朝練から教室に戻る途中、今まで気にもしなかったが美術室があったらしい。何故全く気にしてなかった存在に気付いたかと言えば、開け放たれた入口の先にナマエがいたからだ。彼は部屋の中で脚立に座っており、スケッチブックと鉛筆を片手に何かをじっと見ている。
「……」
その横顔があまりにも真剣で、少しの間近づくのも話しかけるのも躊躇されてたが、数秒経ったら自然と片足が前に動いていた。
「あれ、高瀬」
「よお」
「おはよー」
こちらに気付いたナマエは脚立に座ったままゆるゆると笑う。先程までナマエの視線の先にあったものを見れば、そこには教室の横幅を三分の二弱ほども占める巨大なキャンバスがあった。まずその大きさに驚いたし、その大きさのインパクトに劣らない絵があることに感嘆した。
「え、これナマエが描いたの」
「そー」
「えぇ、マジで?」
「マジマジ。まだすっげー途中だけど」
下塗りやっと終わったとこ、と苦笑するナマエに目を瞬かせることしかできなかった。美術部員だということは知っていたが、唯一見た彼の絵──もはや絵と言っていいのか謎だが──がノートの隅に描かれた落書きの猫なのだからこう、ギャップみたいな何かを感じたのだ。
「一年でもこんなでけー作品描くんだなぁ」
「俺はまぁ、絵は昔からやってたから。本当はこういうの中学の時やってみたかったんだけど、できなかったからさ。顧問に頼んだら許可貰えてよかった」
いつの間にか立っていたナマエは脚立を畳んで片していた。振り返ると顔は苦笑いを浮かべており、お陰で財布の中がピンチだけど、と呟いた。
「こういうのっていくらくらいするもんなの」
「えー……うーん……」
「?」
「……」
どこかバツの悪そうな顔をするナマエに首を傾げれば、ちょいちょいと手招きされた。逆らわずに近づけば、ナマエは内緒話をするように片手を口元に添える。
「──万円」
「え、ハァッ!!?」
聞こえてきた金額に隠しもせず驚けば、彼は居心地悪そうな顔をしながら人差し指で頬を掻いていた。
「よく出せたな」
「親に大分出してもらった。すっげー微妙な顔されたけど」
「それはまぁ」
仕方ないのでは、と言おうとしたが、ふと視界に入ったナマエの顔が再び俺が教室に入る前のものと同じになって言葉が引っ込んだ。
「ま、そういう方がより一層真剣に取り掛かれるからいいや」
「……追い込み?」
「そんな感じ」
「Mなの?」
「違ぇよ馬鹿」
ナマエが自分で持ってきたであろうスケッチブックやら画材やらをまとめながら笑う。画材も机に出していたが、使わなかったのかその手は普段通り白かった。