最近、彼の様子が可笑しい。
この数年間共に生活してきたが、ここ最近の行動が可笑しい。
家を出る前には頬にキスしてくるし、家に帰る時はハグをしてくる。因みに私にもそれを要求してくる。
ソファーで本を読んでいたら、隣に来て私の膝を枕にして眠り始めるし、洗い物をしていたら後ろから抱きついてきたり。
まるでカップルのような行動をとってくる。
今までもじゃれ合いはあったが、兄妹みたいな感じで擽り合ったり、ふざけ合いだった。
最近、女の人との噂も聞かないので、甘える存在が急に欲しくなったのか…
そして今も私の肩にもたれて映画を見ている。
少し前に流行った恋愛ものだった。
夜はのんびり過ごそうとソファで本を読みながら寛いでいたら、DVDを持ってやって来て、セットして、電気を消したかと思ったら私にもたれかかってきた。
身動きが取れず、映画が流れていると本に集中できなかったので、一緒にその映画を見るしかなかった。
映画は今時の仕事を頑張る女子が恋に仕事に奮闘し、結果仕事に厳しかった上司と結ばれて終わる。
途中キスシーンやラブシーンなど、少しドキドキする展開を盛り込んだ恋愛映画の王道な内容だった。
エンドロールを眺めながら、これで解放されるな、と思っていた時に、徐に起き上がった彼が私の肩を掴む。
何事かと思い彼の方に顔を向けると唇に彼の唇が触れた。
流れる様な動作で、何の前触れもなく。
余りに自然で少しの間呆然としてしまった。
「名前?何故、何も言わないの…」
その彼の一言ではっと我に帰った。
彼は私の様子を伺う様に、戸惑った顔をしていた。
先程の行為がまた頭に入ってきて、思わず頬に熱が集まる。
何故。何故こんなことに。
冷静になろうとしても、心臓が早く、落ち着かない。
「ヴィーチャ、何でこんな事したの?」
何とか振り絞って出てきた言葉がこれだけだった。
長く幼馴染をやってはいるが、流石に良い大人がふざけてこんな事をして来るとは思わなかった。
幼馴染とは言え、男女。
そんな事が頭を満たして、彼の事を男だと思い出してしまった。
「…名前はまだ気付いてくれないの?」
「気付くって…私達はそういう関係にならないと思ってた。」
彼は声などは発していなかったが、明らかに表情が曇り、俯いてしまった。
重たい空気が部屋に満ちる。
「俺の事、男としてみてくれた事一度もなかった?」
ポツリと呟く様に彼が言った。
一度も無いと言ったら嘘になる。
思春期を迎える頃はどうして良いか分からない時もあった。好きかと言われたら分からない。
けれど、彼が男であると意識していた時もあった。
なので、いずれ離れてしまうものだとも思っていた。
けれど一緒に暮らす様になった時に、彼は全く私を意識してる様に見えなかった。意識してしまったらこの関係は成り立たない。意識しない相手だから一緒に住むのかと気がついた。それから彼を兄妹と思う様にしたのだ。
「…意識してたら一緒に暮らせないから…」
「え?」
「ヴィーチャは私の事を女として見てないと思ってた。対等に意識しない関係だから一緒に住もうってなったのかと…」
「何それ…」
「それなのに急にこんな事されて…」
「俺はずっと名前の事しか見てない!小さい時からずっと!初めてキスした時だって覚えてたよ!名前が覚えてるなんて思わなかったから…嬉しくて…君も同じ気持ちなんだって思ってた…」
彼には珍しく、捲し立てるように言われる。
突然告げられた想いに、どうしていいか分からなくなってしまった。
凄く親しい兄妹みたいな幼馴染だとずっと思い込んでいたのに、男として好意を伝えられた。
ヴィクトルは苦しそうな顔をしてこちらを見ていた。私は彼の顔を見ていられずに顔を逸らしてしまった。
彼が途端に別の人に見えてしまって怖かった。
同時にこの関係を終わらせてしまうのも怖かった。温かくて終わる事のない関係だと思っていたから。
恋人になり、終わりが来たら。
もう幼馴染という関係にすら戻れなくなってしまう。
「ごめん、ヴィーチャ。考えさせて。」
そう言って逃げるように自室に戻った。
頭が混乱しているし、彼と居ても冷静に考えられないと思った。
この様に距離をとるのはもっと良くない事を知っているのに、どうしても一緒に居るのが怖かった。
その日は眠ろうにも頭の中に彼の事ばかり巡ってしまって全く眠れなかった。
気付けば少しずつカーテンの隙間から明かりが見えてきて、もう朝だという事を告げた。
出勤するには余りにも早い時間だが、彼が起きてくる前に家を出てしまおうと思った。
身支度を済ませ、そっとリビングを除くと電気も点かず、静まり返っていた。
そっと音を立てないようドアを閉めた。
机の横で眠るマッカチンの頭だけいつもの様に撫でて家を出て行く。
初めて、何も言わずに家を出た。
ここ最近あったいってきますの頬のキスの事を思い出して恥ずかしくなってしまった。
それと同時に少し寂しく感じてしまった。
家に帰り、ヴィクトルに会うまでに答えを出さなければならないのは分かっている。
しかし、20年近く幼馴染をやってきて、関係が変わるという事が受け入れきれなかった。
彼の事をこんなに考えたのは初めてだ。
昨日触れた唇の事を思い出し、私も唇に触れた。
2017.2.3