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例えば世界というのは決まりきっていて。
けれど例えば、それはある日突然崩壊したりもする。

その日はなんでもないような一日の、仕事終わりで。
私はいつも通りに、帰りにスーパーによって、値下げ品を吟味しつつ今晩のおかずを買い込んで。
そのまま近道をしつつ、家に帰ればいつも通り──になるはずだったんだけど。

けれどその代わり映えのなかった日は、全く予想もしなかった展開へ、いとも容易く移り変わってしまうのだ。

──確かに、なにかの喧騒が聞こえるなと思っていた。
けれどここシブヤディビジョンは、まあぶっちゃけて言えば治安はまちまちで。
そんでもって、所謂"野良"と呼ばれるラッパーが最近たむろしているから、まあそれかなと思ったのだ。

この制定されたH歴。
まだ始まってから三年と日は浅いものの、それはかなりの勢いでこの日本を、東京を塗り替えていったのだ。

まず、男性に重たい税が課せられた。
男尊女卑が強めだったこの国において、突然女尊男卑な価値観の法律がばんばん可決されていって。
私みたいな一般市民が、訳もわからず目を白黒させて気づいた時には、東京は五分割されていたのである。

女性しか踏み込むことの許されない"中王区"を中心に、"イケブクロ"、"ヨコハマ"、"シンジュク"──そしてここ、"シブヤ"。

男性はこの"カタカナ"の地区でしか生活することは出来ず、また、中王区の許可なく他の地区へ引っ越すことも許されない。
女の場合は他の地区への引っ越しは可能だが、それでも中王区への引っ越しに関しては国が定めた様々な規約──つまりは、一定の金を持ってなきゃこっちくんなとされてるわけで。

巷では、女は皆クソみたいなことを言う男性も増えてるみたいだけど、そこには是非"中王区の女"はクソに統一してほしいなあと思っていたり。
なんたって、別に今んとこそこまでの恩恵は感じていなかったりするわけである。
いやまあ、税金に関しては本当に感謝してるけど。
でも別に所得が増えた訳でもないわけで。

んで、ラッパー。
政府が打ち出したとある"武器"によって、彼らここんとこ増えに増えまくってるのである。

それは"ヒプノシスマイク"という、まあ言葉通りマイクの形をした近代兵器だ。
何がどうしてマイクなのかもよくわからないのだが、このマイク、なんでも吐き出した言葉によって他人の頭をどうにか出来ちゃうヤバい奴らしい。 
ちなみにこのマイク、ラップだとより威力が増すんだとか。
何でラップだといいのかはよく知らないけど。

相手の脳漿を掻き乱し、言葉からくるイメージをそのまま肉体へのダメージとして変換させる──とかなんとか。
まあ、その仕組みとかは全くよくわかってないんだけど、使い方によっては拳銃よりも危険度が高すぎる武器である。
これを求めて、現代社会を生きる男性たちはそのマイクを奪い合うためにラップをしてるのだ。

このヒプノシスマイクを奪い合うのには、理由がある。
それは月イチで開催される"テリトリーバトル"のせいだ。

このテリトリーバトルは、いわば男性たちの領土権をかけた戦いで。
月に一度、中王区を除く四つの地区から選出された"代表者"が、互いの地区──つまり、ディビジョンを掛けて中王区を舞台にラップで戦うのだ。

負ければ領土を奪われ、勝てば敗者の領土を奪うことができる。
その領土には税金とかそういう生きていく上での重圧も含まれているから、男たちはそりゃもう必死だ。

ちなみにその勝敗を決める投票は、中王区の女と中王区外の女の投票のみで決まる。
なので男達から私たち"普通"の女が中王区の女と同列に恨まれつつあるのは、こういうとこが理由になってたりもする。

──さて、帰り道。
あと少しを抜けきれば、大通りに出ることが出来るという所。
この路地には建物と建物の"空き間"とも言うべき、所謂デッドスペースが多数存在していて。
私が今まさに通ろうとしている横にも、何人かがたむろ出来るくらいは可能な空間が広がっている。
つまり、ちょっと柄の悪い人がいたりもする。

すれ違う人たちがなんというかこう、ちょっと嫌そうな顔してるから、だいぶ白熱しているのかもしれない。
なのでああ怖い怖いと、そこを早足で通りきろうとしてる時。
ふいに──くぉんと頭が揺れたのだ。

「うぁっ、」

視界が、ブレて。
耐え切れずに、壁に手を付き、跪く。
その間にもくぉんくぉんとまるで頭の中をシャッフルされるような感覚は止まらなくて。

「う、う、うぅ〜〜っ、」

気持ち悪さとはまた違う、感覚。
壁にぐったりと身体を預け呻っていたら、「大丈夫?」という声と共に誰かが近くに歩いてくる気配がする。
それに頭を軽く上げて、大丈夫じゃないと伝えようと、したら──。

「──あ、」

ぐぉん、と。
さっきまでの比じゃない、眩暈が、頭を覆って。

────は?

無意識に閉ざしていた目蓋を持ち上げたら。
私は、確実にさっきまでは居なかった場所、、、、、、、、、、、、、、、、に立っていた。

の前に居る、数人の──いや、三人の男。
そいつらは、なにやら黒いものを握って私のことをにやにやと見ている、気が、する。

視界が霞んでいてよく見えない。
耳煩わしい音が煩い。
待って、これはなに?

「-----------------!」
「っう、」

びり、と肌を撫でる──いや違う、なにか大量の風を一度に浴びせられてるような、変な感覚がする。
だけどそれで少し頭がクリアになって、瞬きを繰り返しながら自分の状況を確認しようとして、気が付いた。
手に、なにか、持っている。

──なにこれ。

一見、玩具みたいな形。
その重さとか質感で"マイク"だということはわかるけど。
それにしたって、まるで日曜日にやっている幼児向けのアイドルアニメみたいなデコレーションのそれは、やっぱり玩具みたいにしか見えない。
でも私はこれ、、を──知っていて。

どこから聴こえてくるのかわからない音が、切り替わる。
ギラギラとした男たちの目つきが、私を射殺さんばかりに見てきて。

──あ、殺されるかもしれない。

そう思ったのと、強く腕を引かれた、、、、、、のは、ほぼほぼ同じだった。

「──これは流石にっどうかと思うなっ!」
…………え、?」

私の腕を引く、見慣れた姿、、、、、
いやというか、ほぼ毎日鏡の向こう側に、いるその顔。
──"わたし"が、そこに居る。

それに思わずあんぐりと口を開いていれ、ば。
しかし"私"は、こちらには目もくれず、私の手の中から奪ったマイク、、、を握って口を開くのだ。

「もうボク、割と本気で頭にキてるから──生きて帰れると思うなよ?」

増える騒音。
まるでアクション映画のように、呻いて謎に吹き飛んで?いく男たちの姿。
それらについていけずに呆然と見守りながら。
私は、ヒプノシスマイクって女の声にも反応するんだ、と実に見当違いなことを考えていた。