反応をしていた。
それを聞いた梓もこちらにニコニコしながら寄って来た。
「ほらね!美味しいでしょう!?」
梓は恰も自分が作ったかの様に誇らしげに言うものだから、思わず笑ってしまった。
2人してこちらを見ながらニコニコしてるので、何やら気恥ずかしくなってしまう。
「もう、わかったから!仕事に戻る!」
「言った通り料理も上手だったでしょう!」
そう、梓は私に言った事が本当だと証明したいらしい。
が、しかし。私もそんなに単純ではないので、ハムサンドを食べただけでそれを判断していいのかと顔を顰め、梓だったからか、本音を零してしまった。
「ハムサンドだけじゃねぇ…」
その時安室さんの口元がわずかに動いたのが見えた。
それを見た私は思わず口を抑える。
今更焦ってもしょうがないが、ついそう答えてしまった。
梓もその言葉を聞き、うーんと唸っている。
確かに、とハムサンドは料理上手の判断基準として良いのか悩んでいる様だった。
「名字さん、僕は料理には少し自信がありまして…その様に言われてしまっては悔しいので、今度はもっとちゃんとしたものをご用意させてください。」
「え?」
「わぁ!それ賛成!私の分も宜しくお願いします!」
「勿論ですよ!」
私を置き去りにして、2人は盛り上がっていた。
呆然としていると、安室さんが私を見て目を細めた。
敢えて振る舞うと言うほど料理に自信があるという事なのだから、先程の私の発言は恐らく彼のプライドに火をつけてしまったのであろう。
話はあれよあれよと私を無視して進んでいき、来週の休みにまたポアロに行く事が決定した。
面倒な事になってしまったなと、自分の失言を悔いながら残りのハムサンドとコーヒーをたいらげた。
「名字さん、好きなもの何でも言ってくださいね!」
「え…あ、はい」
そう言って彼は仕事に戻っていった。
梓の好きな人なのだから悪い人のはずがない、と思いたい気持ちもあるが、何か引っかかると言う何の根拠もない直感により、私は彼と上手く接せられずにいた。
なんともぎこちない返事をしてしまった。
「名前は昔から心開くの遅い方だったけど、安室さんには警戒心むき出しって感じね。」
先ほどの様子を見ていた梓がコソコソと話してきた。
私は驚いて梓を見た。
昔から妙なところを良く見ている子なんだよな、と気まずくなった。
折角紹介してもらったのに仲良くできないのも悪いなと罪悪感を持つ。
早めに手を打っておくに越した事は無いなと、彼女に本心を打ち明けた。
「梓があんまり言うからどんな人かと思ったけど、私はなんか苦手な感じなの。梓が彼の事好きなのは解ったけど、私を交えるのは次で最後にしてよ。」
「はぁ!?何言ってんの名前!!」
私は聞かれると気まずいなと、声を潜めて梓の耳元で話した。
それを聞いた梓が、驚いてら周りの目も気にせず大きな声を出したのだ。
私もその声の大きさに驚き身体が揺れた。
勿論周りの人も驚いていて、それに気付いた梓わ周りの人に謝っていた。
そして目を細め、眉間に皺を寄せながら私の事を睨んだ。
「あのねぇ、私は安室さんの事は恋愛感情で好きじゃないわよ!ただでさえ過激なファンもいて私も迷惑してるのに変な事言わないで!それに、29歳にもなってここでアルバイトしてて、しかも突然休んだりする様な人私はごめんだわ!」
声を潜めながら私の耳元で話す梓は、本気の様だ。
勿論、安室さんには聞こえない様にしている。
この子は案外しっかりしているのだなと、なんだか安心してしまった。
「なんだ…そうだったのね。私はてっきりあれだけ熱弁してるから、安室さんの事が好きなのかと…」
「だって名前が信じてくれないんだもん…」
なら私は彼のことを気にする理由がない、と思い途端に気持ちが軽くなった。
そして、なんだ、と梓と笑い合っていたらまた彼がやってきた。
「楽しそうですね、何を話してたんですか?」
「安室さんには秘密でーす!」
「おや、僕の話ですか?」
「そう言うの自意識過剰って言うんですよ!」
「残念。名字さんの話題に上がってたら嬉しかったのに」
「えっ…」
そう言って手をテーブルに付き腰を曲げ、私の顔を下から覗き込む。
顔の近さに思わず仰け反ると、彼は私の顔を眺めたまま目をスッと細めた。
そして彼は更に距離を詰めてくる。
一体どういう距離感をしているのか。
私は限界まで離れようとしたが、椅子の背もたれに邪魔をされる。
気まずくなり、視線を彷徨わせた。
「安室さん!そんな事するから炎上するんですよ!」
梓の諌める声に、彼はえっと驚いた声を上げて元の姿勢に戻っていた。
炎上という事は、何か掲示板か何かに書き込まれでもしたのか、と少し呆れてしまった。
もうっと言いながら梓は仕事に戻っていく。
私は梓の背中を見送って、安堵の息を吐いた。
「ふふ、これもダメか。」
そう言って急に手首を掴まれた。
思わず肩が跳ねる。
突然の事にひっと小さい悲鳴が漏れた。
そして、指先に柔らかいものが当たる。
チュッと態とらしい音がして、私は目を見開いた。
彼の唇が私の指先に触れていた。
何が起こったか分からず硬直していると、彼はふふっと美しい笑みを浮かべていた。
「お相手がいないのに僕に無関心な人は逆に気になってしまうんです。なんでだろうって。」
「は…?」
「梓さんから聞きました、名字さんは恋人がいらっしゃらないと。なので炎上するから手を出すなって念を押されて…梓さんは貴女の事がとても大切なんですね。」
何か、とんでもないことを言われた気がした。
口を開けたまま、間抜けな顔をして彼を只々眺める事しかできなかった。
そっと私の手を机に戻し、何事もなかったかの様に、お皿を下げ始めた。
「まぁ、大体の人は僕が手を出さなくても勝手に落ちてくださるので、いつものらりくらりと躱すんですがね…」
私の食べ終えた食器をトレーに乗せ終わり、そっと持ち上げる。
「恋愛感情でなくとも好意を持ってくださる方が殆どですが…名字さんみたいに、僕の事を警戒する人はあまりいないので。何か理由があるのかなって気になってしまって。」
先程から一言も言葉を発しない私を不思議に思ったのか、彼は首を傾げて私を見た。
最初から感じていた違和感。
何か引っかかる感じ。
その正体がわかった気がした。
丁寧な喋り口調なのに自信溢れる言葉。
笑顔から僅かだが漏れる悪意。
「まぁ、どうして僕を警戒しているかは追い追い。」
そう言って彼はウィンクを軽やかに飛ばし、厨房へ戻って言った。
私はその人も殺せそうなウィンクを受けてより一層何も言えなくなってしまった。
2018.5.20