01

 本当に、それは気まぐれだったのだ。

 仕事終わりに、たまに入るカフェ。そこでいつも通りに珈琲を一杯頼んでよく座る端の席で一息着いていたら。ふと、足元にガサリとした感覚があったのだ。
 それにおや、と思って覗いてみれば。そこにあったのは一つの大きな封筒で。そのB5サイズの糸留め式の封筒には、裏にも表にもなんの宛名も送り名も書かれていない。

 ──誰かの忘れ物だろうか。
 そう思いながら、いつもならそのまま席に置いて立ち去ったのだけれど。
 しかし今日はいつもよりも時間にゆとりがあって。そうしてちょっとばかしの悪戯心のようなものが沸いてしまって、人様のものにいけないいけない、と思いつつも、この指は封筒を開けてしまったのである。

 そこに入っていたのは、印刷された──恐らく、原稿と呼ばれるべきもの。
 ずらりと縦書きの小さな字が並ぶ様は、端からみても圧巻で。学生の頃から感想文などを書くのがそこまで得意ではなかったものだから、それにやや圧倒されつつもなんとなしに最初の一文に目を通してみる。

 それは、どうやら未亡人の恋の話であるようだった。
 若くして夫に先立たれ、子もいない。しかし亡き夫を忘れることも出来ず、新たな人生を歩むこともできない。雁字搦めの心。けれどそんな時──彼女はとある青年と出会うのだ。

 目で、文字を追いかけてしまう。一文一文進む毎に見事な心理描写と共に未亡人の心は彩りを変えていく。ほの昏い濃紺だった感情が、青年と言葉を交わす旅にじわじわと唐紅に染め上がる。決して描かれはしない青年の心情。けれど、彼の細やかな気遣いや心の配り方に、いつの間にか、私自身も未亡人の心と繋がっていく。

 ──もっと言葉を交わしたい。もっと、貴方に触れてみたい。けれど自分から踏み込むことはできない。貴方から私に触れてほしい。けれど、年の差や互いの立ち位置の差が壁となる。
 年若い彼と、夫に先立たれた私。ほんの数年の年月の差だというのに、それがとても憎らしい。ああ何故──私は貴方に触れることができないの?

 ぺらりぺらりと、頁を捲る。そうして最後のページに差し掛かって。ついに、未亡人は青年にその身の内に秘める激情を吐露していく。そして──そして。
 そこで、話は終わってしまった。

「──……」

 いつの間にか俯いたままだったらしい顔を持ち上げて、ぐるりと首を回していく。ごきごきと詰まっていた骨のすき間が空く音と共に、久々の筋が伸びる感覚。
 読みきったという途徹もない達成感と凄まじい徒労感。世辞抜きにして、面白かった。心の底からそう思う。そしてそれとどうじに、なぜ、ここで終わってしまうのかとも。

 ──まって。今何時。
 ふと時間のことが気になって、ぱっと腕時計に目をやった。そうして、秒針が指していた時刻に、ぎょっと目を剥いてしまう。
 23時を過ぎた頃。もっと分かりやすく言えば、あと少しでこの店が閉まる時間。
 ──え、マジで? 思わずぎょっとしたまま顔を上げれば、馴染みのマスターが私を見てひらりと手を振った。そうしてそのまま、にこやかな微笑みのまま近づいてくる。

「やあ、瑞希ちゃん。なんだか凄く夢中になってたね。お仕事かい?」
「い、いや……あはは……」

 なんとなく、曖昧に笑いながら手元の原稿を封筒の中に収め直していく。ここに忘れられていた原稿を軽く試し読みするつもりが、完全に夢中になって読み耽っていましたなんて、どう言い訳をしても印象が悪すぎる。
 それと同時に、ふと、この原稿の持ち主の行方が気になった。だって私がこの店に立ち寄ったのは20時を越えた頃。なら──忘れ主は、この原稿を取りに来ていても可笑しくないのでは。

