嵐のような観客の拍手と共に降りてくる幕。その幕が完全に閉ざされる直前まで、ステージの上でライトに照らされながら共演者の手と手を繋いだ両腕を上げるナマエをじっと見つめていた。目が離せなかった。
「お疲れ、ナマエ」
「──ありがと」
演劇科の披露会が終わってもおれは自分の家には帰らず、ナマエの家に上がらせてもらって彼の帰りを待っていた。今日は一度も会話してないから。
帰ってきたナマエはおれがいるとは思わなかったのか、目を瞬かせて動かしていた足の動きを止めていた。しかしそれも一瞬のことで、状況を把握したのかゆるりと笑ってソファに座るおれの隣に来る。その拍子にナマエが片手に持っていた紙袋から軽い音がした。中身は見えないが大方検討はつく。
「すごい量だなぁ。ファンから?」
「うん、まあ。いやでも、アイドル科の方が貰うでしょ。おまけになずなはValkyrieだし」
「……へへ、まーな」
その言葉に一瞬声が詰まってしまった。何とか咄嗟に、転げ落ちたと表現するのが正しいような肯定の返事で何とも思われなかったが、どくどくと心臓の音が少し早くなっていて不快だった。
演劇科の中でもミュージカル専攻の道を進んだナマエを見ていると段々羨ましくなっている自分がいた。
「(あんな風に、ステージの上で綺麗に笑えたなら。お腹から声を出して歌えたのなら。……あんな風に、客や周りを見て巧みなアドリブが入れられたら)」
自分の活動だって辛い事ばかりではない、楽しいことだってある。けれどあまり良くない方にばかり目が行ってしまって、胸の中のモヤモヤがとれない。だっておれ、何のためにアイドルになろうとしたんだ。今のユニットは本当にその夢を叶えられそうなのか。分からなくて、でもユニットを抜けるという選択はその先どうするのかという質問で躊躇してしまう。雁字搦めのような心境と状況に溜息が出る。……最悪だ、ナマエがステージに上がった後だというのに。思わず溜息をなかったことにしたくて、言う言葉もまとまってないのに焦って口を開いてしまう。
「しゅ……凄かったよ。なんていうか……見蕩れた。別人みたいらったもんナマエ。メイクや演技もそうだし、しょれに歌だって。練習で聴いてた筈らのに何でかな、初めて聴いたような気になって。……目が、離せなかっら。ナマエの舞台見るの初めれでもないのにな」
へへへ、と笑ってから少し冷静になった頭で思う。あれなんか直球で言い過ぎじゃね?? 思ったことをとにかく何も考えずに言ってったんだけど、やっぱちゃんと心に秘めとくものと選別すればよかった…! 恥ずかしい…! ナマエもファンからの手紙や差し入れを物色していた手を止めてこっちをポカンと見てるし。頼むからこっちを気にせず手を動かしてくれ恥ずかしい。
「え、なに。照れる」
「……おれも自分で言ってて照れりゅ……!」
「なずなはかわいいねぇ」
「うぐ……」
顔色一つ変えないナマエに何だか敗北感。そういえば、コイツの表情が崩れるところをあまり見たことがない。驚いたり、きょとんとした顔は割と見るけど、順応力が高いのかその表情もすぐに引っ込む。
中々冷めない頬の熱にむーっと唸っていれば、ナマエはこっちの顔を覗き込んできた。……ああ、きれいだ。お師さんはおれのことを人形とよく形容するけど、ナマエだって十二分にドールにありそうな顔立ちだ。ていうか、ありそうというか、前にふと思い立って検索したらナマエを彷彿させるような顔のドールあったし。……こんな見目だし、今からでもアイドル科に来ないかなぁ。高校生になってから何だか思ったよりナマエと距離が離れたような気が、する。学科が違うって、結構な距離だったんだなぁ。
「なずな」
「ぁ……にゃ、に」
ナマエの顔をぼうっと見ていると、ナマエはおれの頬に手を当ててきた。まるで繊細なものを扱うかのような手つきに心臓が跳ね、落ち着いてきた熱がぶり返したような気がしてナマエから顔を逸らす。なんだこれ。
「羨ましかった?」
「──っ」
ナマエ相手に何故か感じるよく分からない緊張感をどうやり過ごそうかとあまり回ってくれない頭で考えているところに、まるで冷や水のような言葉が降ってきた。その言葉を浴びたおれは持て余していた熱ごと思考がリセットされる。ほぼ無意識にナマエの顔を見ればそこには責めるような雰囲気はなく、けれど何故か寧ろそんな風でいられる方が泣きたくなってきた。……きっとこれから言われる言葉が何となく分かっていたからだろう。
「ステージからだとさ、観客の顔って本当に思ったより見えるものなんだね。歌ってる時になずなを見つけたよ」
「……」
「芝居を楽しんでくれてるようで安心した。……でも一瞬さ、」
羨ましがるような顔してたよ、と言うナマエに心臓の音が嫌な風に鳴る。反射的にValkyrieの二人の顔を思い出してしまい、そんな自分を心の中で殴った。この話題は息苦しくて、笑い話にでもしながら逸らしたくて、羨ましいってなんらよ〜と噛みつつも努めて軽い口調で言えばナマエは、ん〜? とちょっと考えるそぶりを見せた。そして、
「暗い表情だけど苦しそうな、でも決して哀愁的ではない顔。獣が獲物を狙っている時のような」
なんて、キチンと言葉にして返してきたナマエに、笑い話にしたかったのにマジレスしてきたことへの憤りもスルーして唇をきゅっと結んだ。そうでもしなければ思いもよらない言葉が出てしまいそうだったから。
「アイドル科、楽しい?」
「う、ん」
「……そっか」
核心的なことを言ってきたくせに、思ったよりずっと追求してこないナマエに何故かやりきれないような気持ちになる。自分が何をしたいのかまとまっていない癖に。
おれはこれからどうすればいいんだろう。以前までと同じでお師さんの言いつけ通りにするのだろうか。でもそれでは──とぐるぐる考えていれば、ナマエの手が後頭部に回ってそのまま撫でられる。親が子にするような、そのひどく優しい手つきに不覚にも泣きそうになった。
「なずな、俺はお前が何をやろうとしても否定しないよ」
ああ、そんなことを言われてしまったら。