初めて、休日が来ないで欲しいと願ってしまった。
普段だったら休みの為に仕事をしているような物なのに。
以前した料理を振舞ってくれると言う約束。
私は次の休日にポアロに出向かなければならなくなった。
出来る事なら会いたくないし、梓と顔を合わせるのも気まずい。
そこで風邪を引いたと言って1週間引き伸ばし、更に向こうから予定が入ったと1週間伸びて、何とか2週間引き伸ばした。
このまま引き伸ばしてフェードアウトしようと思っていた。
しかし、仕事が入ったとまた引き延ばそうと連絡をした時の事だった。
『名前!安室さんがいつなら良いかって困ってたよ!』
「え…あー…うーん…」
2週間前の金曜日の夜にあの男に口止めと言う名のキスをされて、梓に散々問い詰められた。
あの男は梓に上手いこと言うとか言っていたにも関わらず、彼は頬を赤らめ恥ずかしがりながら誤魔化すしかしなかった。
私に好意がある、または私と付き合っている、かの様な態度で濁す。
そして自分の口からは何も言わず、私に全て嘘を吐かせたのだ。
友人である梓に私から嘘をつかせる事でより口を割らせない為に。
「ほら、安室さんと会うの気不味くて…」
『キスしたくせに何言ってんのよ!』
「だから、あれは事故みたいなものだから…」
『偶然会って、車で送ってもらって、名前が眠っちゃって、起こそうとした安室さんが手を滑らせてキスしちゃったんでしょ??』
「事故とはいえ付き合ってもないのにそんな事になったら気不味いでしょ…」
我ながら苦しい言い訳だ。
けれど梓はしっかりと信じてくれている。
まぁ8割は本当のことなので、これ以外に言い訳が思い浮かばなかった。
『安室さんのファンにバレたら殺されるわよ!』
「ははは…ご飯作ってもらうのも気不味くて…」
このまま上手くいけば断れるし、彼に合わなくて済む。
そう思い、梓に彼との接触が気不味い事を強く伝えてはみたが、彼女は中々に天然なところがあるので、とんでも無いことを言い始めるのではと緊張しながら返答を待った。
『じゃあ、色んな人呼んでパーティみたいにしたら気不味くないんじゃない!?』
「えっ!…あーでもほら、私人見知りだし…」
『大丈夫!招待するのは私も良くしてもらってる人達にするから!』
斜めの方向からの斬り込みに上手く対応できなかった。
流石は梓…彼女のコミュニケーション能力なら色々な人と仲良くなれるし、好かれる。
けれど、私はその中に溶け込めるんだろうか…
彼と梓の3人で会うよりはマシかと思い、その案に乗ることにした。
そしてあれよあれよと日取りが決まり、週末にポアロでパーティをする事になった。
「こちら上の毛利探偵事務所の毛利小五郎さん!」
「名字です。眠りの小五郎に会えるなんて嬉しいです!」
「梓ちゃんにこんな素敵なお友達がいるとは…!」
そしてパーティ当日。
招待されていたのはかの有名な名探偵の毛利小五郎さん、お嬢さんの蘭さん、蘭さんのお友達の園子さん、世良さん。
毛利さんと同居してるコナンくん。
そしてコナンくんのお友達の少年探偵団の歩美ちゃん、光彦くん、元太くん。
安室さん、梓、私というメンバーだった。
子供達を多めにしてくれたのは人見知りする私への配慮か。
年の離れた子供なら割と話しやすい。
「でもなんで何にもないのにこんなパーティ開いたんですか?」
「え?誰かの誕生日じゃないの!?」
蘭さんと園子さんが驚いていた。
確かに、誰の誕生日でも何かのお祝いでもなく、突然こんなに美味しそうな料理の並ぶパーティをするなんて不思議だろう。
「あぁ、実は名前が安室さんが料理上手って事信じてくれなくて!安室さんが名前を唸らせる料理を作るって事になったの!折角だから皆さんご招待してパーティみたいにしたらどうかなって!」
「じゃあ安室さんのお料理お披露目会ってわけね!」
園子さんは納得したように手を叩いていた。
子供達や毛利さんは美味しい美味しいと料理に夢中の様子だった。
「安室さんには沢山作らせてしまって申し訳ないのですが…」
「いえ、名字さんの為でしたらこの位どうって事ないですよ。」
いつの間にか背後に立っていた彼に驚いて肩が揺れた。