「マスター。あ、あの、ここに忘れ物したーって人、来てません?」
「……忘れ物? いいや、来てないなあ」

 首を捻りながらそう返されて、そうですか、と情けない声で返す。もしかして、忘れたことに気がついていないのだろうか。だとしたら、もしかして。──もう一回、読み直せるのでは。

 頭を過るそんな悪い考えに。駄目だ駄目だと思いつつも、もう一度読み返したいという欲が止まらない。
 いやだって、本当に、面白かったのだ。是非とももう一度最初から読み返して、考察に耽りたいくらいには。とりあえず結局一度も描かれなかった青年の気持ちが今とても知りたくて、仕方がなくて。
 だって。脈はどうみてもあるはずなのに、どれだけ未亡人がアピールしても一向に行動を起こしてくれないのだ。なんなんだ。なにを考えているんだ。あんなにいじらしい未亡人に、どうして応えてあげないんだ。

 まあ、つまりは、やっぱりもう一度読み直したい。
 なんにせよ明日は土曜日。であるならば、最後にもう一回読み返して、そして明日ここに忘れ物みたいです、と戻しに来るのは、有りなのでは。
 無しよりの有りだとは思うけども。有りであることには違いないし。

 なんて、自分に都合のいいように解釈して。何食わぬ顔で、原稿をそっと自分の鞄に収めてしまった。
 悪いことをしているという自覚はある。でも、それ以上やっぱりもう一回、あと一回だけでも、という読みたいという欲に抗うことができなかった。

 本なんて数年振りに読んだのに。最近は紙の文字を追うなんてこと、全然してこなかったのに。
 なのにそのブランクも全くと言っていい程感じないまま、私はマスターに別れを告げてそそくさと家路につく。とりあえずは、家についたら絶対にもう一度読み返そう。そう、自分に強く言い聞かせて。


 ──そして、時間は過ぎて。今は、朝の4時前。ちゅんちゅんと小鳥の囀りが聴こえてくる、穏やかな朝。
 ベッドに寝転がりながら、私は枕にぐっと顔を押し付けた。そうして、枕元に置かれた原稿を、指先でするりとなぞる。
 
「……あぁ、…………」

 ──オールナイト、してしまった。
 年甲斐もなく、一夜を通して読み込んでしまった。なんて、なんてことだ。お肌にめちゃくちゃ悪いことはわかっている。けれど、耐えられなかった。それくらい、やっぱり、面白かった。

「ああぁ〜〜。返したくない……」

 もう本当に、また読み返したい。読めば読むほど新たな視点に気づいてしまって、楽しさが止まらないのだ。自分の中での先入観が解けていって、新しい視野が開けていって。そうして、その視点で見ると、どんどん見えるものが変わっていく。
 ──この作者は、本当に、天才だ。

「ほんっと、誰なのこの人。誰の作品なの一体。なんでタイトルも作者名も書いてないの……っ!」

 そう、そうなのだ。この原稿、本来なら書いてあるべきその二点の部分が、どちらも空白。謎に行だけ開けられて、カランと空いたまま。つまり、作者が誰かわからない。

 ──本当に、戻しにいきたくない。
 そんな感情が沸くも、いやそれはいけないと思い返す。だってきっと、この持ち主は困っている筈だ。そもそも勝手に持ち出したのは私で、泥棒のようなもの。これは返してあげるのが、筋と言うやつだけど。

「…………」

 心の中の葛藤が大変なことになっている。よく言う天使と悪魔とやらに、両側から囁かれているような感じ。試される善意。唆される悪意。どちらも選びたいし、どちらも選びたくない。
 しかし、ややあって、私はぐっと顔を上げた。そうして、寝不足でふらつく頭のまま、部屋の中の机にがらりと開けていく。そして目当てのものを見つけたら、ペンを引っ付かんで机へと着席した。

 これは私のものではない。私ではない人が書いた、素晴らしい小説の原稿だ。だから持ち主には絶対に返さなくてはいけない。なんせこれが紛失したせいで続編が書かれなくなったりしたら、本当にもう、耐えられない。もう、本当に、今すぐにでも続きが読みたいレベルなんだから。
 だからこそ、私はこの原稿をあの喫茶店へと戻しに行く。そして、元あった場所に原稿と共に感想文──つまるところ、ファンレターを置いておこうと、思ったわけである。

