計画通り



ついに、ついに見つけた……!この丸み、あわい桃色、やわらかな感触。ああ、何ていう愛らしさ!買いに来た時はなぜかいつも売り切れで手に入らなかったけれど、今日ようやく出会えたよマイフェアリー!
こんなに愛らしいものを身代わりに置いていくなんて私にはできない。でもこんなに可愛かったらポケモンもそりゃあ威嚇やめて恋しちゃうはずだ。フォーリンラブだよ。この小さなおててをとって共に式場へ駆け出してしまうくらいの熱量でな。
そんな愛くるしいこの子との運命的出会いに興奮してしまう。いつも売り切れだったのがやっと巡り会えたんだもの。しかも残り一つの時に。
おっといけない、そうだよ、感動冷めやらぬがそれより先にゲットしないと。売り切れる直前なのだ、ここで他の人に買われてしまっては立ち直れない。1年間くらいは引きずる。
そんな暗い未来を阻止するため、そのまるっこいチャーミングな子に手を伸ばした。

「あ」
「あっ……」

ずっと焦がれていたマイフェアリーは喜んで私の手の中におさまってくれた。半分だけ。
残り一つのこの子を狙ったのはどうやら私だけではなかったようだ。分かるよその気持ち。こんなに愛くるしい姿見ちゃったら手にしたくなっちゃうよね。でも、本当に申し訳ないんだけど、先にこの子と会ったのは私なのよ。確かに手にした瞬間は同時だったかもしれない。けれど私は感動している間もこの子の前にいたわけだからさ。もっと言えばこの子の目の前で愛を語って口説いてたのだ。心の中だけど、この子には伝わってたはず。まあ、つまり何が言いたいのかって、その汚い手を離せ。言い過ぎ失礼。

「ピッピにんぎょう好きなんですか?」
「えぇまぁ、毎日抱いて愛情で押しつぶしたいくらいには好きです。あなたは?」
「俺はまぁシロガネヤマに登るときに使おうと思って」
「……シロガネヤマってあのシロガネヤマ?」

耳を疑った。シロガネヤマって、あのシロガネヤマだよね。猛吹雪のうえ、数々のトレーナーを敗った猛者(ポケモン)たちが集う場というのがコモンセンスのシロガネヤマだよね?
だとしたらこの人とんでもなく強いのではないか。私が娯楽でピッピにんぎょうを手に入れようとしてることがバレたら、そんなことに使うなら有効に使える俺に譲れ、っていちゃもんつけてくるんじゃ……。詰んだな。
いや、でも、バトルで使うだけがこの子の生きる道じゃないから。かの有名なお嬢様だってこのピッピにんぎょうを大事に持っていたのだから。バトルに使わず主人公にプレゼントしちゃう超大らかなお嬢様だよ。私とは天と地の差だな。ピッピにんぎょうに対してのみ。キャラデザは似たようなもんよ。私もアローラでマラサダ食べまくっちゃうから。それはハウ。

「君がどのシロガネヤマを想像してるのかは分からないけど、多分そのシロガネヤマ」
「いやね、私はね、確かに愛情で押しつぶしたいくらいにこの子のこと好きだけど、ちゃんとその使命を全うさせてあげようとは思ってるよ」
「じゃあバトルの時にそのピッピにんぎょうを置いていけるんですか?」
「いや、無理だな」
「即答なんですね」
「しまった、はめたな……」

強かな男!私がこの子を見捨ててはいけないことを見破って、かまをかけてくるとは。さすがシロガネヤマへ行けるだけの実力者である。私がちょろいだけの可能性も捨てきれないが。
ところでこの人どこかで見たことある気がするんだけど、どこだっただろうか。うちのカフェの常連?違うな。……気のせいか。世の中似ている人なんてたくさんいるし。自分に似た人だって三人はいるらしいんだから。ましてや他人なんて見たことがあっても大体ハッキリとは思い出せず、覚えてるパーツパーツで似たところを認識するんだから、そりゃそっくりさんもごまんといる。それにシロガネヤマでマウント取ってくる人、人生でまだ一度も出会ったことないし。
さて、そんなことよりピッピにんぎょう。

