昔、恐怖や緊張などで手が震えるシーンを小説で読んだ時、そんなことってお話の世界だけでしょ、って鼻で笑っていた私は土下座してほしい、今の私に。誰か私のこと揺さぶってる？ってくらい、手どころか全身の震えが止まらないよ私は。
私の運命を決める試験の開始まで、あと15分。番号順にあてがわれた席について面接時のシュミレーションをしているが、本当、笑っちゃうくらい体がカタカタと震える。笑えないよ。
たまたま一番後ろの席だったから良かったものの。いや良くないけれど。これが一番前の席だったなら、この醜態を同じ教室にいる受験生諸君に晒すことになっていた。緊張していること周囲にモロバレルだよ。
この戦場では味方などいない。友達はみな他の学校を受験するため私はアウェーでの戦いなのだ。視界に入るものみんな敵。こちらから少しでも不安を煽ってやりたいところだが、今の私の様子ではむしろ安心させてしまう。「あ、なんだあいつも緊張してるんだ」とか「震えてるあいつに比べればオレは大丈夫なほうか」とかね。そんなこと考えるのは私くらいかもしれないが。性格の悪さが自分にダメージを与えている。
しかしどうしようかね、このままではろくな結果にならない。どうしようもできないのだがね。なに、焦ることはないさ、無になれ自分。……いやいや、無にならずに面接のシュミレーションしないければ。いやいや、だから震えが。負のループ。
「おい、大丈夫か」
「は、はい？」
▽隣りの席の男がバトルを仕掛けてきた。
大丈夫って何が？私の頭のこと？身の程知らずにこの学校を受験するなんて頭大丈夫かってこと？ここでも私の性格の悪さがダメージを増幅させている。勘弁して私。
あと、申し訳ないけど頭で言えば隣りのこの方のほうがやばそうだよ、ツンツンとしたその髪型が。え、寝癖かな。それともバッチリセットしてきたのかな。どちらにせよ面接もあるのによくそんな髪型で来ようと思ったな。
私の性格の悪さが留まるところを知らない、自分で自分が恐ろしくなるほどに刺々しい言葉ばかりが浮かんでくるよ。受験は人を魔物にする。弁明しておくが、決して私の性格がもともと悪いわけではない。本来はとっても品の良いお嬢様だから。ハーブがお生えになりますわ。
「さっきからずっと震えてんじゃん。体調でも悪いのかよ」
「いや、そういうわけじゃ」
「でも、尋常じゃないほど震えてるだろ。寒気がするとか、」
「しません」
「無理しないほうがいいぜ。あれならオレが保健室まで送るけど」
「あの、本当大丈夫です」
尋常じゃないほど震えてる、って自分では分かっていたが改めて他者に言葉にされると屈辱的。まさか、私を動揺させて試験失敗させるつもりなの？恐ろしい人。同じ学舎を目指すものとして正々堂々戦ってほしいものである。私も人のこと言えた義理じゃない。
「でもその震え、明らかに大丈夫じゃないだろ」
「だから、これは別に体調が悪いわけじゃないし」
「じゃあ何で……あ、もしかして緊張からか？」
「は？」
「なるほどな。分かるぜ、その気持ち」
「は？」
もしかしなくても緊張からの震えって分かるでしょ。ていうか分かってたんじゃないの？……まさか嫌味とか私を陥れる戦略とかじゃなくて、本当に心の底から体調心配してくれてたの？やだ、この人ラッキーのように傷ついた人を放っておけないやさしい心を持った方なの？もしかしてこれからたまごくれる？
「オレも緊張してさ、ほら見ろよコレ。実は靴下の色、左右バラバラに履いてきちまってさ」
「それはないわ」
「お前、真顔で言うなよ。切なくなるだろ」
うっかりさんにもほどがあるよ。受験当日は家を出る前にいつもより念入りに服装頭髪チェックするし、前日に当日の持ち物や服装を確認するから靴下は間違えにくいはず。しかも靴下の長さが違うとかなら分かるが、なぜ黒とグレー。ズボンと中履きのシューズで靴下が見えないからいいものの、もしスカートだったら一発アウトだ。ズボンでよかったね。
「ま、いっか。震えも止まったみたいだしな」
「え？」
……言われてみれば、確かにいつの間にか震えがおさまっている。この人と会話をすることでリラックスできたのか。おかげで落ち着いて試験に臨めそうだ。……まさか、ラッキーのようにやさしいこの人はこれが狙いで？
「それじゃ、お互い頑張ろうぜ」
「あ、あの」
「ん？」
「ありがとう。あなたと話すことで震え止まった。……試験、頑張ろうね」
「あぁ」
二カッと笑ったその笑顔に不覚にもときめいてしまった。この人と一緒にこの学校に通えたらいいなーなんて。ちょろすぎないかな私。
試験開始まであと10分。隣りの席をちらりと見て、私は最終確認を始める。
なんとしてでもこの手で合格をGETしてみせる。
(えっと、クラスは……)
(なあ、もしかして受験の時震えてた奴？)
(は？あ、あの時のラッキー！)
(ラッキー？)
2013.02.03