下校時刻、全ての部活も委員会も活動が終わって生徒がまばらな中、ずん、と効果音が聞こえてきそうなくらい重く、暗く、湿っぽい空気がとある教室の一角に流れていた。その淀んだ空気の真ん中で机に突っ伏し、先ほどから大きな溜息を繰り返し吐いている国見は内心べしょべしょと泣いていた。
「お疲れー。なんかきのこ生えそうだけど大丈夫そ?」
「……………………ぉっ」
「声小っさ」
国見から漂う重苦しい空気を意に介さず、委員会から戻ったナマエは国見の蚊の鳴くような声にからからと笑って国見の机に腕を置きながらしゃがんだ。国見の顔がのそりとナマエの方へと向けられたのでその顔を見つめる。某しわしわの電気ねずみのような風貌のそれにナマエはまた一つ笑いを零した。
「今日ずっとそんな感じじゃん」
「…………昨日の夜やりとりしたでしょ」
その言葉にナマエは昨夜の国見とのトーク画面を思い出し、彼の様子に思い当たった。納得したような声を出すナマエに国見は深い溜息をまた零す。その重苦しい溜息は今日一日で二桁はゆうに超えていた。
「強化合宿なんて凄いじゃん」
「ウン……」
「頑張れ〜」
明朗ささえ感じるナマエの様子に国見は口を少し尖らせ、ジッといじらしい目線を向けた。
「……俺だけ?」
「うん?」
「デート楽しみにしてたの、俺だけ?」
「デートて」
十二月七日。祝日で休校、バレー部も体育館の点検とのことでオフとなった日にナマエと国見は二人で出掛ける予定を立てていた。久々に月曜以外でも長く二人でいられる、と心が躍っていた国見だったが、先日自分に話が舞い込んできた県内疑似ユース合宿によってその話は流れてしまった。なにかミラクルが起きて合宿の方が流れないかと中々に罰当たりな内容を天に祈っていた国見だったが、その願いは終ぞ叶わず。昨夜その旨をメッセージアプリでナマエに渋々送ったのだった。
自分はこんなにもショックだというのに。ダメージなんてミリも受けて無さそうなナマエに国見はまた机へと突っ伏した。
「また月曜遊べばいいし」
「そうだけどそうじゃない。ばか」
「すごい不貞腐れるじゃん」
「おれが傷心中だっていうのに、合宿で寒いのに汗かいて疲れてヘトヘトになってる中ナマエは温かい部屋で炬燵入ってぬくぬく過ごすんでしょ」
じっとりとナマエを睨みながら恨み言のように呟いていく国見にナマエは苦笑いを浮かべ、部活後で湿っている国見の髪を指先で遊びながら口を開いた。
「もうすぐ冬休みだからさ、休み中にどっか行こ」
「えっ」
「あ、部活で忙しいか。一日くらい休みない?」
「は?? あるけど。行きますけど」
「キレ気味の即答どうもね」
それじゃ七日のリベンジはまた今度ということで、とナマエは立ち上がって自分のロッカーへ向かった。そろそろ帰らないと先生に見つかったら怒られそうだな、と呑気に考えながらコートを着始める。すぐに予定埋めなおしてくれるの好、とか何とか思いながらけろりと機嫌を変えて国見はポーカーフェイスで突っ伏していた体を起こし、ナマエのコートの首元と袖を持って着るのを助けた。
「ありがとー。委員会遅くなって待たせたのごめん。手めっちゃ冷えてる」
「待ったの気にしてないけど手はあっためて」
ん、と差し出された手に視線を向けつつナマエは通学に使っているリュックを手に取って背負う。何も言わないその様子に、あっこれはスルーされるな、と国見が悟った瞬間だった。
「じゃ、帰ろ」
きゅっと包み込むように柔く握られた手。半ば冗談で言った言葉にまさかこんな形で返ってくるとは思わなかった国見は理解が追いつかず、頭が働かない中で瞬きすることしかできなかった。
「待っっって」
「なに」
「何じゃないなにこれ」
「温めろって言うから」
これも友人としてのスキンシップの一環なんだろうか、と何とか冷静になろうと国見は思考を巡らせた。これまで友人とかこつけてあの手この手で距離感を縮めてきた国見だったが、ここまでナマエから触れられた記憶はなく。心臓が早鐘を打ち、血流がやたら良くなるのを国見は自覚した。冷えていたという手には何なら汗をかきそうで、このままずっと手を繋いでいたいような、逆に今すぐ離したいような気持ちでいっぱいになった。
「こ、んなの好きになっちゃうんですけど」
何とか精一杯、軽口を装いながら国見は口を開く。体も顔もあつくて、とてもポーカーフェイスを維持できている自信はなかった。
仲が良いことは自負していた。そうなれるように努力した。けれど同性同士、友人以上の関係になれることは塵も無いと決めつけて告白するつもりはなかった。そう思っていたのに、それが今こうなるなんて。どうしよう、どうなるんだろう、と頭が真っ白なまま放ってしまった言葉でこの先の展開が全く読めずにいる国見を見ながらナマエは口を開いた。
「俺も好きだけど」
…………今、なんて?
「好きでもない奴と茶番を毎回のようにするほど俺社交的じゃないよ」
「えっ、え……」
「さっき茶化しちゃったけど、付き合ったら本当のデートになるね」
「〜〜っ!?」
くすくすと笑うナマエに国見はついにしゃがみこむ。夢だと言われても納得できてしまうくらいには、信じられないほど自分に都合の良い展開になっている。冗談だと流されると思っていたのに。そうなっていいって思っていたのに。……そうなったらなったで、残念だと思う気持ちは嘘じゃないけど。ああでも、今のこの状況はなに。ほんとうに?
手を繋いだままでいるナマエも国見に倣って姿勢を低くして顔を覗き込もうと顔を近づけたが、国見はそんなことを察するどころか今はとても顔を上げれそうになかった。その代わりと言うべきか、握る手の力をぎゅっと強めた。夢みたいだが、夢であってほしくなくて。現実かどうかを確かめるように、縋るようにナマエの手を自分の手と絡ませた。
「ほ、ほんと?」
「本当〜」
「……マジ?」
「マジ」
「……」
いややっぱり返事が軽いな。こいつ本当に事の重大さ分かってるのか?? とナマエの態度に少し冷静になった国見が顔を上げた。
「ぇ」
国見がナマエの様子を見ようとした瞬間、唇にやわらかい感触。表情がはっきりと分からないくらいにはナマエの顔が近くて。ボッと火が吹きそうな勢いで国見の体は頭からつま先まで再び熱を帯びた。その様子にナマエはからかう様子もなく、柔和な笑みを浮かべながら見ていた。その内ナマエの口が開き、その表情が溶け出したかのような、優しさと甘さを帯びた声音が響く。
「好きだよ。本当に」
「ま、まって……」
「デート楽しみだね」
「待゙っ゙で……!!!!!!」
しんぞうが、いたい。