宮侑と治にはナマエという幼馴染がいた。小学校からの付き合いで、家は車で十分少しと子どもからしたら微妙に離れてたが、二人はしょっちゅうナマエと遊んだ。その内双子の二人はバレーをやり始めたので一緒にいる時間は減ったが、それでも平日でナマエと話さない日は無かった。
 そう、三人は他の友人より誰より一緒にいた。しかし、ナマエは一卵性の双子である二人の見分けが一向についていなかった。一緒にいる時間が長いと言っても顔はほぼ寸分違わず一致しているし、性格も言うほど変わるところはない。なのでいくら幼馴染といえどナマエが双子の見分けがつかないことを悪いとは一概に言えないところもあった。

「ナマエ」
「なに?」
「俺はどっちでしょーか」
「うーん…………侑」

 そのことに侑は特に不快感だとか嫌悪感だとか、嫌な気持ちはなかった。また間違ってやがる、と笑うくらいだった。しかし、

「ッ俺は弟の方じゃボケーーッ!! また髪の分け目しか見てなかったやろ!!! いい加減分かれ!!!」
「いや本当すまんて。堪忍な」

 治にとってはそれが本当に、本っっっっっっ当に、心の底からこれ以上無いと思うくらい嫌で不快に思っていたのだった。
 数年後の話だが、染髪をする時ですら「染めることによって侑と見分けはつきやすくなるけど、見分ける判断材料が髪色だけになるんだろう」と思うととてつもなく悔しい気分になって地団駄を踏んだ。その頃の治を侑は、あれがまさしく思春期なのだと確信した。

「……」
「……何見てんねん」
「いや……お前らと付き合うのも長いけど、治はここだけ侑とごっつ違うとるよなーって。侑はどっちか間違えたって鼻で笑うだけやのに」

 アイツ毎回鼻で笑うとか酷すぎひん? とナマエは首を傾げたが、治からしたらお前のが酷いんじゃボケと言いたかった。言った。

「治も治で酷いんよな……。あれ、でもお前、他の奴が間違えてもこんなに怒鳴らなかったよな? 何でや、イジメか」
「……」

 ナマエは治にジトリとした目を向けたが、治はその数倍の冷たさを放つ目で見返した。

「今更かい」
「え」
「ほんっっま今更そこに気付くとか自分何なん?? 鈍感か?? あんなぁ鈍感っちゅーのは漫画とかだから可愛く見えるだけで、現実は砂の粒ほども可愛くないんやからな! イライラするだけやかんな!」
「え、酷い」
「どっちが!!」

 ていうか俺そんなに鈍いか? とマイペースに首を傾げるナマエに治はまたふつふつと沸き上がるものがあった。

 以前どうしてナマエにこんなに苛つかなければならないのかと治が悩んだ時期があったが、そんな時期は一瞬で終わった。侑の言葉によって。

「お前そんなにナマエに分かってほしいんならさっさと告ればええんちゃう」
「は……? 告……? え、気持ち悪」
「はー!? そっちのが気持ち悪いんじゃボケ!!! いつまでもウジウジと! ナマエが自分に気付いてもらえないだけでカリカリしよって! 面倒くさい女子かっちゅーの」

 ブツブツと未だに小言を呟く侑に治はツッコミ所が多すぎて一瞬言葉を失ったが、困惑のなか一番の疑問を口にすることにした。

「何でナマエに告ることで分かってもらえるん」

 ちゅーか告るってなんやねん、と治は言いながら首を傾げるどころか頭を抱えた。

「それはあれや。よく言うやろ、愛の力っちゅーやつでナマエも俺達を見分けられるかもしれへんやん」
「……」

 ドヤ顔を披露した侑に治は、こいつはどうしてたまに底抜けにアホになるんやろか、と思いながら可哀想なものを見る目で見た。

「愛だとか告るだとか以前に、俺はナマエのこと好きちゃうし。ちゅーか俺ら男同士や、ツムお前頭大丈夫か???」
「しばくぞボケ」

 治の目線に込められた感情に気付いた侑は鬱陶しそうに顔を顰めた。しかしそれは数秒だけのことで、すぐにニヤリと口角を上げる。

「ナマエに見分けられることに執着するところとか、あと、お前昨日もナマエの家に行ったやろ。学校行けば簡単に会えるっちゅーのに熱心やなぁ」
「……は」

 ケラケラと笑いながら「俺は何でも知っとるで」とのたまう侑に治は漫画のように顔色を青くさせていった。笑っていた侑もそれに気付くとピタリと揶揄うのをやめ、首を傾げた。

「なんや、気付いてなかったんかいな。自分めっちゃ分かりやすかったで。まぁ同性やから周りもナマエも気付いてへんと思うけどな」

 そして再び笑い、おまけに背中をバシバシと結構な威力で叩いてきたが、治は何も言えなかったし、咄嗟の否定すらもできなかった。
 まさか幼馴染の男に惚れていたなんて、それを自分ではない人から教えられて気付くなんて、思いもしなかった。

「……ほんま酷い奴やな」

 そんなやりとりが以前あったのだ。侑と比べたら確かにナマエとの付き合いは若干遅いが、若干だけだ。侑みたいに察してくれればいいものを、と道理が通らないものと分かりつつ、そんなどうしようもない気持ちをナマエにぶつけた。

「(こうやって頻繁に家に押しかけてるのに気付かないなんて、酷い奴。見分けつかないことにナマエにだけこんな怒るのも、ちょっと考えてくれればええのに。酷い奴。…………)」

 一応好きな奴をこんな風にしか考えられないなんて、俺こいつ以上に酷い奴やな、と治は自己嫌悪した。

「……ほんまナマエ、あほ」
「なんやねん酷いなぁ」
「……」

 せやで、と治は心の中で呟いた。しかしそれを正直に伝える訳にもいかず、治はナマエの頬を手で伸ばすことで答えを有耶無耶にした。


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