 徹夜明けの変なテンションであるために、なんか思考の方向性が物凄く変な方向に振り切れてしまっているけれど。しかし、こういうのは勢いが大事なのだ。
 鉄は熱いうちに打つもの。下手に理性が残ってる時よりも、理性をかなぐり捨てたときの方が拙い文だって思いの丈を伝えることができるだろう。

 故に、私はペンを動かしていくのである。ちなみに、紙の予備はあと九枚。使いきるまでにはまともな手紙を書ききれたらと願ってる。
 ──よし、やるぞ、やってやるぞ。そう自分を奮い立たせて、便箋に文字を綴っていく。 
 にちなみに誤魔化しきれない丸文字に、もうちょっと格好いい字が書けるように練習しとけばよかったと思ったのは、完全に余談である。


 そして同日、朝10時。店が開店する時間。私はじわじわと逸る心音を抱えながら、馴染みのカフェの前で深呼吸していた。
 鍵の開く重い音と、カラリ、という音と共に開く店の扉。内側から"OPEN"という掛札を片手に出てきたマスターは、扉の前でスタンバイしている私をみて、驚いたように目を見開いた。

「……おはようございます」
「あ、あぁ、おはよう。いや、どうしたんだい、こんな朝早くから……」

 へら、と笑ってそう挨拶すれば、マスターはずれた眼鏡を直しながら私をまじまじと見つめる。それになんと言うか迷いに迷って──結局、当たり障りのない言葉を口にすることにした。

「たまには、モーニングセットを頼むのもいいなと思ったんです」
「……いやぁ、珍しいこともあるもんだね。ほら、いらっしゃい」

 そう受け答えしながら、招かれるままに敷居の中へと足を踏み入れる。鞄の中には、あの封筒と──その中に入れた、感動のままにしたためたファンレター。
 無事、探してくるだろうか。ご本人の手にちゃんと戻っていくだろうか。私の手紙を、読んでくれるだろうか。そんな不安が湧き上がる。湧き上がるけど、それを止める気には、どうにもなれない。

 もう何年も通い詰めている為か、特に席に関して指定されることもなく。勝手知ったるというように好みの席へと座らせてもらった。いつもの座席。あの、忘れ物のあった場所。店の一番奥だけれど、ソファー側に座れば、ぐるりと店内を見渡せる。
 カフェのメニューを開きながら、さり気なくソファーの端──つまり、壁側に、あの封筒を立てかけておいた。封も最初と同じように、きちんと締めて。後はここでお茶をして、何気ない顔で店を後にすればいい。

「決まったかい?」
「モーニングセットでお願いします。卵サンドと、ドリンクは珈琲で」
「かしこまりました」

 私しかいない店内は、まだちょっと生温い温度だ。ふよふよと冷房の風を感じるけれど、まだ完全には冷気が回り切っていないのだろう。ふうと息を吐きながら、私はひとりで伸びをする。寝不足の頭は、気を抜いたらそのまま寝入ってしまいそうだ。
あの後結局何時間も掛けて書き上げて、朝ご飯も食べないままここに来てしまった。家に戻ったら、早いとこベッドに潜ってしまいたい。

 ──封筒、ちゃんと見つけて貰えるだろうか。手紙は、ちゃんと読んでもらえるだろうか。不安と期待が入り混じった感情が、胸に蟠っている。だけどそれすら吐き出すように、私は大きく欠伸をして、背筋をぐっと伸ばすのだ。今は取り合えず、早く珈琲が飲みたい。



 一度家に戻り、仮眠を取った。目の下のクマはまだややあるが、この程度なら今日しっかり眠れば明日には取れているだろう。問題は、昼寝と言うにはあまりに長く眠り込んでしまった故に、今日きちんと眠れるかである。

