弱虫の恋


禰豆子ちゃんが太陽を克服し、完全にとは言わないが徐々に人へと近づいていることがつい先日の上弦との戦いで発覚した。
炭治郎も禰豆子ちゃんも良い子で、そんな2人が太陽の下で幸せに過ごせるなんて、すごくすごく喜ばしいことだ。…なのに、それを心の底から喜べていない醜い自分がいた。


「安心して嫁いでおいで!!」


上弦の鬼と戦って怪我を負った炭治郎のお見舞いで顔を出した蝶屋敷の庭の方から聞こえた声に、胸がぎゅっと握られた感じがした。

「なまえ?どうかしたか?」
「……え?」
「ぼーっとしてるし、それに、悲しい匂いがする」
「…大丈夫だよ。それより炭治郎、あんまり急いで食べたら喉に詰まらせちゃうよ?」

もぐもぐと口いっぱいにご飯を頬張りながら、心配そうにこちらに目を向ける炭治郎から顔を逸らして水を入れたコップを渡す。

「なまえは、善逸が好きなんだろう?」
「…うん、でも望み薄だし、もういい年だし、私も他の人のとこに嫁いじゃおうかなぁ、なんて」
「……無理に笑わなくていい。悲しいことは悲しいでいいんだぞ」
「…っ、」

えへへ、と笑って誤魔化そうとする私に、優しい目をした炭治郎が頭をぽんぽんと撫でてくれる。ずっとずっと我慢していて、これからも我慢できるはずだった涙がはらはらと頬を伝っていった。

「……泣いちゃうぐらい怖いのにね、鬼から守ってくれようとするの、でも私ね、1人で倒せるんだよ。鬼殺の隊士で、力も強くて女の子らしいとこなんて全然ないのに、女の子扱いしてくれるの、それがね、むず痒いんだけど嬉しかったの」

流れ始めたらもう止められなくて、涙が溢れ落ちるのと同じ様に私の感情も止まらなかった。

「なまえは、善逸が大好きなんだな」
「…うん、すき、」

でも疲れちゃったの、続くはずだった言葉は炭治郎の胸に消えた。

「人を好きになることは凄いんだぞ。疲れてしまうこともあるだろうけど、疲れたことを理由に諦めちゃダメだ、せめて伝えないと、な?」

幼子をあやす様に、そっと抱き締めて背中をぽんぽんと撫でてくれる炭治郎の優しい温度に涙が止まらなくなる。

ぐすぐすと鼻を鳴らしていると扉がガラ、と開けられて大きな声が部屋に響いた。

「あっ、あーー!!!!お、おい!炭治郎この野郎!!なになまえちゃん泣かせてんだ!!!!」
「うわ、善逸、やめろ、いて、いてて」
「この野郎!許さねぇぞ!!なまえちゃんのこと泣かせた上にちゃっかり抱き締めやがって!!!ずるい!!」

叫びながら部屋に入ってきた善逸が炭治郎に抱き締められてる私をひっぺがして炭治郎をぽこぽこと叩き始めた。
なんで善逸がここに?禰豆子ちゃんは?びっくりした私は涙なんてとっくに止まっていて、頭のネジがいくつも外れたみたいに考えが纏まらない、けど、いまのこの状況は炭治郎の怪我には絶対に良くない!

「ちょ、ちょっと善逸!もう!炭治郎は怪我人なんだから!いい加減にしなさい!!」

いまだに炭治郎をぽこぽこ叩き続ける善逸の手を取って、炭治郎にごめんね、と謝ってから部屋を出る。
さっきの勢いはどこへやら、部屋を出てからの善逸は一言も発さず大人しく私についてくる。
裏庭に繋がる廊下に出たとき、善逸がぴたりと足を止めた。

「……善逸?」
「なまえちゃんは」
「ん?」
「なまえちゃんは、俺が嫌い?」

一瞬、善逸の言ったことを理解できなかった。
私が、善逸を、嫌い?
理解できずに言われたことが頭の中をぐるぐるとして口を開けれずにいる私より先に善逸が口を開いた。

「俺だってさぁ、俺だって、自分が嫌いなんだ、何やっても上手くいかないし、弱いし、頑張れないし、すぐ逃げちゃうし」

段々と涙声になりながらぽつぽつと話す善逸の言葉に耳を向ける。そんなことない、私は知ってる、善逸が頑張ってること、人の為に戦えること、時間がかかっても前に進もうとすること、

「俺、ほんとにダメなんだけどさ、でも、なまえちゃんが俺に頑張れって言ってくれる度に、いつもより頑張れる気がするんだよ、すごいって言ってくれる度に、すごい奴になれる気がするんだよ」

だってそれは本当だったから、善逸が本当に頑張ってて本当にすごいと思ったから、

「俺、俺……なまえちゃんに嫌われたら、」
「嫌いになんかならないよ」
「えっ」
「嫌いになんか…ならない、なれないよ、こんなに好きなのに、善逸のいいとこたくさん知ってるのに、嫌いになんてなれないよ」

善逸の顔が見れずに俯いたまま、自分の気持ちを吐露すると繋がったままの手にぎゅうっと少し痛いぐらいの力が込められた。

「禰豆子ちゃんにヤキモチ妬いてもやもやして炭治郎に泣きついちゃうぐらい、善逸がすき…」

私が言い終わらないぐらいのところで、バターン!と大きな音がなって目の前から善逸が消えた。いや、倒れたのだ。

「えっ、」

しあわせすぎてしぬ…と呟いて気を失った善逸は湯気でも出るんじゃないかというぐらい顔を赤くして涙を流しながら廊下に倒れていた。

「え、ちょ、だ、誰かー!」

私の叫びを聞いて駆けつけたはずの葵ちゃんが、またこの人ですか!と怒り、近くにいた村田さんに頼んで部屋まで運んでくれた。

善逸が起きて、いつもの大きい声はどこへというような小さな小さな声で「……おっ…俺もなまえちゃんが…好きだよ……」と伝えてくれるのはもう少しだけ先のお話。