自分がどれだけ彼に許されているのか分からなかった。

「俺多分、頻繁にイラつかせちゃうと思うから……やめとく」
「は……?」

 自分の何を気に入ったのか知らないが、高校の時に出会い、付き合い始めた聖臣から同棲の話しを持ちかけられた。お断りの方向に返答すれば、聖臣は少し目を見開かせて固まった。答えたのが自分とはいえ中々見ない表情に罪悪感が募る。
 数年にわたって考えているが、本当に何故自分が聖臣に選ばれたのか今になっても分からなかった。当の自分は同性に告白されたことに、雷に打たれたような衝撃と共に驚き困惑したが、あの佐久早聖臣が告白、それも同性にしたんだぞ?? 断ったら殺されるのでは??? と考え至り、自分の感情などほぼ考えないまま流されるように受け入れたのだ。当時は失礼ながら割と本気で殺されると思ったとはいえとんでもない選択をしてしまったなと思ったが、今思えば後悔はしていない。付き合う前は潔癖で他人に厳しそうで、同じクラスになっても触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに聖臣と関わらなかったが、彼も人間(これも失礼ながら、どっかでちょっと別物と思っていた)であり人の心を持っていることを知ると少しずつ距離を縮めていこうと思った。
 自分は潔癖ではないから。自分や近くの人にコロコロを掛けたくなる気持ちも、一日一回以上除菌グッズで身の回りの物をすべて綺麗にしたくなる気持ちも、理解は何となくできても共感はしきれない。せめてもと思い、古森から聖臣のNGワードとか地雷行為とか聞いた。聖臣が大事にしてる部分に共感できないなら、せめて嫌な事だけはしないようにしように、と。一度その話ついでにそれとなく聖臣が自分を好きになった理由を聞いてないか尋ねてみたが、理由は聞いてはないけどそういうところだと思う、と返された。なるほどわからん、という感想で終わった。

「……前から思ってたけどさ、アンタ理解してないよね」
「え、何を」

 高校の頃のことを思い出したりしていれば、衝撃から帰ってきたらしい聖臣が眉間にがっつり皺を刻んだ。そのうち皺取れなくなるぞと内心思いながら聖臣の言葉に首を傾げれば、今度はクソデカ溜息を吐かれた。やめろよ……古森から、聖臣の言葉とかは半分くらい受け流すのが付き合ってく上でのコツって言われたけど、俺古森みたく図太くなれない。面と向かって溜息つかれたらそれなりに傷付く。
 何て事を悶々と考えていれば聖臣の手が近づいてきて、手を重ねられた。

「俺、ナマエが思ってるよりナマエのこと好きだよ」
「……」

 ……………………?????????????

「……」
「……」
「…………エッ???」
「……何? 聞いてなかったの?」
「いや、聞こえて……た。多分……」

 幻聴じゃなければ。
 え、佐久早聖臣ってあんなこと言う人間だったっけ?? 違うね??

「あのさ」
「ハイ」
「高校の時から古森から色々聞いてたけど。……俺のことを古森に聞いたりとか」
「あー……うん」

 数年越しの話ながら、本人に聞けばいい話を別の人にしていたことに罪悪感がじわりと生まれてきて思わず居住まいを正した。

「その頃から思ってたけど、分かってないよね」
「……」
「俺の嫌なことをしないようにっていうのは分かってるし、普通にありがたいことだけどさ、でも」

 きゅっと手を握られる。スキンシップを図られたことにも驚いたけれど、その手が熱いくらい温かくて。パッと反射のように顔を見れば頬とか耳を赤くさせていて珍しい姿にまた驚いた。

「ナマエになら、大抵のこと大丈夫。……だと思う、から」

 こんな風になっている聖臣を見れるのはこの関係の特権の一つなんだろう。……とは、一応分かっているつもりなのだけど。どうしても聖臣の神経質な面を見てると自分から触るのは、その手を握り返すのは気が引けた。

「……俺べつに、特別綺麗好きではないけど」
「知ってる」
「洗濯物は何日か溜めてから洗濯機回すし、掃除しない日なんてザラにあるし、たまにソファで寝落ちたりするし、聖臣からしたらだらしない生活してますけど」
「知ってる」

 本当かよ、と思いながら彼を見れば、きゅっと握られた手に力が込められた。

「……大丈夫なんて、言うだけタダじゃん。実際住んで、やっぱ無理ってなったら嫌なんだけど」
「俺も」
「じゃあ、」
「でも一緒に住みたい。住も」

 めっちゃ食い下がるじゃん……。珍しく口数の多い姿にそろそろ目の前の人が本物の佐久早聖臣か疑うレベルだな、とか現実逃避じみたことを考えてると聖臣がまた口を開く。

「これまで喧嘩なんかしたことなかったな。実際その方が楽だと思ってたけど……でも、衝突無しに一緒に住めないなら話は別」
「喧嘩してでも一緒に住みたいと……?」
「うん」

 あの佐久早聖臣がここまで言うのだから、高校の頃と同じようにぐらぐらと心が揺れてくる。

「それに喧嘩って言っても、お互い譲歩できるところを見つけるまで話し合える人でしょ」
「……まあ、多分」
「俺そういう人を好きになったから」

 普段言われないような言葉にいよいよ口が噤めば、聖臣はこっちの顔を覗き込んできた。後退りしたいけど、繋がれた手が許してくれない。

「俺はナマエと一緒に住んでもっと一緒にいたいって思ってるけど。ナマエは違うの」
「……違く、ない……ですけど」

 佐久早聖臣がここまでするのだから、俺って結構許されてるんだろうか。






やる事やってんだから全部許されてるに決まってんだろ(憤怒)っていう佐久早聖臣の話


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