大切な君

Aランク任務を終え、疲労からふらつく足取りで漸く帰ってきた。任務でここまで疲れたのではなく、あの堕王子と一緒だったからこんなにもグロッキーなのだ。Sランク任務並の疲労感。絶対ミー一人でやった方が効率良かった。堕王子だけ減給して、その減らした分をミーに回してくれないだろうか。
そんなことを悶々と考えながら、疲れた体に鞭打って大広間へ向かう。早くこの疲れを癒したい。
ふと頭に浮かんだ顔に少し口元が緩む。ミーが戻ったら笑顔で向かえてくれるであろうその人物に癒してもらおう。
いくらか軽くなった足取りでたどり着いた大広間。扉をあけ部屋に入ると先刻頭に思い浮かべた人物がソファに腰掛けていた。

「あ、フラン兄おかえり」

ミーの姿に気付き携帯を触る手を止めて、ふにゃりとした笑顔を向けてくるミーの妹、さくら。それは思い浮かべた笑顔の何十倍もかわいらしくて、疲れなんて一瞬で吹き飛んだ。

「ただいまかえりましたー」
「お疲れ様」
「本当に疲れましたよー。どっかの堕王子のせいでー」

ミーは愚痴を零しながらソファの後ろに立ち、優しくさくらを抱き締める。シャンプーの香りか洗剤の香りか、はたまたさくらから溢れ出るフェロモンだろうか。ふわりと甘い匂いが鼻をかすめた。

「フラン兄、今お腹空いてる?」
「めちゃくちゃ空いてますー」
「あ、本当?ケーキ焼いたのがあるから持ってくるよ」

なるほど、甘い香りはケーキを作っている時にうつったのか。そうじゃなくても、花のようにかわいらしいさくらなのだから甘い香りのフェロモンも出ていそうだが。そんな可憐な花にたくさん寄ってくる虫が多いのも事実である。そんな虫は片っ端から叩き落としているが、目の前の彼女はきっとそんなことは知らない。
さくらはミーのためにケーキを取りに行こうとソファから立ち上がろうとするが、ミーが抱き付いているので立ち上がれず、少し上げた腰もすぐにソファへと沈む。

「フラン兄ちょっと放して。ケーキ取りにいけないから」
「嫌ですー。ミーはケーキ食べるより、さくらに抱き付いてる方がいいんですよー」
「いや、私じゃお腹を満たすことはできないじゃない」
「心が満たされますー」

そう言うとこれまで立ちあがろうと粘っていたさくらは諦めたように溜め息をつき、力を抜いた。お腹は確かに空いているが、誰にも邪魔されずさくらとゆっくりできる時間のほうが大切だ。どうせもう少ししたら同じように腹をすかせた駄王子も来るだろうし、その他もゾロゾロとこちらへ集まるに違いない。

「フラン兄、ずっと立ったままじゃしんどいでしょ。隣に座りなよ」

疲れているミーを気遣い、虫も殺したことなどなさそうな薄ピンクの柔らかな手で自身の座っている横をぽんぽんと叩き、座るよう促してくれる。
本当、その可愛らしい手で何人も手にかけているなんて想像もできない。そもそもこんなに優しく愛らしい子がヴァリアーにいるなんて誰が想像できるだろうか。身内贔屓無しにしてもさくらは容姿が良く、成績も優秀で、あらゆる面で評価は高い。

「そうしますー」

ミーはさくらの隣りに腰掛け、そのまま横になりさくらの太ももに頭を乗せる。さくらの顔を見上げると、こてんと首を傾げた。

「フラン兄、寝るんだったら部屋でゆっくり寝てきなよ。このままだと首こるよ」
「疲れて動けませんよー。それに、さくらの太ももは柔らかいので大丈夫ですよー」
「肉付きがいいって言いたいのかな。失礼だね」

兄妹なので当然だろうが、今のミーの言葉に下心が含まれてるなんて爪の先程も思っていないようだ。勿論ミーもやましいことなど一つも考えてはいないが、それにしてももう少し慌てるだとか嫌がるだとか、何かアクションを起こしてもいいものだが。ミーに対してだけならいいが、他の男にもこんな態度で接してはいないだろうか。

「さくらはもっと危機感持った方がいいですよー」
「何突然。命の危機ならいつも感じてるけど。いや、殺されるなんてそんなヘマはしないけどね」
「ミーはそんなこと言ってるんじゃなくて、男に対する接し方のことを言ってるんですよー」
「それこそ唐突だね。フラン兄は心配性だな」
「可愛い妹を心配しない兄なんていませんよー。変な男連れてきたら許しませんからー。堕王子みたいなのとかー」

というか暫くは男なんて寄り付かせない。さくらはまだミーの側に居ればいい。こんなに可愛い妹をどこの馬の骨かも分からない男になんて渡せない。渡すつもりもない。
そもそもミーよりかっこよくて強くて優しくて経済力のある男でなければ許さないので。そんな男いないけどな。

「大丈夫だよ」
「全く大丈夫な要素ないんですけどー」
「だって変な男からはフラン兄が守ってくれるんでしょ」

にこり、というよりにやりと笑いながらそう言うさくら。なるほど、よく分かっている。この様子ならミーが虫を叩き落としているのもきっと知っていたのだろう。聡い妹だ。

「勿論ですよー」

さくらの言う通り、暫くはミーがこの笑顔を守る。どんな輩も撃退してやりますから、安心してミーに守られててくださいね。

(さくらはミーのたった一人の大切な大切な妹ですからねー)
(簡単には放してやりませんよー)


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一万打企画のフリリク作品

2012.07.16

 
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