サボ


ようやく得た休日を有意義に使おうと思い、私は一人で革命軍の本拠地から出た。丁度サボやコアラちゃんは仕事があって誰も誘える人がいなかったのはちょっとだけ寂しいが、流石に仕事を休んで私と遊べなんて口が裂けても言えない。まあ、たまには一人で出かけるのも悪くないかもな、なんて考えて誰にも行き先を伝えずに街まで降りてきたのだ。

街は明るく賑わっていて、何も知らない人はまさかこの時代が大海賊時代なんて想像は出来ないほど活気づいている。革命軍としての仕事を背負っていない今の私は何だか一般市民のような気分でその街を悠々と歩き、滅多に使うことの無い金をどう使おうか悩みながらキョロキョロと辺りを見回す。革命軍に入っていなかったら、私はどんな人間になっていたのだろう。足を進めながらもそんな事をぼんやり考えていた。

「……これ」

ショッピングウィンドウの目の前に立ち止まり、ゆっくりとそちらへ身体を向ける。その中には一体のテディベアが飾られていた。何の変哲も無いこのテディベアに足を止めたのは、何処かあの人に似ていたからだ。そのテディベアには小さなシルクハットが被せられており、色も同じく青。これは正しく、我が革命軍の参謀総長そのものである!なんて心の中で盛り上がりながらも、私の足は自然とそのお店の入り口へ向かっていった。



「……うふふ」
「…どうしたの名前ちゃん?」

本拠地に帰ってきた私は買ったテディベアをじっと眺め、ニヤニヤしてはぎゅっと抱きしめるという奇行をしていると仕事終わりのコアラちゃんに怪訝そうな顔で話しかけられた。ずっと笑っててなんか……不気味だよ?と言われて多少なりとも傷付いたが私の心はそれくらいで壊れるほど脆くは無い。大丈夫だ。そんなコアラちゃんの目の前にテディベアを持って行き、じゃーん!と声を上げる。

「テディベア?」
「うん、テディベア。ほら、この子誰かに似てると思わない?」
「えーと……あ、サボ君?」
「そ!」

なるほどね〜、と納得したように笑うコアラちゃんに、私もにんまりと笑って「かわいいでしょ〜」と再び抱きしめる。最近はサボに会えない日が続いてたけど、この子がいたら結構平気かも。なんて零すと、コアラちゃんは「あー……」と呟いて苦笑いを浮かべたため、私は不思議に思って首を傾げる。

「それ、サボ君に言わないでね?言ったら不機嫌になってまた仕事してくれないだろうから」
「うん……?まあ、仕事しないのは困るから言わないよ」

そんな不機嫌になる要素があっただろうか?と疑問符を浮かべて考えるが、この浮かれた脳みそでは考える知能指数も無い様だった。この状態で仕事とか任されたらきっと私が一番乗りで死ぬだろう。お願いだから事件だけは起こらないで欲しい。ただそれだけを願って、手元のテディベアを優しく撫でた。

どうやらこれから予定があるらしいコアラちゃんは「あっ」と声を上げた後、ごめんね〜と言ってそそくさと立ち去った。流石デキる女は暇が無い。と称えながら、私は軽い足取りで自室へと向かう。ひとまず今日はこの子と一緒に寝ようかな、なんて暢気なことを考えて自室の扉を開けて、顔を上げる。

「よ、邪魔してるぞ」
「よ、じゃないんだわ……心臓に悪いんだわ……」

誰も居ないはずの部屋に一人の男がソファでくつろぎながらこちらへ話しかけてくるとかどんなシチュエーションだよ。怖いよ。と突っ込むと「気ィ抜いてんじゃねえよ」と何故か叱られた。自室でくらい気抜かせてくれ!!

私はやれやれと溜息をつきながら上着をハンガーに掛けて荷物を置く。勿論、テディベアは抱いたままで。サボが座っているソファの隣に腰掛けてテディベアを膝に載せると、気が付いたサボが「何だそれ」と声を掛けてきた。

「今日街に行ったらあってさ。ほら、かわいいでしょ?サボの髪色に似てるし、ちゃんとシルクハット被ってるし、何だか似てるなあって思って買って来ちゃった」
「ふーん……」

声を低くして返事をするサボを余所に、私はテディベアを優しく抱きしめる。あ、そうだ。この子の名前はサボ二号にしよう。在り来たりだけど覚えやすくていい。でもきっとサボにこれを言ったら「やめろ、紛らわしい」とか言われそうだから口には出さないけどね。

「……ない」
「ん?どうした?」
「…こんなの別に、かわいくないだろ」

私の腕の中にあったテディベアはサボに取り上げられ、ソファの端っこにぽいっと放置すると、いじけたような声を出したサボはぐっと私に顔を近づけて私の目を真っ直ぐ見てきた。突然の事に声も出なかった私は二、三回瞬きをしてようやく「…あ」と小さく声を出すことができた。

「もしかして、やきもち?」

私はサボの頬に手を添えて、どうにもにやける口元を抑えながら首を傾げる。サボの嫉妬は別に珍しくは無い。だから結構慣れている……けど、まさかテディベアに嫉妬されるとは思わなかった。案外かわいいところもあるんだなあ、と思ってサボの返事を待つ。

「悪いかよ」

眉間に皺を寄せて完全にふてくされモードに入ったサボは私の首元に顔を埋める。今度は私がテディベアのようにぎゅっと抱きしめられてしまい、思わず苦笑してしまう。これが、参謀総長か。なんて考えて、再びサボの顔に手を添えて私の身体から離すと、サボは更に不機嫌そうな顔になった。ほんと、わかりやすい人。

「心配しなくても、サボのことがいちばん大好きだよ」

安心させるように笑って見せると、サボは表情をぴしゃりと固めて、私を抱きしめようとする腕も同じように固まった。え、どうしたの、と声を出す前に、私の口は柔らかいものに防がれてしまい聞くことは出来ずに飲み込まれてしまう。そこまで深くないキスから解放され、すこしだけくらくらする脳を動かしてサボの綺麗な髪の毛をやんわりと触ると、サボは私の頬をゆるりと撫でてきて、くすぐったくなり思わず目を閉じた。

「ほんとお前、そういう所だからな?」

子犬のような目から獣のような目になるまで、あと一秒も掛からないらしい。







診断メーカー/今日の二人はなにしてる? からお借りしました。