 今の時間は夕方の16時を過ぎた頃。あの後家に戻ったのは11時で、ついでに起きたのはまさにさっき。つまり、朝に珈琲とサンドイッチを食べただけでその間飲まず食わずで今の今まで眠り続けていたということだ。
 けれど別にお腹が空いていることもなく。眠り過ぎで変に胃がぱんぱんというか、特にこれと言った空腹が感じられない。なので、取り合えず水分は取るがお八つも別に食べないことにする。

「……カフェ、いつ行こうかな」

 頭を過るのはあの封筒だ。果たしてきちんと持ち主の元へ戻っていったのか、はたまたマスターの手元に落とし物として届けられたのか。
 前者であればと願うばかりだが、そもそも昨日持ち主は探しに来なかったのだ。もしかしたら、見つけられる可能性は低いのかもしれない。その場合はどうしよう。一度自分で回収して、中の手紙を抜いた後に警察にでも届けようか。ああでも、小説の原稿の落とし物って警察に届けるものなんだろうか。出版社?いや、それは違うか。

「あ〜〜、不安になってきた……」
 
 ──もうこれは、行くしかないのかもしれない。
 そもそも、また行こうとは思っていた。ちゃんと回収されたのか確認しなきゃいけないとは思ってたし。しかしあれだ、一日に何度も同じカフェに行くのは変だろうか。少なくともマスターには変な顔されそう。いやでも。いやうん。

「……行こう」

 行くか行かないかだったら、確実に言った方がいい、気がする。気だけだけど。
 やらない後悔よりもやる後悔だ。マスターには適当なことを言って誤魔化せばいい。あの人ならきっと、変な深入りはせずに流してくれると思うし。うん、多分。
 そうとなれば行くのが早くて。化粧は少し崩れているものの、朝の軽いメイクがまだ残っている。少し直せば、もうすぐにでも出かけられる顔だ。いやというか、マスクしちゃえば大丈夫だろう。
 
 玄関の方に歩いて、靴入れ棚の上に置いてあるマスクの箱から一枚出して、その場で開封する。そしてゴミは戸棚のすぐ横のゴミ箱に入れて、そのままマスクは顔に着用した。一応姿見でチェックするけど──うん、まあ、大丈夫だろう。
 外に出て、扉に鍵を掛けた後に家をマンションの階段を下りていく。カフェはここから徒歩で15分くらい。今からなら、軽く食べて夕食代わりにするのもいいかもしれない。
 
 そんなことを思っているせいなのか、いつもよりもスムーズに足は進んで。特に疲れることもなく店について、尚且つ小腹も空いてきた。なんというか、色々完璧。
 カラン、と扉を開ければ「いらっしゃいませ」という涼やかな声。朝にも聞いたマスターのものではなく、年若いバイトの子の声だった。

「お席のご希望などありますか?」

 てっきり指定されるかと思いきや、意外と融通の利くことを聞いてくれる。その言葉に、私は真っ先に件のあの席を見て、「あそこでもいいですか?」と問いかけた。ちらほら客はいたが、あの席は空いていたのだ。なら、あそこに座らない手はない。
 店員はにっこりと笑って「ご案内します」とメニュー表を片手に歩いていく。その後ろ姿に置いて行かれないようについていきながら、私の鼓動は徐々に早くなっていく。原稿の行方を、遂に知ることになるからだ。

 原稿は──なかった。それに安心したような、不安になったような気持ちでごちゃまぜになる。持って行ったのは、本当に本人なんだろうか。もしも違う人だったら。マスターかもしれない。そうだったら、持ち主に原稿が届いていない可能性がある。

「ご注文がお決まりになりましたらまた伺います」
「あ、あの……今日、忘れ物とかって、ありませんでしたか。ふ、封筒のやつなんですけど、このくらいの」

 だから咄嗟に、こう問いかけてしまった。注文は、もう、適当にナポリタンと珈琲でいい。それで夕飯は済ませてしまう。
 ジェスチャーと共に伝えた私の言葉に、店員は少し考えを巡らせるように視線を斜め上にずらして。そして、一拍後に「一度確認してまいりますね」と言ってさっと歩いて行ってしまう。そのままカウンターの中に入ったかと思ったら、困り顔で戻ってきて、こう言うのだ。