「ここは平等にじゃんけんで決めようと思うんだけど」
「いや、」
「嫌?!因みにバトルは無しね!私トレーナーじゃないから、ミニスカートだから!!」

え、ミニスカートも立派なポケモントレーナーだって?ミニスカートはミニスカートであってミニスカート以外の何者でもないんだよ。考えてみてよ、ミニスカートはミニスカートであってロングスカートでもタイトなスカートでも、ましてやズボンなんかでもないでしょ。だから私はミニスカートであり、ミニスカート以外の何者でもないんだよ。この世ではそれをトレーナーに分類する。ミニスカートが通り名って切ない。私だってアロマなおねえさんとか、大人なお姉さんとかがいいよ。色気くらい出してみたい。色気の前にまず性格に難あり。ミニスカートでいられることに感謝だよ。何歳でこれ剥奪されるんだろう。いや、おばあちゃんになっても私はミニスカ履き続けるんだからね。

「いや、そうじゃなくて、ピッピにんぎょうは君に譲るよ」
「え、いいんですか?え?え?」
「うん。俺は別に今すぐシロガネヤマに登るわけじゃないし。それにピッピにんぎょうがなくてもバトルに勝てばいいわけだし」
「くっ、このご恩は一生忘れないよ!!」

神とはこの人のことをいうのか。サラッと俺は強いからノープロブレムと自慢されたが、そんなことよりこんなに可愛いピッピにんぎょうを譲ってくれるなんてとてもいい人。前世フェアリータイプだったのかもこの人。その優しさにうっかりフォーリンラブしてしまうよ。3秒くらい。1、2、3、ポカン。私はフォーリンラブしたことを忘れてしまった。

「あはは、大げさだなぁ。じゃあさ、ご恩は忘れないっていうなら、俺と友達になってよ」
「え、なに?僕と契約して魔法少女になってよ?」
「それでもいいね。俺と契約して奥さんになってよ」
「え、まじで何?なんの話?」

確かにピッピにんぎょうもらって一瞬は恋に落ちたけれども。興奮しすぎて話ちゃんと聞いてなかった。これあれかな、ピッピにんぎょうあげたんだからそれなりの責任とれやってことかな?巷で有名なロケット団並に悪質な手口。もしかしてロケット団と関係持たれてます?

「冗談冗談。よかったらこれも何かの縁だし、俺と友達になってくれないかなって思って」
「あ、友達か。びっくりした」

どうやら彼は私とお友達になりたかったらしい。お友達だなんて、この年でそれ言われると少し照れちゃうな。彼は見たところ私より少し年下だろうから、全然恥ずかしくもむず痒くもないのだろうけども。私からしたらお友達という言葉はなんだかむずがゆい。もうこの年になると真っ直ぐな目でお友達になってよなんて言う機会ないからね。大体は連絡先聞いてこれからよろしくね、くらい。眩しいな、少年。

「そうだね、戦友としてこれから仲良くしていこう」
「サクラと戦った記憶ないけど」
「もう忘れたの?!ピッピにんぎょうをかけてあんなにも白熱した戦いを繰り広げたこと……待って今なんて?」
「ん?戦った記憶はないよって」
「その前だよ」
「……それにしても、君は面白いことを言うんだね。君みたいな子と友達になれて嬉しいよ」

▽目の前の少年はスルースキルを使った!
さっきこの子、私の名を呼んだよね。私の記憶が正しければ初対面よはずなんだけれど。いや、もしかするとどこかですれ違うことはあったかもしれない。けどただそれだけで、名前を名乗り合う機会はなかった。あれ、名前紹介したっけ。あれ?君の名は……?
私には知らない男の子と体がいれかわっちゃうこともなかったし、黄昏時に名前を書くと思わせて好きなんて書かれたこともないし、もしそうだとしても結局名前わからないわ。そんなわけで私の名前を初対面の相手が知ってるなんて……。まさか知らない間に私の個人情報が流出してるのでは。最近はちょっとネットに書き込むだけで特定される時代だからな。恐ろしい世の中である。
ネットに書き込んだ記憶なんてないけど、どこかで私の噂が広まってるのかもしれない。きっと私の隠れファンの仕業だな。まったく、言ってくれればサインくらい書くよ??乗せられてもないのに勝手にすぐ調子に乗る。

