「純粋な想像力にかなう人生なんてない。そこで君は自由になれる。もし心から望み、抱き続ければ」

 シルクハットを被り、道化めいた化粧が施されたナマエが歌う。おれに新しい道を示してくれた奇人の一人である彼もこの舞台を見ているのだろうか。前に、多分演劇繋がりでナマエを知っているようなことを言っていたから、もしかしたら見ているかもしれない。そんなことを頭の片隅で思いながら、どこかぼんやりした気分でステージを見た。集中していないわけじゃない。寧ろ、どこか痛いくらい台詞や歌が耳に入りすぎている。ナマエのステッキ一振りで夢のように展開される舞台に、歌に、どうしようもなく泣きたくなった。





 もう自分がどう思おうとも時間なんて戻らないから。切ってしまったものは仕方ないから。特に後ろめたい気持ちなんてないけれど、どこか自棄になった気分になりながら腰に手を当てて仁王立ちした。

「……」
「……」

 目の前にいる、劇の練習の為に休日返上で学校に行って帰ってきたナマエはぱちくりと目を瞬かせた。おれの顔を見て、次いでほんの少し目線を動かす。多分、髪を見ているのだろう。

「……大分切ったねえ」

 おれを見て、ただただ事実だけを言ったナマエ。何だかやっぱり恥ずかしくなって、似合わなかったかと不安になって、慣れない項の清涼感に思わずアシンメトリーになったサイドの髪の長い方を人さし指にくるくると巻きつけてやり過ごした。

「……似合わない?」

 別にナマエの為に髪を切ったわけではない。ないけれど、似合わないと思われたら少し……結構…………大分、ショックだ。ナマエのことだからそんなことないと思いつつ、不安でたまらない。こんなに俺は女々しかっただろうか。

「まさか。似合ってる、かわいい」

 しかし案の定と言うべきか、杞憂だったようだ。にっこり、と擬音が聞こえてきそうなくらいの笑みを浮かべたナマエを見て、少し緊張していた体の力が抜ける。ああ、これなら言えそうだ。

「ナマエ」
「ん?」
「今度、紹介したい子達がいるんだ」

 頭に浮かぶ三人の後輩の顔を思うと、何故だか不思議と笑顔になってくる。きっと、嬉しいから。きっと、期待しているから。

「新しくできた、一年生だけのユニットを手伝うことになったんだ。その子達なんだけど──」

 次にナマエと休みが被るのはいつだろう。どこで会おう、学校もいいけど学外で遊びながら会わせてもいいかもしれないな、なんて思いながらナマエにユニットの子達を紹介すれば不意にぽん、と頭に手が乗った。ナマエはさっきと変わらず笑っている。

「良い子達と出会ったんだな」
「……ん」
「冬前くらいからすっげー暗い顔ばっかしてたからさ。なんか言おうと思ったけど、踏み込まれたくない部分だったらって思うと中々聞けなくて」

 やっぱ離れると色々変わって駄目だな、と眉を下げて笑うナマエに目を見張った。たった学科を別にしただけのことで離れたと思ったのは自分だけだと思っていた。高校入試の前、そしてその後もナマエは何でもないかのように振る舞っていたから。……何だ。

「臆病になった。なずながすごく悩んでいることに気付いてたのに、何も言ってあげられなかった。前までだったらずっと一緒にいたから、自然と原因も分かって色々できたのに」
「おれは、ナマエがおれを否定しないっていうだけで、おれの側にいてくれただけで、それだけで救われてた」

 ナマエもこんな風に思っていたのか。不謹慎かもしれない、でも嬉しい。ずっと自分だけがナマエに焦がれていたのだと思っていたから。寂しく思ったり、時には焦燥しながら。
 とか考えていると、頭に乗っていたナマエの手は退かされた。頭で感じていた体温が無くなって、そっとナマエの方を見る。彼は少し俯いていた。

「……俺は多分ね、なずなが本当に欲しいと思ってる言葉はあげられないよ。……あげられなかった。好きな子は傷ついてほしくないし、もし自分の言葉で傷ついてしまうと予想できたら、多分大事なことさえそのままの言葉を直球でなんて伝えてあげられない。遠回しの、伝わってるかどうか危ういものになる」
「……」

 ああ、それ、おれからしたら殺し文句に聞こえる。ナマエは申し訳なさそうな、後ろめたさを感じるような表情をしてるけど。まあ実際、気にくわないところはあるけど。

「ばかだな」

 俯いてたナマエが顔を上げた。その頬に左右それぞれ手を添える。そして引っ張った。

「おれ、お前と同い年なんですけど!? 幼馴染なんですけど!!? 何で今更遠慮なんかするんだよ、これ以上距離とる気にゃ!? ……か!!?」
「ひたたたたっ!? ひょ、待っひぇ、いひゃい……!」

 あまり加減とか考えず適当に引っ張ったら相当痛かったのか、秒でナマエはおれの手首を掴んできた。別にそんな痛めつけたい訳ではなかったので離す。

「気を遣ってくれるのは嬉しい。でも、その所為で言いたいことを言い合える仲じゃなくなるのは嫌だ。おれは、ナマエがおれを否定しないだけで、……拒絶しないで、これ以上離れてかないで…………隣にいてくれるなら。……それだけで、いい」

 言っているうちに段々と恥ずかしくなってきて顔は暑くなるし、それに比例して声は小さくなっていった。それでも伝わったのか、ナマエは一回瞬きしたあと顔も耳もじんわりと赤く染めていった。

「(ああ、初めて見た。そんな顔)」

 これも離れたお陰か、と思ったらやっとナマエを前にして離れて良かったと言葉にして思えるようになった。……かも。

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