オルシュファンにとってナマエは特別である。

「ナマエ!久しいな!」

 久しぶりに見る幼馴染から鮮烈な光が放たれているように見えて、その光は幻覚だと分かりつつもナマエはその眩さに目を若干細めた。ついでで言うと、ナマエ以外からすると光に加えて左右に勢いよく揺れる尻尾も見えたらしい。勿論幻覚である。

「久しぶり、オルシュファン」
「ナマエ……服を着ていても分かるぞ、お前の身体はまた一段と美しく錬え抜かれた事を!!」
「相変わらずそうで何より」

 会って早々にオルシュファンの勢いに圧されそうになるが、ナマエはかろうじて笑みを崩さぬまま手土産を渡す。幼馴染ゆえオルシュファンの趣味嗜好を理解し、そして慣れているので身体云々はスルーした。
 ナマエとオルシュファンは前述の通り幼馴染の間柄だ。ナマエはアインハルト家の息子であり、昔はフランセルやラニエットらと共にオルシュファンとよく遊んでいた。

「しばらく此処に滞在するのだろう? とりあえず今夜は語り合いたい……いや、鍛錬するのもいいな。組手をして体をぶつけ合いながら汗をかき、熱い夜を共に過ごそうではないか!」
「うーん、相変わらず誤解されそうな言い方。まあ語るのはいいんだけど」

 会わなかった分話題は沢山あることだし、とナマエが言えば、オルシュファンは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「ナマエが来ると聞いてな、なるべく良いものを取り寄せたんだ」

 気に入ってくれるといいんだが、と酒瓶片手ににこやかに話すオルシュファンを見て、本当にこいつは鍛錬や肉体美に関して黙ってればなぁ……とナマエは正直に思う。

「仕事は?」
「お前が来るんだ、急ぎのものは全て昨日の内に片付いてる」
「手厚い歓迎だなぁ」
「当たり前だろう。この日をどれだけ心待ちにしていたか」

 何とも歯の浮きそうな台詞をコイツは素で言ってくるんだから相変わらず恐ろしいな、とナマエは微かに顔を引きつらせた。







 夜、パチパチと火を跳ねさせながら燃える暖炉をぼんやりと眺めながらナマエとオルシュファンは向かい合っている。テーブルの上には二客のグラスと数種類の肴が置かれていた。

「日々、イイ騎士を志して励んでいるが」

 談笑が一区切りして少し沈黙が続いた後、オルシュファンはおもむろに口を開いた。その目元や頬は微かに赤く染まっている。

「……いや、それについては勿論後悔はないんだがな。けれど時々、お前のことを思うと酷く──」

 眉間に皺を僅かに寄せながら口を噤ませたオルシュファンにナマエは首を傾げた。いつも明朗快活としている彼が珍しい。

「……」
「……酷く?」

 オルシュファンにとってナマエは特別であり、それは幼少期の記憶から始まる。
 オルシュファンは私生児であり、それ故に小石の意味を持つ姓を名乗らされていたり、母とは明らかに関係が拗れていたり、父や兄弟とも互いにぎこちない態度でいた。昔から交流のあるナマエ達もそれに気付いてはいたが、しかしそんな事実は振り切ってオルシュファンとの仲を深め続けた。母からの愛情が感じられないことに、無意識下に参っていた中、ナマエを筆頭に差し伸べられた手はオルシュファンにとって忘れられられず、かけがえのない思い出だった。

「……ひどく、恋しい。昔のように、もっとこうして顔を合わせる時間が増えてくれれば、と思ってしまう」

 そしていつしかオルシュファンはナマエに、親愛の域を超えて心が震えるようになった。ふと気付けばナマエのことを考えるようになる事に気付いてから久しい。しかし、この気持ちを伝えればナマエとの関係も拗れてしまうのでは、と思うとオルシュファンは中々行動できずにいた。今夜、酒の働きで脳と口が僅かながらに緩むまでは。
 胸の内の、ほんのひとかけら。しかし紛れもない本音をこぼしたオルシュファンは、言い終えてからハッとしてナマエの顔を見る。

「嬉しいこと言ってくれるじゃん」

 オルシュファンが不安がっていたのは杞憂だった。
 自分の胸の内を聞くも、ニッと目を細めては朗らかに笑うナマエを見て、オルシュファンは安堵と共に胸がまた一つ高鳴るのを感じた。

「(嬉しいと思ってくれたのか)」

 気を抜けば弛みそうになる頬を引き締め、しかし引き締めきれないのを悟ったオルシュファンは片手で口元を覆い表情を隠した。そんなオルシュファンを他所にナマエは思案するように顔を少し上向きに傾けた。

「今ステファニヴィアン兄さんのところ忙しいからなー……まあでも、なるべく顔見せれるようにする」
「……ああ、待ってる」

 幼い頃、ナマエと約束事をしたとき指きりを交わしたのをオルシュファンは思い出した。今では指きりはしなくなってしまったが、代わりに盃を交わす喜びを知った。

「(──愛している。願わくば、俺と同じ気持ちになんてならなくていいから、だからずっと傍にいてほしい)」

 オルシュファンにとってナマエは特別である。


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