「そういえば俺の名前を言ってなかったね。俺はファイア。よろしくね」
「あ、私はサクラ」
「うん、さっき聞いたよ」

おやおや、どうやらネットでもファンの仕業でもなんでもなく、私自ら名乗っていたらしい。この短時間で記憶が曖昧とか私も年取ったな……。疑わしいけど。まぁでも疑わしきは罰せずとも言うし、確かに私自身が名乗る以外彼が私の名を知る術はないよな。別に私、有名人でもなんでもないし。清く正しく一般人やらせてもらってますし。ミニスカートなんで。つまり息をするようにサラッと名乗ったのだろう。意外とコミュ力高いのかもしれないよ私。それか自己主張の塊。

「さっそくなんだけど、友達としてこれから家に来て話しない?」
「あ、私この後予定あるんで」
「ああ、ジム戦だよね?今日はグリーンのジム閉まってるみたいだから、行っても無駄だよ」
「まじかよ、ジム休みとか年末年始でもないのにそんなことあるの?いつでも臨めるのかと思ってたわショック。ってちょっと待て」

この子何で私の予定知ってるの?私たち初対面だよね。あれ、予定詳しく言ったっけ?何これデジャブ。
確かに予定あるからこの後は無理と伝えたが、ジム戦、それもグリーンさんのところへ向かうなんて一言も漏らしてない。……はず。ちょっと自分の記憶力に自信がなくなってるから百パーセントとは言えないけど。

「私は予定があると言いました」
「そうだね」
「しかし、その内容を言った覚えは、」
「さっき聞いたよ」
「えっ?」

おやおや、どうやら私は自ら予定の内容を告げていたらしい。ってそんなバカな。そんなタイミングなかったでしょ。初対面の人に何の脈絡もなく突然、私これからグリーンさんのところジム戦挑みに行くんだよねー、なんて言うか?言うわけない!それ言うのサトシくらいだから。サトシなら「俺、マサラタウンのサトシ!ここへはジム戦に来たんです」ってさらっと言いそうだけど。いくら私のコミュ力が高いからって、そんなことはしない。対局にいるのよサトシとは。私には彼の行動力もコミュ力もない。悲しい。
それにコミュ力の高さで言えば目の前の彼の方が高い。なんで会ったその日に家に呼ぶのよ、ホップステップ踏もうぜ、いきなりジャンプしないでよ。どうせあんなことやこんなことしようと思ってたんでしょ!エロ同人みたいに!!エロ同人みたいに!!!言いたかっただけ。

「何で私の予定を把握しているの」
「さっき自分で言ってたの、忘れたの?」
「いや、そんなはずないからね!騙されないよお姉さん!」
「因みに同い年だから」
「あ、そうなの?てっきり年下なのかと、ってちょっと待ちな、何で年まで」
「だからさっき聞いたよ」
「堂々と嘘を重ねるなよ」

この子、譲らない!まるで私が発言したかのように話を進めるが、その流れ、もう使えないでしょ。これだけ怪しまれても尚歪みなく嘘をつき続けるその堂々たる態度と精神は素直にすごいと思うけれど。真似したくはないね。

「そんなことより、早く家に行こうよ」
「いや、行かないよ?!この流れではい行きます!なんてならないよ」
「残念だなぁ、僕の部屋には原寸大のピッピにんぎょうあるのに。たくさんあるから良ければあげようと思ってたんだけどなあ」
「さあ、早く行こうよ!」

ちょろ子なのよ私。原寸大のフェアリー人形くれるとか言われたら迷うことなく行くよ。
この際私のことをいろいろと知っていたことは言及すまい。世の中にはそんなことより大切なものがたくさんある。ピッピにんぎょうとかピッピにんぎょうとか、ね。もう怪しかった部分なんて1、2、3、ポカン。で忘れちゃえるから。便利な脳。

目の前の欲に踊らされた私は、この時ファイアくんがとっても悪い顔をしていたことを知る由もなかった。


(原寸大、ピッピにんぎょう!!)
(喜んでもらえて良かった)
(ほんっとうにありがとうね!今度美味しい食べ物でも奢るね。あ、でもこれどうやって持って帰ろう)
(それなら心配ないよ、ここに住むんだから)
(え?)
(え?)
(え!)
(ね?)


ーーー
タマムシデパートにて。
ストーカーファイアさん。

2016.04.03



 

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