「そのような忘れ物はありませんでした。こちらにお忘れですか?」

 そうか、ないのか。それに、また少し、呼吸が浅くなる。見つけて貰えたのか、もしくは、違う誰かの手元に行ってしまったのか。なんで私は自分で持ち主に返そうとしなかったんだろう。いや、本人に会うのはかなり気まずいんだけど。でも、それでもこんな気持ちになることはなかったはずだ。
 なんてことを、つらつらと頭で考えながら。私は取り合えず、曖昧な笑みを店員に向けた。少なくとも、ないものはないのだから、彼をこれ以上振り回すわけにはいかない。

「えっと、なら大丈夫です。すみません。注文、お願いしてもいいですか?」
「はい」
「ナポリタンと、ブレンドお願いします。珈琲は食後で」
「はい、かしこまりました」

 メニュー表にペンで記載した後、彼はにこりと微笑んでそのままカウンターの方へと去っていく。その後ろ姿を見て、私はひとりでふうと息を吐いた。駄目だ、落ち着かない。もしかして、私はとんでもない失態を犯してしまったんじゃないかと、そんな気持ちが沸いて収まらないのだ。

 頬杖をついて、なんとなしに封筒を置いた場所に目をやった。そして、そのまま視線を上にずらしていって──鉢植えのところに隠すように置いてある、ひとつの封筒を見つけてしまった。

「──……!」

 それに思わず、ぎくりと身体が強張って。しかし、深く息を吐いて身体の力を抜いていく。そしてそのまま、固くなった指で、ゆっくりとその封筒を摘まみ上げていく。
 封筒は、よくあるデザインのものだった。薄茶色の、定形の長形四号。どこにでも売っているタイプの、普通の封筒。

 特に糊付けをしているわけでもなく、〆マークが書かれてはいるものの指でつまめば簡単にその口は開けてしまう。だけどまだ開けることはしないで、ぺらりと、封筒を表側にひっくり返す。
 そして、息を飲んだ。

──"読者様へ"

そこには、美しい書体でそう書かれていた。
ボールペンの、流れる様な文字。楷書ではなく、行書体。ぴっしりとしっかり縦のラインが整えられていて、たったの四文字だというのに字の上手さが読み取れてしまう。

「っ、」

 なんだかもう、息が詰まって。どうしようもないままそれを胸に押し付けて、深く深く息を吐く。中身は開けてない。まだ、見れない。見れるような心理状態では、とてもない。
 開けるか開けまいかぐるぐると悩んで、もう一度その封筒を胸から離して目を向ける。何度見てもそれは"読者様へ"と書かれている。そしてそのまま、再度その封筒が置いてあった場所を見て、確信する。──これは、私宛の手紙なのだ。
 見るか、見ないか悩んで──結局は、鞄の中へと封筒を仕舞い込んだ。ここで見てしまうには、どうしてか、勿体ない気がしてしまったから。

「お待たせしました。ナポリタンになります」
「! あ、ありがとうございます」

 すると店員がやってきて、ナポリタンと共にお水を机の上に置いてくれた。それを見て、やっと自分の喉が渇いていたことに気が付いた。一先ず水を喉に注いで、そうしてまた一度、深く息をする。

 ──手紙を貰ってしまった。つまり、あの作者が、ここに来て、無事にあの封筒を見つけることが出来たのだ。
 それによかったと思うと同時に、何が書かれているんだろうと期待と不安でまた心がごちゃごちゃになる。なんかもう、昨日から自分に落ち着きがなさ過ぎる。勝手に原稿を持って行ってしまったり、こうして一日に二回も同じ喫茶店に来たり。
 だけど、ああ、手紙を、いただけてしまったのだ。何が書いてあるのだとしても、それが、今は、とても嬉しい。

 嬉しい、のだ。