「あ、ナマエだ」
「あれ、明光君だ。おかえり」
「おー、ただいま」

 夏、実家に帰ればナマエがいた。ナマエとは小さい頃から家が隣同士の仲で、仕事が忙しいナマエの両親はよくナマエをうちに預けていたからこの光景は不慣れではない。
 スマホゲームをやっているらしいナマエを横目に見つつ、仙台から持ってきた荷物を部屋に運ぼうとすれば後ろから声が掛かった。

「冷凍庫にアイスあるよ」
「マジ? これ片付けたら食うわ」
「無くなってないといいね」
「ばーか、俺の分も食うなよ?」

 ケラケラとナマエが笑う様子を感じ取り、軽口を返しながらリビングから出ていく。母さんはきっと洗濯物を取り込んでいるのだろう。部屋に荷物を置きがてら一声かけて、それから──



「いる?」
「ん」

 隣でかぱりと開かれた口にアイスの乗ったスプーンを持っていく。アイスが口の中に入って閉められたからスプーンを抜こうしたら、口に力を入れられ抜けなくなった。お前なあ、と言ったものの思わず笑ってしまった。

「またあげるから」
「ん」

 おかわりの約束をすれば抜けたスプーン。現金だと思いながら、アイスをスプーンで掬う。

「蛍は部活?」
「そう。この間合宿行ってた」
「あー、言ってたな」

 頑張ってんなー、と何の気なしに出た言葉。凄いことだ、時代が変わったとはいえ俺ができなかったことを蛍は、

「明光君さ」
「おう」
「蛍の誕生日、何あげんの」
「あー……」

 もう自分の中では吹っ切れたこととはいえ、トラウマじみたあの時のことを思わず思い出す前にナマエは話題を変えてくれた。多分こいつは何も考えてないだろうけど。 ……ナマエはこういう奴だ。

「これとか、どう?」
「あー、いんじゃない。便利そう。近くにこのショップあったっけ」
「……明日はドライブな」
「在庫あるといいね」
「あるだろ。多分」

 高校での最後の県内大会だったあの時だって、ナマエは俺のそばにいてくれた。いてくれたけれど、当時の自分からしたら邪魔だった。邪魔とは酷い言い草だが、何が悲しくて年下に涙を見せなければならないのだ。それも無様な理由で流したものを。それなのにナマエは近づいてきて(多分あの頃はナマエだって俺が邪魔だと思ったいたのを分かっていた筈なのに)、おれの背中を撫でた。ぽんぽんと一定のリズムで撫でられるそれは、そういえば昔ナマエや蛍にやったなあ、と落ち着いてから思い出した。
 見事に荒んでいた俺はそのリズムと優しい感覚に落ち、そして寝た。涙と鼻水をナマエの服に染み込ませながら。年上の面目丸潰れである。

「じゃー俺はそれ入れるケースにしようかな」
「おー、いんじゃね」
「うわ適当」
「違っげーし! ナマエからのなら蛍も文句言わず受け取るだろ」
「別に明光君からのものも文句言わないとおもうけど」
「……そうかあ?」

 翌日になって目を覚ませば、まずナマエの前で号泣したとかあやされたとかを思い出して恥ずか死にそうになったし、落ち着いてからは昨日から何も言わない聞かないでくれたナマエを思い出して感謝したし、なんか……ナマエを弟としてだけでは見れなくなったりしたり。今までバレーにしか興味がなかったから初恋がこれで、でも男(それも年下)(それもずっと弟のように思ってた奴)が初恋なことに頭抱えたり。そんなのどうでもいいと躍起になってナマエにアプローチしたり。当然と言えば当然だが、一向にそういった意味のアプローチだと思われなくてまた頭抱えたり。

「そういえば明光君はいつまでこっちにいるの」
「お盆までかなあ」

 それでもと粘り粘って、意識させて、そんで、数年かけてやっと同じ気持ちになれて。奇跡とはこういうものなのかと漠然に思ってしまったりして。

「なあ、そういえばさ」
「ん?」
「大学、決まりそ?」
「……決まりそー」
「……仙台?」
「仙台」

 年上の威厳なんてものはあの日の時点でもう取り戻せないものになってたけど、それでもいいと。そんなものでナマエを好きになって、ナマエも俺を好きになってくれたのなら、全然。

「マジか〜。よかった〜……合鍵つくったの無駄にならないで済む〜!」
「明光君気ぃ早すぎ」

 相手がどんなでも、初恋が実らないなんてことはないのだ、と。そんな奇跡を感じた。


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