※ヴィクトルあまり出てきません。
※モブ同僚(女)が出てきます。



そう言えば、彼は昔からスケート以外で私と離れようとしなかったのを思い出した。
毎朝私を迎えに来たり、クラスが違っても休み時間になった瞬間に遊びに来たり、下校はその後練習があるからと私に報告してからスケートに向かう。
練習終わりには、必ず私の部屋へ寄って少し話してから帰っていく。

それが急に、サンクトペテルブルクにホームリンクを移し、スケートに専念し始めてからは連絡も減り、会うことも無くなってしまった。
寂しく思っていたが、私も中等教育という新しい環境が始まるところだった。彼は前に進んでるし、私も頑張らないといけない、と忘れる努力をしていた。

急に再会して、一緒に住むようになり、意識しないように私はしてたのに、彼は違った。
ベッドに入ってきたのも、お風呂上りにタオルのみでうろつくのも、抱きしめてくるのも全部意識して欲しかったからだった。
それにこの数年全く気付けないでいたなんて。
気付いてしまったら途端にどれも男女でするには余りに距離の近い行為に、何をしていたんだと恥ずかしくなる。

仕事をしている間もずっと彼の事を考えていた。
集中しなければ。そう思えば思うほど、昨晩の事が頭を過る。
終いにはミスをして上司に怒られ、更に気分が落ち込んでしまった。

そう言えば、仕事でミスをして辛かった時はいつも彼が甘いココアを淹れて慰めてくれたな。
疲れた時は甘いものだよ!と言って本当にドロドロに甘いココアを作ってくれるのだ。
それが可笑しくて、気付いたら本当に元気になっていた。

物心つく前から一緒にいるせいか、写真や思い出の中には殆ど彼がいる。
好奇心旺盛な彼がいつも私の手を引いて前に進んでくれた。
幼い日の彼の笑顔が浮かぶ。
昔から、女の私なんかより全然可愛くて、愛らしい顔をしていたな。

意識しないように生きてきたから、今更どのように振る舞えばいいかわからなかった。
そして彼に対する気持ちも。


あまりに落ち込んでいる私を見て、同僚が食事に誘ってくれた。
未だに答えは出ていないし、こんな気持ちで食事を作る元気もない。
マッカチンには悪いが、今日は面倒見のいい彼女の誘いを受けて、食事をして帰る事にした。

駅前に美味しいカフェバーができたらしく今日のお店はそこに決まった。
会社から駅の方角へ。
そのお店の何が美味しいとか、好きな食べ物は?とか話しながら歩いていた。

すると、同僚が何かに気づいたようにこえをあげた。
何事かと彼女の視線の先を追った。
ヴィクトルが赤髪の若くて美しい女性と腕を組ん歩いていた。
しかもこちら側に向かって歩いてきている。
有名人だから、彼女も気がついたのであろう。
私とヴィクトルとの関係を知らない彼女からしたら、有名人が女と歩いている光景だ。
頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。
悲しいのか、悔しいのか、怒りなのかわからなかったが、どれも私が感じていい感情ではなかった。
見ていられない、そう思って顔を伏せて通り過ぎようとしていた。


「名前?」


彼の声で名前を呼ばれた。
顔を上げる事もできずに下を向いたまま、同僚の腕を掴んで早歩きで逃げた。
後ろでヴィクトルの声がする。けれどそれすらも辛くて更にスピードを上げる。
そして人混みに紛れた。
同僚は慌てながら着いてきてくれた。そんな彼女に謝り、お店に向かった。



美味しいご飯とお酒の筈が、あまり味がしない。
少しでも嫌な気持ちを忘れたくてこれでもかとお酒を呷り続けた。
同僚に心配されながら、思っていた事を全てを話した。
同僚は話を聞いて驚いていた。
そして、一言。


「何を迷っているの?」

「え?」


彼女は首を傾げていた。
私は彼女の一言に呆然とした。


「彼の事が男の人として好きなんでしょう?何がいけないの?」


気が付いたら彼の事を考えている、触れられたらドキドキする、なんて恋だと言われた。
女の人といるところを見て、悲しくて、辛くて逃げたのは、嫉妬だと。



「随分と拗らせてしまったのね」


そう言って彼女は頭を撫でてくれた。
まさか、この年齢になって自分の気持ちを他人に気付かされるとは思わなかった。
そうか、私は彼が好きなのか。
私は彼からの好意に目を背けていただけだったのだ。


「彼が貴女を好きで、貴女も彼を好き。一緒にいる理由には充分だわ。」


そう言って勢いよくお酒を飲み干し、笑顔を向けてくれる彼女に心が軽くなる。
まずは彼に逃げてしまった事を謝まる事、さっきの女の人が誰だったかきちんと聞く事、そして自分の気持ちをちゃんと伝える事。
この3つを彼女と約束した。

不安はあるが、ヴィクトルと向き合う。
そう心に決めて、彼の事を思いながら歩いた。



2017.2.8