恒例の東京卍會の集会も終わり、大勢いた人もまばらになった頃。解散後も神社で居座っていた東卍メンバーは談笑していたが、佐野万次郎が自身の震えた携帯を確認すると徐に立ち上がった。

「俺もう行くわ」
「お、今日は早いな?」
「へへー、ナマエ君が泊まっていいって」

 嬉しそうに目を細める佐野を見て、この状況は慣れているのか納得するように頷いた東卍メンバー達。その中で花垣武道は一人、聞き慣れない人物の名前に目を見張っていた。
 ナマエ。その名前は花垣に取っても覚えがあった。タイムリープ前、自分の大切な人物の弟から「絶対に死なせてはならない」と何度も念押しされたのは記憶に新しい。その重要人物の手掛かりをやっと見つけた、と花垣は安堵と希望を同時に感じていた。

「ナマエさんってどんな人なんすか?」
「んー? なにタケミっち、ナマエ君にキョーミあるの?」
「まあ、はい」
「へー……」

 何てことない、他愛ない質問をしたと思っていた花垣だったが、佐野からあまり良くない雰囲気を感じ取り戸惑いが生まれる。しかし佐野はその雰囲気を次の瞬間にはおさめ、にっこりという擬音が聞こえそうなほど口角を上げた。

「ナマエ君は俺の未来のダーリンだよ」

 だからタケミっち取っちゃだめだよ♡、と軽快な声音でケラケラと喉を鳴らしながらその場を後にする佐野。その様子を真正面で見た花垣は呆然とした表情をしばらく直せずにいた。

「(いや、冗談に聞こえなかったんですが??? なに今の顔。全然笑ってなかったけど?? え、怖っっわ……!!)」

 ていうか俺にはヒナがいるし!? と叫びたかった花垣の心情を誰も知ることはなかった。





「ナマエくん♡」
「あのさあ……」

 とあるマンションの一室に佐野がインターホンの嵐を送り、不機嫌そうな顔を隠さず玄関に出たナマエ。そんな様子はものともせず、佐野は勝手知ったるといった風に家へ上がり込んで行く。

「俺お腹空いちゃった〜。あとテトリスやりたい! 今日こそ勝つ!」
「Tスピンできるようになってから言おうね。あと今日はもう遅いからだめ。風呂入って寝な」
「まだ十一時!!」
「子供は寝る時間」

 はい、とタオルを手渡され、佐野は不満げにナマエを見上げた。

「お風呂から出たらラーメンとうどん、どっちがいい?」
「えっ! ……ラーメン!」
「作っとくから入ってきて」
「うん!」

 威勢良く返事をしてリビングを後にした佐野だったが直後、食い物に釣られた……と頭を抱えた。しかし深夜のラーメン、それも好きな人に作ってもらうという背徳感と喜びには抗う隙が一ミリもなかったのだった。
 ナマエと佐野は佐野真一郎を介して知り合った仲だった。ナマエは喧嘩沙汰に良い顔はしないが、暴走族の道を行くことに否定もせず「まぁ上手にやりなよ」と言うような人であり、そのくらいの温度で接してくれるのは佐野にとって楽だった。楽だから一緒にいる時間が増え、そうして気付いた頃には好きになっていた。真一郎が亡くなってからは更に甘えるようになり、ナマエの家に入り浸ることが多い。

「は〜……おいしい」
「それはよかった」

 入浴後、用意されていたラーメンを完食した佐野は満足げな表情を浮かべた。入浴後で体温が上がり、食欲も満たされて上機嫌な佐野はナマエによる歯磨きをする為の洗面室までの手引きも、寝室のベッドに寝かされる間も素直に従った。

「ナマエくん好き。付き合って」
「ラーメン作れる人なら誰でもいいの?」
「違う」
「……大人になっても俺のこと好きだったらね」

布団の中で、いつものと言っていいほど頻繁にする佐野の告白に、こちらも常套句と化した台詞を返すナマエ。いつものつれない返事に慣れたくなくても慣れてしまった佐野は、しかし眉を動かさずにはいられなかった。

「大人っていつから?」
「えー……高校卒業したらかなぁ」
「……四年もあるじゃん。待てない」
「待てないなら、それはそれで」
「はー??」

 つれない答えに佐野はむくれながらぐりぐりとナマエの肩口に頭を押し付けて不満を表す。そんな彼にナマエは何を言うでもなくぽんぽんと後頭部と背中を優しく撫でた。その手に無意識に擦り寄りそうになった佐野はハッと我に返り、そして再び頬を膨らませる。

「……ずるい!!」
「何が?」

 理由を分かっているのか本当に分かっていないのか、くすくすと笑いながら自身を撫で続けるナマエに、佐野はもやもやととぐろを巻いていたものが消えて毒気を抜かれるのを感じた。

「……子供扱いやめて」
「扱いも何も、どう見ても子供なんだよな。ほら早く寝な」

 ついに佐野の腹を一定のリズムで撫で始めたナマエ。佐野は反抗したかったが、ナマエの手と共に襲ってくる睡魔には勝てなかった。眠気に支配されつつある頭の片隅で、せめて明日は土曜日だから一日中一緒にいてやろうと画策しながら目を閉じる。眠りに落ちる前、ナマエの香りと体温に包まれるのを感じて嬉しいような、切ないような、複雑な気分に陥った。

「(はやくおとなになりたい)」



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ナマエ君と絶対添い遂げるマンなマイキー。淡白そうに見えて包容力あるナマエ君にメロメロで年相応にしか振る舞えないマイキー。
なお大体の未来では隣にナマエさんはいない。


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