付き合い始めて、今日初めてデートをする事になった。
お互い仕事や練習で日が合わなくて一緒に出かける事は中々出来ないのだが、やっと予定を調整してこの日を作れた。
ヴィクトルはとても嬉しそうにしていたし、私も何日か前から楽しみで、仕事を頑張って終わらせた。
彼からの提案で、同じ家から出てはデートらしさが半減するから、と待ち合わせ場所を決めてそこに集合する事になった。
ヴィクトル曰く、君を待つ時間も楽しみたい!だそうだ。
彼がそこまで色々と考えてくれている事を知ると、私もそれに応えたいと思った。
外はよく晴れている。朝早くヴィクトルは出かけてしまった。凄く張り切っている。
昨日の夜に、デートらしくしたいから、先に出るね、とだけ告げていたので驚きはしなかった。
それだけ今日の為に彼が色々と準備してくれた事が嬉しくて、私もメイクやファッションに気を使った。
彼の隣にいても恥ずかしくないように。
恋をすると女は綺麗になると言うけれど、今回ばかりは納得した。
普段あまり履かないようなヒールを履いて、不備は無いかとショーウィンドウに映る自分をチラッと見た。
少し張り切りすぎてしまったかな、と思いながら待ち合わせ場所に向かう。
するとそこには人集りが出来ていた。
女性が沢山集まっている異様な光景に、まさか…と思い近づいていくと、中心に彼がいた。
ファンサービスを欠かさない彼は写真を撮られたり、サインをしたりと笑顔で応えている。
もう少し考えれば分かったことだったのに2人とも浮かれていた。
待ち合わせの時間まではもう少しあるが、このまま彼が全員との交流が終わらない限り近づくのは避けた方が良さそうだ。
彼には珍しく、笑顔だがとても焦っているように見える。
ここからでは私を確認するのは難しそうだ。
スマホを見る余裕があるかわからないが、一応メッセージを残しておく。
"待ってるから、ファンの人達を大切にしてあげて"
送って様子を見ると、スマホを一瞬だけ見て、辺りを見回している。
返事は難しそうだった。またサインを求められている。
もう少ししたら落ち着くだろう、と近くのベンチに座って待っていた。
スマホを弄ったり、メイクを直してみたり、ぼうっとしたりした。
1時間くらい経っただろうか、人集りはだいぶ小さくなっていた。
もう少しかと思い、彼にまた連絡する。
"近くのベンチで待ってる。"
際限無くやってくる女性にごめんね、もう行かなくちゃ。とでも言っているのか周りの女性が残念そうに声を上げてるのが聞こえる。
人気者の彼と付き合うという事は、あの数の女性が敵に回るのかと思うと恐ろしくなった。
今度から外で会うときは変装しないといけないだろうな…
「名前!!」
「ヴィーチャ、お疲れ様。」
「ごめん。折角のデートだったのに…」
「外は難しそうね、お家帰る??」
「うん…」
ヴィーチャは項垂れて、私の手を握った。
帽子とサングラスで変装をして、タクシーで帰る事にした。
タクシーに乗っている間も彼は手を離さず、私の肩に凭れていた。
家に着いても彼はシュンとしたまま立っていた。
その姿が幼い頃に悪戯をして怒られた時と重なった。大人になったが、彼の表情の豊かさは変わらない。
「ヴィーチャ、こんなにカッコ良くして立っててくれたんだ。これはファンに捕まるね。」
「名前…ごめんね」
「何で謝るの?楽しみにしてたのはヴィーチャも同じでしょう?」
「楽しみにしててくれたの?」
「当たり前でしょ、初めてのデートだし…気合入れすぎてないかなとかすごい気にした。」
「そんな事ないよ!今日の名前凄く綺麗だ。」
彼の瞳が少しずつ輝きを取り戻していた。
もう大丈夫だな、と思った。
大きな試合の前や新しいシーズンの振り付けを考えている時、遊びに行く時、嬉しいことがあった時、新しい物を見つけた時、彼の目は輝く。
常に新しい気持ちでいたいという彼の目の輝きを見るのが好きだ。
「折角だから、お家でのんびりしよう。映画とか借りてきて、美味しいご飯作ってのんびりしよう。買い物はしてくるから」
そう言って彼の手を取ると、更に目を輝かせていた。
彼は気づいていないが、笑顔を作る事が昔から得意な彼の本当の気持ちは目を見ていたら解る。
少し頬に赤みが差して、いつもの彼に戻っていた。
「俺はバカだな。浮かれて、 一番大切な事を忘れてた。」
そう言って私の顔を覗き込む。そしてニコッと笑って私の事を抱きしめた。
彼の香りが広がる。今となっては一番落ち着く香りだ。
「何処にいるかなんてどうでも良い。名前が居てくれればそれで良い。」
耳元で歯の浮くようなセリフを言われて、流石に恥ずかしくなった。
しかしそんな事も格好良く感じてしまうので、惚れた弱みだなと思う。
そんな事を考えていたら、彼の唇が耳に当たる。
そして頬に当たる。
驚いて顔を上げると、悪戯っ子のような顔をする彼と目があった。
「買い物は良いよ。今日は名前に俺の愛を感じてもらおうかな。」
「えっ…」
「何?不満そうだね??」
そう言って少し頬を膨らませた。そんな事されたら、心臓がもたない。そう言おうとした言葉は、彼の唇に飲み込まれた。
彼は唇の感触を楽しむようなキスが好きなのだが、今日はいつもより深く唇を合わせてくる。
舌で私の唇を舐めた。口を開けという事か。
口を開けてしまえば、彼に飲み込まれてしまう。
彼の服を掴み、少し抵抗した。
すると、彼は一度唇を離した。
安堵して、一息ついた途端に彼は私の鼻を摘み、また口を塞いだ。
息苦しくなり、耐えきれずに口を開ける。
待ってましたと言わんばかりに彼の舌が入り込んできた。
舌を絡めたり、上口蓋をなぞられる。
ゾワゾワと背筋に何かが通る。
鼻は解放されたが、苦しくて頭が痛くなる。
口内に押入られて逃げても追われ、一体どのくらい経ったのか。
限界を迎えて膝から崩れてしまった。
「おっと」
彼の腕に支えられた。息苦しくて、肩で息をしながら彼を睨む。
「ヴィーチャ…」
「どう?伝わったかな?」
「愛が強すぎて先に死にそうだわ…」
彼はニコニコしながら私を抱え起こし、また私を抱きしめる。腰がしなるほど体重をかけられて、また崩れそうになる。
「名前は酷いなー、俺の愛が受け止めきれないなんてー」
「体がいくつあっても足らないわ…」
「こんなのまだ序の口だけど?」
何を言っているんだという顔をしながら彼が言った。
今日はまだまだ時間がある。こんな事で大丈夫かと彼に抱かれながら思った。
彼の言う通り、何処にいるかではなく、誰といるかが大切だとこの日知ったのだった。
2017.2.13