自覚したとき真っ先に思ったのは「ばぁちゃんごめん」だった。
 好きな人ができた。相手は男だった。

「ナマエまた寝てたんか」
「ん? あー……昨日夜更かしてもうてな」
「ほどほどにせぇよ」

 ナマエの顔に薄っすらと浮かぶ隈に呆れつつ、威力は全くあらへんけど叩くようにしてノートを頭に置く。コイツがさっきの授業中すよすよと寝ていたのは後ろの席である俺が一番分かっとる。

「北お前神か……」
「人間や」

 いつもとさして変わらない軽口に返事をしながら次の授業の準備をする。目の前のナマエは制服のポケットを漁っとった。じっとその様子を見ていれば、目の前に膨らんだ飴の包み紙がずいっと差し出される。

「ほい、飴ちゃん」

 何も言わず片手を出せば、そこにポトリと落とされる飴。この飴を貰うのは何度目やろか。……何回も貰っている筈やのに、今回も特別に見えるのは何でやろか。

「ありがとなぁ、ノート」

 ナマエは俺の事をどう思ってるんやろうか。ちゃんと良い友人ポジションに置いてくれてるやろうか。あわよくば親友とかいうものになれてたらええのやけど。いやでも、良く思われたくて今までせっせと世話焼いたりしとったけど、それの所為でただの便利な奴としか思われてないかもしれへん、と冷静な部分の自分が言う。

「(でも便利な奴と思われてええから近くにいてほしい)」

 とんだ女々しい思考を持つ自分に苦笑する。苦笑しつつも卑下することはできひんのは自分への甘えやろうか。だって、これ以上の距離の詰め方が分からへん。間違うても告白なんかできん。やって、気持ち悪いやろ。友人だと思ってた同性の奴から告白されるんやぞ。キスしたいとか、そんなこと思われてるんやぞ。俺だってナマエ以外と、なんて考えただけでも気色悪いわ。
 この“好き”が口を閉ざすだけで済む簡単な話なら、最初からこんな悩まへんねん。そんな簡単な話じゃあらへんからこないに苦しいんや。やって、授業ノートのお礼で貰った飴玉一つが宝物にしたいくらいとても特別なものに見えるんやぞ。同性の奴に今まで一緒にいたいとか思わへんかったのに、それが打って変わって誰よりも隣にいたくて、いざ今みたく隣にいたら心臓がきゅーっと締めつけられるようなって、締めつけられたそばから熱くなって、心地良さより違和感の方が強いのに、どうしようもなくその感覚に焦がれて。実りたいと、付き合える可能性なんかほぼ無いって分かってる筈やのに、それでも添い遂げたいと自制できず勝手に願ってしまって。例えるなら、暴れ狂う猛獣を飼っているようで、それは口を閉ざすくらいじゃ鎮まらん。いつこの猛獣が口から飛び出してナマエに突っ込まないかと冷や冷やする。

「……ナマエ」
「んー?」
「来週練習試合あるんやけど、来ん?」
「え、行く行く」
「ほな、また連絡するわ」
「待っとるで〜」

 “ちゃんと”恋するってどういうことなんやろな。分からん。ああ、ばぁちゃんごめんな。コイツを忘れん限り、結婚なんて到底できそうにないわ。


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