空気が重い。
二人で車に乗っているはずが、言葉は一切交わされず、唯々私は俯くことしか出来ず、彼は車を走らせている。
有希子姉さんの紹介で、赤井さんと出会い、彼に頬にキスされて、それを彼氏に見られるなんて。
しかも、赤井さんと零君は知り合いで仲が悪そうな感じで、より一層気不味く思えた。
車を運転する零君は眉間に皺が寄り、明らかに怒っている様子だ。
それを見て更に腹の中に鉛のようなものが溜まっていくように感じる。
これからどこに連れていかれるのか分からない。
初めて二人の関係に危機を感じた。
暫く走ると車が止まり、零君はシートベルトを外して扉を開けた。
私も同じようにシートベルトを外して外に出る。
どこかの地下駐車場だろうか。
車のドアを閉めたと同時に、彼に手を掴まれて連れていかれる。
エレベーターホールに差し掛かり、そこがどこかのマンションだとわかった。
エレベーターが到着して、そのまま彼は15階のボタンを押した。
エレベーターの中でも手を掴まれたままで、まるで連行されている犯人の様だな、とぼんやり考えていた。
15階に到着し、1506号室の前で彼は沢山の鍵を開けていた。
それが終わり、ドアを開けて私を先に入れると、自分も後から入り、鍵を全てかけた。
「上がって」
彼は短く言い放って、中に入る様に促す。
靴を脱いで、玄関から上がると、同じく靴を脱いだ零君に手を取られて更に奥へと連れていかれる。
リビングダイニングの広い部屋は必要最低限のものしか無い。
ダイニングテーブルとイス、リビングにはラグが引いてあるのみだった。
リビングまで連れていかれ、ラグの所で手を離される。
「座って。」
「え?」
「いいから座れ。」
何もないここに座るのかと躊躇していたら、語気を強めて言われた。
その圧力に思わず従ってしまった。
ラグの上に正座をして、零君の次の行動を待った。
「なんだあれ。」
あれとは恐らく有希子姉さんの家で起きた事だろう。
赤井さんに頬にキスされて、顔を赤らめてしまったのを一部始終見られていたのだ。
この場合、悪いのは私ではなく赤井さんなのでは…と思いながらもそんな事を言ったらより彼の怒りを買うだけだと思いやめた。
「ごめんなさい。」
「なんで謝るんだ。疾しい事でもあるのか。」
「いえ…」
「早く言えよ」
取り敢えず謝ると言う行為は彼には通用しない。
ここから先の返答次第で彼の怒りが収まるかどうか決まると思うと、言葉選びに慎重になって中々言葉が出てこない。
怒っている彼にはそんな事関係無く、早くしろと答えを急かす。
「えっと…叔母の工藤有希子さんと買い物に行きまして、その際に彼氏である零君が話題に上がり、良い人だけど仕事が忙しくてあまり会えないと言う事を伝えた所、良い人を紹介すると言われて、工藤邸に連れていかれて、赤井さんを紹介されました。」
「それで」
「新一君も含めて4人で食事をして、その際に手料理を振る舞ったのですが、その際に赤井さんに褒められて舞い上がっており、帰り際に警戒をせずにいたら、あの様な形になりました。」
言葉を選びながら、かつ丁寧に説明できたと思う。
しかし、彼は許してくれるのだろうか。
私は悪い事をしていない。
あれは恐らく赤井さんが私と零君を揶揄ったとしか思えない。
「どこ触られた?」
「え…腕と肩と頬…」
そう言うと、彼は私の手を取りグッと引き寄せる。
そのまま肩を掴んで私の頬へ唇を寄せた。
普段こんな事をしないので、驚いてしまった。
彼を見つめて固まっていると、そのまま引き寄せられて、強い力で抱き締められた。
「あんな奴に触られたかと思うと…」
「次からは気を付けます…」
「こんな事二度とあってたまるか。」
少し怖かったがヤキモチを妬いてくれたのかと思うと、彼にも可愛いところがあるのだな、なんてその時は軽く考えていた。
彼に身体を預けていたら、服の裾からそっと手が入ってきた。
驚いて彼から離れると、彼は眉間に皺を寄せたままだった。
「今からお前に俺の存在を刻みつける。二度と他の男に媚びを売らない様にな。」
「媚びなんて売ってないよ!?」
「これは決定事項だ。お前に拒否権はない。」
そう言ってまた私の手を取りそのまま後ろに押し倒された。
目に光が宿っておらず、私を見下す目は捕食者の様だった。
ゾッとして、抵抗しようとしたが、下半身に乗られているため全く動けなかった。
「あまり会えなくて不満だったんだろ。」
「いや…仕事だし仕方ないって思ってるよ…」
声が上擦る。
心臓が痛いのは、恐怖からなのか。
どちらにせよ、この先に起こる事は想像できた。
「大丈夫だ、会えない時の分まで埋めてやる」
雄、と言うのだろうか。
色素の薄い髪から覗く青い目はもう獣と言っても良かった。
ネクタイを緩め、首元から引き抜くと、器用に私の両手を縛り上げた。
抵抗する気もないのに、何故こんな事を…
驚いて彼をみていたら、その目をすっと細めて、美しく微笑んでいた。
「これはお前に対する処罰だ。痛めつける気は無いが、そう簡単に許してもらえると思うなよ?」
「私…抵抗なんてしないよ…」
「バカだな、そんな優しいものじゃ無いって言ってるだろ。」
嗚呼。これはもうダメだ。
普段から会えない分、会った時は必ずそう言う事になるのは何時もの事だが、その何時もの状態よりも酷いと言う事だろう。
抵抗しない相手の手を縛ると言う事は、きっと快感で屈服させる気だろう。
「泣いても止めてやらない。お前は俺だけ見てれば良いんだよ。」
こんな彼の恐ろしい姿にすら胸をときめかせているのだから、もう十分彼と言う存在は刻まれているのだろう。
2018.5.30