彼は私の事を見て、ふふっと微笑んでいた。
そう、彼とは普通に接さないといけないのだ。
普通に、普通に、と心を落ち着かせながら私もははっと少し乾いた笑いで返す。
「にしても凄い美味しい!」
「本当ですね、しかもこれだけ作れるなんて…!」
梓と蘭さんは感動していた。
かく言う私も、この料理には感動していた。
どれもとても美味しい。
品数もかなりの量だ。
子供達が喜ぶ唐揚げなどのお肉料理は勿論、女性が喜ぶ色とりどりな野菜料理、更にデザートまで用意してあった。
毛利さん用にお酒のおつまみになりそうな物もあり、バリエーションに富んだ内容だった。
これを殆ど一人で作ったなんて、これは料理上手を認めざるを得ない。
「梓の言う通り、本当に料理上手なんですね…」
「やっと納得してくださいましたね!」
「…御見逸れしました。」
そう言うと、梓と2人で親指を立て合い、勝利とでも言うように喜んでいた。
今の安室さんからはこの前のような雰囲気は感じない。
このような一面もあるのかと、彼の事を見た。
「名字さんに褒めてもらえて嬉しいです!」
「そ、そうですか…?」
「はい!名字さんに僕の料理食べて貰いたかったので…」
突然目をキラキラさせて、頬を紅潮させながら私に微笑む。
恐らく、2週間前に私が言った事を意識しているのかあの威圧的な空気を全く感じられない。
あの言葉も彼のプライドを刺激したのだろう。
やはりあまり彼とは仲良くなれそうもないと彼から少し距離を取る。
「ねぇ!安室さんて名前さんの事好きなんじゃない!?」
「えっ…そうかな?」
「だって、あの顔みてよ!凄い優しげだし!」
女子高生というのはこそこそ話も声が大きいのか、テーブルの向かい側にいるはずの2人の声が聞こえてくる。
そしてやはりそういう話題が好きなのか、嬉しそうに話している。
恐らく彼にも聞こえているだろう。
彼がどうしたいのか、未だによく分からないが、彼の近くには居ない方が良い。
食べたい物を取る振りをして、テーブルの向かい側、蘭さんの隣にいる梓の方へ向かった。
「ねぇ!もしかして、安室さん手を滑らせたんじゃなくて、態とキスしたんじゃない!?」
「そんな訳ないでしょ!お願いだからその話はここで出さないで…」
梓に耳元で話されて、思わず眉を顰める。
他の人に広まっては大変面倒な事になる。
特にあの女子高生2人なんて恋愛の話に興味津々な年頃なのだから、より厄介な事になる想像しかできない。
「安室さん!ちょっとちょっと!」
などと思っているうちに園子さんが安室さんに何か耳打ちしている。
蘭さんは園子さんを呆れたような目で見ていた。
そして言い終わり、ニコニコしながら彼の様子を伺っている。
すると彼は見る見る頬を赤くして、狼狽えながらこちらを伺うように見てきた。
私はぎょっとして思わず近くにあった飲み物を取るフリをして顔を背けた。
「やっぱりそうなんですね!」
「い、いや!違いますよ!何言ってるんですか!」
嫌な予感がする。
まさかこの男はトコトン私を利用する気なのでは…
確かファンが居るとか言っていたが、まさかそれを撒くための理由付けに使われるのでは…。
女の嫉妬程怖いものは無いというのに何と言うことだ。
これは早めに対策を打つしか無い。
「あ、ごめん梓、あの人連絡してくれっていうからちょっと電話してくる!」
「は?あの人??」
「何言ってるの!野暮なこと聞かないでよ!」
ハハハ、と笑いながら私は携帯片手にドアの外へ向かう。
これなら私が彼氏がいると言う事にできる。
そして、安室さんの片思いと言う事にできるから、私への被害は減るに違いない。
そんな事を思っていた。
電話をかけるフリを数分して、室内に戻った。
がしかし、事態はより私に不利なように動いていた。
「お前な、人様のものに手は出すんじゃねぇよ。」
「でもおじ様!この切ない気持ち、解ってあげて!」
「あの…いいんです…僕が勝手に思っているだけで…」
「安室さん泣かないで!」
「元気出せよ!」
様子がおかしい。先程までの和やかな空気から一変、どんよりと湿度の高い空気になっている。
私が席を外している間に一体何が…
「あの…どうしたの?」
