同じ年に同じ病院で生まれて家はお向かい。親同士の仲も大変よろしく、なにより当人同士の馬が合う。
 自分が内気で人と関わるのが苦手な性質であることを分かってくれて、人の輪に無理矢理入れられそうになったらそっと手を引いて連れ出してくれて。そのあとは二人でなにかする訳でもなく、それぞれが好きなことしているその空間はほぼ無音だったけれど、その空間が自分にとっていちばん居心地が良かった。
 自分が嫌なものを遠ざけてくれる上に程良い距離感で一緒にいてくれる上に一緒にいて苦じゃない、寧ろ楽。なんなら時間の許す限りそばにいたい──幼少期にそんなことを思ってしまったら拗らせない訳がなく!?

「その結果があの幽波紋:ケンマです。人型近距離射程0mタイプ、よろしく」
「孤爪って幽波紋だったのか……」
「さっき抱っこけんまちゃんって言ってませんでした?」
「俺は背後霊研磨って聞きました!!」
「コアコアの実を食べたコアラ人間って聞いたけど」
「どうしよう研磨の怪物化が止まらない」
「あの二人くっついてて暑くないんスか」
「暑いんでない? さっき研磨本人が暑すぎて溶けるってボヤいてたし」
「???」
「宇宙背負っちゃったね〜」



 近くはないけど遠くもない所から聞こえる、クロを中心とした賑やかな複数の声に眉が寄るのを自覚した。クロのからかうようなその声音に異議を唱えたいが、言い方はともかく内容だけを聞けば間違っていないことに気持ちの落とし所が行方不明になって靄が胸の中で燻っている。少しでも靄が晴れるように、と気休めに大きく息を吐く。横にあるナマエの肩に額をぐりぐりと押しつければ、柔軟剤と汗の香りが混じった形容しがたい複雑な匂いが靄と引き換えに入ってくる感覚がした。けして良い匂いではない。でも、きらいじゃない。ナマエ以外の汗の匂いなんて自分のでも嫌だけど。

「外行く?」
「……もう休憩終わるからいい」
「そう」

 ナマエが苦笑いを浮かべながら自分達、それも主におれの話題で盛り上がっていることを気にかけてくれたが、休憩が終わるまでもう五分もないからナマエの肩に押し付けていた頭をそのまま寄せるだけで終わった。
 クロもからかってはいるけど悪意が無いことはおれもナマエも分かってるから深刻な雰囲気は無い。……無いけど、それで居心地の悪さが無くなるわけではなく。休憩がせめてあともう五分あったら外に、ナマエと二人でいられる場所に連れてってもらおうと思ったのに。

「研磨がコアラ人間になってるのは初めて聞いた」
「それ言ったの海くんだと思う」
「なんて??」
「海くん。 前に友達からワンピ押し付けられたから読み始めたって言ってた」

 海くんとの会話の記憶を頼りにぼやけば、大穴過ぎる、とナマエはくすくす笑った。目が柔らかく細まったその横顔を覗くと頬にまつ毛の影が落ちていて、その長さに思わず感心してしまった。別に初めて見たわけでもない、何なら見慣れてる筈なのに全然見飽きない。もっと見たい。まつ毛だけじゃなくて、全部。

「去年はトラに散々貞子って呼ばれてたね」
「あーね。ナマエが憑かれてるみたいだからやめろってめっちゃ言われた……」
「なつかし」

 金髪になったらなったで今度はひっつき虫だのおんぶモンスターだの好き勝手言われてるけど。解せぬ。頭皮にだいぶ痛い思いしたっていうのに。本当にやる染めるの? マジで?? って終始あまり見たことないくらいうろたえながら、脱色からトリートメントまで手伝ってくれたナマエはめずらしくて可愛かったけど。

「おおい、そこのカルガモ親子〜もう休憩終わりますよ〜」
「え〜……」
「親子になっちゃった」

 思っているよりずっと早く訪れた休憩の終わりに体がズシリと重くなった気分。これからまだまだ疲れるのかと思うと腰が上がらないどころか体のどこにも力が入らない。嫌だなぁと思っていれば、ナマエがおれの体を倒さないよう支えながら立ち上がった。ほぼ無意識に両手をナマエに伸ばせば、当然のように脇に手を入れられたと同時に引き上げられる感覚。その手に身を任せてようやく自分も立ち上がる。

