ずる賢さに定評のある



リビングから顔を出し、廊下をキョロキョロと見渡す。よし、奴らはここにはいない。恐らく自室であろう。
できるだけ足音を立てないよう、気配を殺し、すすすと玄関に向かう。私は宇宙の一部であり宇宙は私の一部だ。だから大丈夫、気づかれていない。あれ、これ見つかるフラグじゃないか?
ピンクのパンプスに足を入れ、心の中だけでいってきますとつぶやく。

「あれ、さくら」

ミッション、失敗だドン!!
玄関に手をかけたところで見つかってしまった。いつの間に降りてきたんだこのやろう。もっとしっかり足音を立ててよこのやろう。お前も宇宙の一部なの?それとも鍵開けのキャサリンなの?

「今日は一段とかわいいね」
「ありがとう」
「どこか行くの?」
「うん、ちょっとショッピングに」
「いいなー!俺も行く!」
「あー、今日は友達と行くから、また今度ね!」
「ちぇっ。ところでさくら、今日は一段と可愛いね」
「そんなに何回も言わなくても。恥ずかしいから」
「でも本当のことだぜ?で、そんなにおめかししてどこに行くの?」
「だからショッピングに」
「ふんふん、誰と?」
「……さっきも言ったけど、友達とだよ?」
「さくらはさ、いつも俺らにひっついてきて、従順でとってもかわいい妹だよ。だから俺らに嘘なんてつかないし、これまでついてこなかったからつけないんだよねー。さくら、焦ってるときいつも手遊びしてるけど、今も焦ってる?」
「えっ、あ、えっ」
「誰と遊びに行くのかなー?」

家族のことは、長いこと一緒に住んでいるからしてお互いよく知っている。しかも私は兄たちの背中をぴょこぴょこと追いかけ回していたので、兄たちはお母さんお父さん、ましては私自身より私のことに詳しい。だから焦ってる時の私の知られざる癖なんかも兄は知っているわけで。そして、私がこれからショッピングに行く相手が友達ではない、ということまでお見通しなのだろう。厄介な兄である。これが十四松お兄ちゃんなら何も疑問を抱かずいってらっしゃーい!と素振りしながら元気に見送ってくれたのに。
だが、幸いなことに今の敵は一人だ。こういうときに関わりたくない兄ナンバーワンの長男であるおそ松お兄ちゃんが立ちふさがっているのは中々に苦しくはあるが、いつもは6人を同時にいなしているのだ。一人の兄など恐るるにたらない。兄が私のことをよく理解していると同時に、私だって兄たちのことは理解しているつもりだ。そう、だから……。

「おそ松お兄ちゃん、私今日、新しい入浴剤買ってこようと思ってるんだ。ラメの入ったやつでね、ずっと気になってたの。でもせっかくラメ入りなら、一人で入って楽しむより、誰か一緒に入って共感できる人がいる方がいいんだけど……。ねぇお兄ちゃん、私の言いたいこと、伝わったよね?」

ごくりと生唾を飲む音が聞こえる。恐らくお兄ちゃんの頭の中では、私のショッピングの相手を洗いざらい聞き出すことと、一緒にお風呂に入ることとが天秤に掛けられているのだろう。
基本的に銭湯を利用する私たちだが、入浴剤を使いたいとき、ゆっくりしたいときなんかは家のお風呂を使う。大人二人がギリギリ入るくらいのお風呂だから、他の五人は必然的に入ってこれない。確実に二人きりの空間ができる。重度のシスコンである兄がこんな美味しい話を断るわけがない。そう、兄の天秤は欲望に忠実なのだ。

「まぁ、そういうことなら仕方ないよなうんうん。ただし、早めに帰ってこいよ!」

ちょろい、ちょろいぜ長男。所詮奴も男よの。
妹とお風呂に入ることを望む兄を想像するとまぁ正直、うん。ちょっと気持ち悪いが、童貞だから仕方ないと温かい心で受容してあげよう。
風俗とかに行かないあたりは好印象だけどね。いや、それも金がないだけか。でも妹に興奮するのはやっぱりよくないと思う。これは他の兄にも通ずることだが。特に四男の一松お兄ちゃん、私が着替え中に部屋に入ってきた時、「あ、ごめん」って言いながらジーっとガン見してくるからね。無表情で見るな。目をそらせ。さっさと部屋から去れ。
まぁそんなことはどうでもいい。兎にも角にも私は何とかこの危機的状況を脱したのだ。これで安心して出かけられる。あばよ、ニートたち。

「わかった。それじゃあいってくるね。口裏合わすのよろしくね、おそ松お兄ちゃん」

鼻歌交じりに家を出る。ああ干渉されないってすばらしい。
この時、初デートに心浮かれた私は、六子が史上最悪の悪魔であることをすっかり忘れていたのだ。アーメン。



「さくらが今日出かけるらしいぜ、恐らく男と」
「ちょ、何でおそ松兄さん止めてくれなかったの!!」
「俺嫌われたくないしー?」
「そんなことより早く着いていこうよ」
「フッ、そうだな一松。俺たちのエンジェルであるさくらを、」
「あ、さくら見失っちゃう、はやくはやくー」
「それじゃ行こうぜ、さくらのナイトとして!」


ずる賢さに定評のある長男?
違うって、お兄ちゃんだからみんなの気持ちが分かるだけ!



(ただいま)
(おかえり、さくら)
(あれ、他のお兄ちゃんは?)
(銭湯に追いやってきた)
(さすがおそ松お兄ちゃん。準備早いね)
(へへ、まぁな。それよりどうかしたの?なんか暗いけど)
(うん。ちょっと)
(悩みや悲しいことあったなら、お兄ちゃんが聞いてやるよ。今ならお兄ちゃんの胸も貸しちゃうよ?)
(ありがと。……あのね、初めてのデートだったんだけどね、帰りにフラれちゃったよ)
(よしよし。こんな可愛いさくらをフるなんてそいつは見る目ねぇなぁ)
(私の何が悪かったのかなあ)
(さくらは何も悪くないって!お兄ちゃんが保証する。なんてったって俺の自慢の妹だからな)
(うっ、お兄ちゃんだいすきいい!!)
(よしよし、知ってる。俺もさくらが好きだよ。よし、風呂でたくさん愚痴きいてやるから、ほら、入ろうぜ。早く涙洗い流さないと明日目が腫れるぞ)
(うん。ありがとう、お兄ちゃん)
(いいってことよ)

((俺の一人勝ちだな。さすがみんなのお兄ちゃん))


2016.05.02



 

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