私が戻ってきた途端に、全員の視線が私に集まる。
これはまさか、またあの男にしてやられたのか。
彼の片思いと言う事になるのは私の想像通りだったのだが、ここまで重苦しい空気になるなんて。
「名前お姉さんは彼氏さんがいるの!?」
「え?」
「今の電話、彼氏さんなの!?」
「えっと…ははは…」
濁して笑った瞬間、全員が騒ついた。
歩美ちゃんが大層悲しそうな顔をしている。
園子さん、蘭さんも安室さんの事を心配そうに見ている。
「あの、彼女は悪くないんです…僕が、僕が勝手に…思ってるだけなんです…」
「えっ…あの…」
「でも彼氏さんがいらっしゃるなら僕はきっぱり諦めます…」
彼が悲しそうな顔で語る姿にその場にいた女子達は泣きそうな顔になっていた。
なんだこれは、このままでは私にどんどん不利に働くのでは。
どうにかしないと。
「やっぱり!あの時名前にキスしたの態とだったんですね!」
「あ、梓!!それは…!」
「安室さんと名前さんキスしたの!?」
「あの…その…好きと言う気持ちが溢れてしまって、寝ていた名字さんを起こす時に手を滑らせたフリをして…」
周りが更に騒つく。
女性陣は頬を赤く染めていた。
キスした事が周りにバレてしまった上に、このままいけば私は彼氏がいるのにノコノコ男の車に乗り、キスされたダメな女になってしまう。
「まさか、彼氏さんがいらっしゃったなんて…僕知らなくて、名字さんにも名字さんの彼氏さんにも申し訳ない事を…」
「知らなかったならしょうがないよ…」
「いえ、僕は初めてこんな風に女性を好きになったので、きっと浮かれていたんだと思います…」
演技が上手くなっている…あの様な事言うのではなかった。
本当に怖い人だなと、心から思った。
彼の悲しげな瞳に見つめられながら、動けずにいた。
「でも名字さん、ポアロにはまたきてくださいね。折角仲良くなれたのに、このまま気不味くなるのは嫌なので、今まで通り接してください…」
彼は本当に何者なんだろうか。
彼を前に私はもう打つ手が無かった。
「その、最後に名字さんの彼氏さんがどんな人か見せてもらってもいいですか?今後の参考に…」
これはトドメの一言だろう。
彼は私に彼氏がいない事を知っていてこう言う風に言っているのだ…
これは私に彼氏がいないと言わせる為。
私を利用し易い人間にする為の作戦。
私が罪悪感や皆の視線に耐えかねて言うのを待っている。
私ももう限界だった。
「あの…さっきの電話のあの人って言うのは、会社の上司の事で、仕事の話を持ち込むと空気悪くなってしまうと思ったので、あの人って言ったんです…!」
「えぇ!?」
「紛らわしくてすみません!」
「やったぁ!安室さん良かったね!」
何故かもうお祝いムードになっていて、私は身体から力が抜けていった。
まだ付き合うなんて言ってない。
重く長いため息を周りの人に悟られない様に吐く。
すると彼は私に近付くと、目の前に跪き、下から掬い上げる様に私の手を取った。
そして、ジッと私の目を見て来た。
「名前さん…僕は貴女の事が好きです。よかったらお付き合いして下さい!」
女子達からは感嘆の声や素敵、などの声が上がっていた。
パッと見たら、ロマンチックな光景であろう。
私はグッと喉がなり、声を出せなかった。
ここで敢えて私の名前を呼び、強い力で私の手を抑えている。
私はこんな気障ったらしい告白は今時ないと心で悪態つきながら彼を見た。
目は口ほどに物を言う、と言うが、彼の目は私にこう語っていた。
分かっているだろう、と。
「…私で良ければ…」
「ありがとうございます!」
そう言って彼は私を抱きしめた。
周りからは拍手が上がり、皆がおめでとうございます!と笑顔で言っていた。
空気は一気に明るくなり、それと反比例するように私の心だけが沈んでいった。
「協力宜しくお願いしますね」
彼が私の耳元で囁く。
普通の女性なら喜ぶのだろうか。
こうして私は逃げ道を作るために人を呼んだ筈が、いつの間にか自分で道を塞いでしまった。
八方塞がり、四面楚歌、とはまさにこの事か。
今後はこの厄介な状況から如何に逃げ出すかを考えようと思いながら彼の腕に凭れた。
2018.5.26