「もう疲れた動けない」
「休憩終わったばっかだよ」
「むり」

 言われたままに感化されるのは癪だが、そういう気分になってしまったので仕方ない。歩き出したナマエの練習着の裾を少し引っ張りながら後ろからついていく。そう呼んだからってマジのカルガモにならなくていいんスけど、と零されたクロの言葉に少し笑えた。

「(夜はいっぱい甘やかしてもらお)」

 疲れるの嫌いなのにこんなに頑張ってるんだから、好きな人からご褒美の一つでも貰わなければ。





 同じ年に同じ病院で生まれて家はお向かい。親同士の仲も大変良く、なにより当人同士の馬が合う。……そんなのもう、一緒にいない理由などなく。幼心から運命としか思えなかった。何なら今でも大真面目に思ってるけど。
 自分の性質を分かってくれて、困ってたら優先的に助けてくれて、ずっと一緒にいたいと思わせてくれる。そんな身近な人を好きにならないの、逆に難しくない? 子どもながら、けれど本気で惚れてしまった。
 初恋を同性に奪わせたことの責任をとってもらわねば、とあの手この手でナマエを攻略しかかるも深みにハマっていくのは自分で。恋愛は惚れたもの負けなのだとつくづく痛感する。

「あ、ナマエくんだ」
「目の保養〜」
「阿呆みたいかもだけどさ、どう考えても王子様みたいって思っちゃうんだよね」
「いや分かる。存在が漫画みたい」
「それ」

 色んな人から攻略を目論まれているのを見るとナマエってレイドモンスターみたいだと思う。恵まれた身長と骨格、整った顔のパーツの一つ一つとそれらの配置。見目の良さも然る事ながら、ナマエをよく知らない人からも性格に難が少なそうと思われる物腰とか、どの競技でも大抵はそつなくこなせる運動神経の良さとか。色んな要素を持ち合わせてるものだから、昔も今も女の子から黄色い声を浴びている。王子様みたい、とは結構な頻度で聞くが、まさにそう。内心頷きながらナマエの横を陣取ってる。天はナマエに二物も三物も与えすぎ、とはクロの言葉だけど正直おれもそう思う。才色兼備が服着て歩いてるようなもん。

「彼女いるのかなあ」
「逆にいないと思う?」
「……いてほしくないと思ってる」
「まあ分かる」

 こんな魅力的なモンスターなものだから、常に牽制しておかなければ。ゲームプレイヤーというのは漏れなく勝利に貪欲なのだ。ワンチャン狙いの輩の多いこと多いこと。……まったく冗談じゃない。

「(ごめんね、おれが幼馴染で。早く出会うって大分無視できないアドバンテージだよ。さっさと、潔く、諦めてね)」

 幼少期、今思えばちぐはぐな理論でナマエを丸め込んでキスをして。そこから十年以上かけておれからの好意を刷り込ませて、同じ気持ちを返してもらうように促して。女の体よりよっぽど時間も手間もかかる自分の体を慣らして、ナマエとやっとの思いで体を繋げて。文字通り人生かけて身も心も捧げて、ようやくナマエからも貰えて来たのだ。絶対譲らない。

「ねえ、今日親いないから泊まりに来て」
「お、スマブラ決戦日は今日でしたか」
「…………ハァ」
「すっごい溜息つくじゃん。明日も朝練あるけど徹夜コース行く?」
「…………うん、まあ、行く」

 目立つの嫌な性分だったおれがこんなに分かりやすく周りに牽制してるのに。尽くしてるのに。分かってるんだろうか、この男は。……この様子だと半分も分かってなさそう。
 やれやれと思いながら顔をぐっとナマエに近付ける。意図がわかったのかナマエからも顔を寄せてくれたので、その耳へと囁いた。……あ、痕も消えかかってるし今日上書きしないと。

「帰り、コンビニね。ゴムもう無い」

 まったく本当に、手のかかる王子様で困る。生涯隣にいてくれなきゃ割に合わない。

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